026-1 新 種 newvariety
「まず、遅刻した理由を聞こうか、それと社内では我々と同じスーツ姿でいろ。
一般のスタフ族が紛れ込んでいると思われると我々全体の品位が問われる。
それとだ、昨日『ノービスタウン』に行ったんだろう? それの報告をしろ」
自分の部署の広報課に向かう途中だった、ずんぐりむっくりのぬいぐるみ、ピンク色のパピヨンの姿をした天野は、ばつが悪そうに芹沢に笑顔を向けた。
そのあと顔をつるりと撫でる。
たちまち顔が人間の美少女、姿が変身アイドルのような姿に変わった。
「えーっと、あのですね、昨晩は富樫センパイと、例の『ソーイング
「『ソーイングフェンサー』だ」
「そう、そのソーイングフェンサーに会ってあいさつしてきました。猫の着ぐるみ着てブルブル震えてました。大したこと無さそうでしたね。
遅れたのは、目覚まし時計を私はちゃんとかけたんですけど、鳴ってくれなくて、出遅れちゃいました。どーも、すいませーん」
「ほう、そうか。そうなると、その姿のスカートやリボンが切れてるのは何故だ? どこかで引っかけたのか?」
「え!? やだ、ホントだ! いつ切れたの?」
天野が自分のスカートに目をやると、裾の部分が鋭利な刃物でほんのわずかだけ切られていた。
「おそらく、だが、日本刀の居合い斬りの要領でソーイングレイピアをお前に気付かれないように出現させたんだ。
そしてお前の服を切り裂いたんだろう。挨拶されたのはお前の方だったな。
それに猫の着ぐるみじゃなく、スタフ族のような姿でも常人よりはるかに攻撃力を上げる『バーサーカーイシュー』だ。
向こうがその気になってたらお前はその場でズタズタにされてたぞ」
「そうだったんですか? ホントに?」
「それよりも、だ。奴らのカンパニーシステム、どれくらい進んでた? そこが一番肝心なところだ。ちゃんと見てきただろうな?」
「え? あ、はい、宿屋の食堂の中でパーティやってて、色んな料理とかが並んでて!
あ! あとそうだ! ポテトチップも大きな皿にいっぱい入ってておいしそうでした!」
天野は自分なりに見てきた限りのことを芹沢に報告した。
芹沢はジャーマンシェパードと同じ
「……やはり、コイツに行かせたのは失敗だったな。
もっとも、コイツをRudiblium Capsaに採用したのはのは俺じゃないが……」と、小声でつぶやく。
「え? なんですか?」
「あいつらは好きに泳がせておいて構わない。カンパニーシステムでRudibliumに新しい住人が増えるのはこちらとしても大歓迎だ。
社長が脅威に感じているのはソーイングフェンサーだが、俺が気になるのは富樫の行動だ。
今度偵察の任務が来たら、ヤツの方を注意して報告しろ」
「あ、はーい、わかりましたー。じゃあ、さっそく行ってきまーす」
「『偵察の任務が来たら』と今言ったところだろ。都合よくサボろうとするな。普段の広報の業務に就け。
それから、その人間じみた姿もやめろ。俺達と同じスーツ姿に変えるんだ」
「は―――い、わっかりました―――」
天野がまた自分の顔をつるりと撫でると、パピヨンの頭部にピンク色のパンツスーツを着た若い女性の身体という奇妙な姿に変わった。そのまま何事もなかったように自分の部署に向かう。
芹沢は一階ロビーの真ん中辺りでひとり腕を組みながら考える。
―――宿屋の食堂でパーティー、か。自分たちの慰労っていうわけでもないだろう。普通に考えればレイピア使いの仔猫が創った、新しい住人の歓迎会っていうのが一番妥当なセンだな。
まあ、どれくらい住人を増やそうが、俺に不利にならなければそれでいい。
芹沢は自分の憶測をまとめると、自分の部署に戻った。
◆
「りおなさん? もうそろそろ……」
「んあ? ああ、今何時?」
「午後2時半です。さすがに少し遅いので様子を見に来ました。一応ノックはしたんですが、返事が無かったので、悪いとは思ったんですが入らさせてもらいました。」
「むーーーーん」
りおなは顔だけ正面に向けて、目を上に向けまぶたをぱちぱちさせる。
――新しい装備創って、絵本朗読して、すごい数のぬいぐるみ創り……っと。
働いては休んで、の繰り返しじゃな。我ながらすごい忍耐力じゃ。
思った以上に疲れてたわ。ごはん食べてベッドにダイブしてから、チーフの声を聞くまでの記憶が無いにゃあ。
「眠気覚ましにアイスコーヒーがありますが」
「うむ、頼む」
チーフが差し出したアイスコーヒーに、ガムシロップとミルクを垂らしほぼひと息に飲み干す。
「んで、午後の予定は『温泉ロケ』だっけ? りおな、ヌードとかは事務所がNG出してるけん、入浴シーンは無しでお願いするわ」
りおなの言葉を受けて、チーフは細いあごに手を当てて考える。
「温泉、ですか、『ノービスタウン』の近くには無いですね。
ここからオフロード車で大分行った所に火山帯がありますから、探せばあるかもしれません。
基本的にRudibliumの住人には入浴する習慣がありませんが、宿屋には大浴場が設置されています。
宿屋の主人と施工した大工の趣味というか、道楽らしいですね。
「真面目に返さんでいい」
りおなのツッコミにチーフはさらに返す。
「入浴シーンはバスタオルは不可ですが、水着ならOKと事務所からは許可をもらっています」
「絶対 嘘じゃ」
言いながらりおなはベッドから立ち上がり、両手を組んで腕を上に伸ばす。
「んで、魔法のトレーニングって何やんの? MPが無くなるまで魔法連射して、熟練値っていうか魔法習得値上げんの?」
「いえ、お菓子魔法『トリッキートリート』はイメージトレーニングを中心にやってもらいます。
脳、そして心の中で、各魔法のイメージを強く思い描ければ威力も増大します」
チーフは携帯電話を操作して、りおなの部屋の床に白いカーペットを出して几帳面に広げた。
「ではここで座禅を組んでください」
「んー、想像してたのと違うけどやってみるわ」
りおなは言われるままにカーペットに腰を下ろして足を組み姿勢を正す。チーフもりおなに正対して座り同じように足を組む。
「では、腹式呼吸でゆっくり呼吸を続けて、目を閉じてください。
最初は基本のグミショットから始めますか、今まで発動させたトリッキーグミを頭に思い描いてください」
「うん」
――最初に魔法、トリッキーグミを使ったんは、ウサギの怪物、プレデターラビットに向けて撃ったときじゃったな。
「できる限り仔細に思い描いたら、グミが高速で飛ぶさまをイメージしてください」
「飛ぶってどっからどこへ? 速さってどんくらい?」
「それは特に指示しません。手前から奥にか、右から左の方にか、それはりおなさんのイメージに任せます。また、速さはイメージ上で速ければ速いほど実際のグミショットの威力も上がります」
「えー、難しいっちゃー」
りおなは早くも
「慣れるまでは難しいですが、反復訓練さえ
続けて、違うグミショットを思い描いてください。
今度はグミが合図とともに数が増えていきます。息を吸うごとに、一つから二つ、四つ、八つ、一六と倍々に増えていくさまをイメージして下さい」
「えーと、増えるってどんくらい?」
「できれば際限なくです。実際のグミショットは無限に増えたりはしません、特に一けたから二けた、さらに三けたと増やすごとに相当疲労します。
ですが、イメージ訓練を繰り返すと戦闘中でも分裂させて発射させても精神的な疲労が減ります。
それに大勢のヴァイスを相手にするとき抜群の効果を発揮します。
いったん目を開けて呼吸を整えてください。実際トレーニングしてみてどうですか?」
「うーん、やってすぐだから、むずい」
「繰り返し、反復してイメージ訓練するのが上達の一番の近道ですね。
Rudibliumに初めて来たとき、『ディッグアント』の気をそらす時に使った、いろんな種類のグミを同時に撃ち出すときは『アソートショット』と唱えました。
一種類だけを一気に分裂させるときは『スプリットショット』と唱えると発動します」
「わかった、今度やってみる」
「では次に『パインショット』ですね。目を閉じてりおなさんが撃ち出したパインショットを心で思い描いてください」
りおなはまた頭の中で、ソーイングレイピアから撃ち出した特大の回転する輪切りパインをイメージする。
「パインの色、香り、シズル感、ジューシーさ、口の中にふくんだ時の感じを同時にイメージしてください」
――そんなイメージいるんか? 相手に当ててなんぼの魔法に匂いとか味とかいらんじゃろ。
内心思ったが、口には出さずおとなしくイメージしてみる。口の中に唾液が少し出てきた。
「続けて、輪切りパインが高速で回転するさまをイメージしてください。力強く回転するイメージが出来れば、トリッキーパインも威力を増します」
言われたりおなは思いつく限りのイメージをしてみる。イメージの中の輪切りパインからしぶきが強く飛んだ。
「はい、では目を開けて呼吸を整えてください。どうです、イメージ訓練は?」
「うーん、どうじゃろ、実際魔法使ってみんと威力がわからん」
言われてチーフは少し考え込む。
「どこか『ウエイストランド』の何もないところで試し撃ちでもしてみますか。ただ、イメージ訓練しつつ魔法を使うとなると相当疲れますからね」
「それもそうか」
「何か手立ては考えます。では、イメージ訓練の最後、『トリッキー・トリート、チョコレート』ですが……」
「えー、まだあんのー?」りおなは露骨に顔をしかめる。
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