025-2
「いただきまーす」
りおなは両手を合わせ軽く一礼する。
小鉢に入ったほうれん草のおひたしにしょう油をたらし口に運んだ。
地球上にはない異世界に来た二日目の朝、Rudibliumにある街『ノービスタウン』の宿屋の食堂に一同は集まる。
りおなは自分自身が創ったぬいぐるみたちと一緒に朝食を摂っていた。
もっとも、献立はエムクマたちとは違い純和風だ。
焼き
付き合いでかはわからないがチーフと部長もりおなと同じくテーブルに所狭しと小鉢や皿を並べていた。
「んで、今日の『合宿メニュー』はどういう流れ?」
だし巻き卵を頬張りながらりおなはチーフに尋ねる。
「まずは昨日説明した『インプロイヤー・イシュー』の作成ですね。それから午前中はエムクマやはりこグマたちに絵本の読み聞かせをお願いします。
りおなさんが昨日読んでいた絵本、あれらがいいですね」
「あー、『家庭科の教育実習』ねー。でもまた、なんでやんの?」
「カンパニーシステムの下準備といった感じですかね。彼らに新たな仲間を紹介する意味合いもあります」
チーフは細い鼻づらでエムクマたちを示す。彼らは仲良くはちのすワッフルやかえでスコーンを食べていた。
「あと、絵本のキャラクターを熟知するのが、ぬいぐるみを創るときにとても重要になります」
「ほら、二人とも食事中長話なんて行儀が悪いわ」メイドと共に給仕を務めている課長が二人を注意する。
「あー、そうじゃね。……部長、さっきから食べとらんけど大丈夫?」
りおなに声をかけられた部長はうつむき加減の顔をゆるゆると顔を起こす。
「あ? ああ、少し頭が
部長は注いでもらったお茶を飲み一息つく。
「あー、昨日は少し飲みすぎた。悪いがメシ食ったら少し休む」
――業務用ぬいぐるみも二日酔いになんのか。人間、っていうかおっさんくさいのう。
内心少し面白く感じながら、りおなは朝食を口に運んだ。
◆
「―――えーーーっと、昨日
朝食を食べ終えたばかりのりおなが自分の部屋に戻って呆れるほかない、といった表情でチーフに薄目を開けながら尋ねる。
チーフがタブレットで見せてくれた『インプロイヤー・イシュー』のデザイン画は三種類あった。
ひとつめは中東のロマのような、赤紫色の布を頭や腰に巻いて、髪は後ろで三つ編みにしてゆったりしたスカートを穿いたもの。
二つ目はいかにも、といった感じの中世ヨーロッパで一般女性が着るような裾の広いスカートで、ウエストには幅の広いレザー製のベルトをコルセットのようにつけているドレス。
そして、三つめは―――
「黒のパンツスーツまではいいとしても、なんでネコ耳メガネなんじゃ! 属性多すぎるじゃろ! 誰が喜ぶんじゃ、こんなデザイン!」
自室に戻ってベッドの上でゴネ出すりおなに対し、チーフは根気よく説明を続ける。
「三つめのデザインが一番スタフ族たちの能力や適性を見極めて、最適な職業を割り振ることができます。
前の二つは課長がノービスタウンに合ったデザインというので考えたのですが、スタフ族の適性をパンツスーツ程は図れないという理由で次点扱いになります」
「なんで、毎回りおなが着る装備は全部ネコ耳がついとるんじゃ! 呪いでもかかっとんのか?
それとも
りおなは宿屋中に響くような大声でわめきだす。
「違います。この装備についているネコ耳は対象の能力を正確に見極めるためのセンサーです。
メガネはその情報を受信し、最適な装備を相手に与えられるためのものです。決してりおなさんに対する嫌がらせなどではありません」
エムクマとはりこグマも一緒に寝るからと、夜中に急遽替えてもらったキングサイズのベッドの上でりおなはゴロゴロと転がる。
――効率だけならもちろんパンツスーツが一番いいんじゃろうけど、なんでそこまでネコ耳にこだわるんじゃ?
デザインした課長にこっちが納得いくように何時間でもいいさけきっちり説明してほしいわ。
だからってもにゃあ、他の二つの装備のデザインも能力とか効率とか言う前に、見た目がもう、学芸会ってか幼稚園の発表会じゃんか。
この異世界に人間はりおな一人しかいないってゆってもさーー、ロマやドレス姿でぬいぐるみたちの前に立ちたくないんじゃ…………
「もーーーー、しょうがないにゃあ、パンツスーツのステンシルはあるんじゃろ? 気が変わらんうちにさっさと出して。今ちゃっちゃと創るわ」
りおなはベッドに腹ばいになって、猫の爪とぎのように両手を伸ばしシーツを爪でやんわりひっかく。
――――後回しにして損すんのはりおなやけん。やってしまえば終わる仕事ならさっさと終わらせた方が気持ちが楽じゃ。
「んじゃ、そのスーツの片づけるけん、ステンシルと布出して」
りおなのその言葉に内心ほっとしたチーフは、自分の携帯電話を操作し何か線画が描かれた紙、イシューイクイップ用のステンシルを何枚か出現させた。
「では、パンツスーツ仕様のものから創りましょう。創り方はほかのものと一緒です」
「うん、わかった」ベッドから起き上がったりおなはトランスフォンを取り出し、出されたステンシルを何枚かカメラ機能で撮影する。
「なあ、スーツのんが一番ぬいぐるみに仕事まわしやすいって言うんなら、他二つはいらんのじゃなかと?」
「デザインした課長の話ではそれぞれ性能に差があるらしいです。
ドレスタイプのものは職業だけでなく、どんな業務内容が向くかも把握できるそうですし、ロマ風のものはファーストイシューより攻撃力で劣りますが、機敏さで優ります。
市街地以外でスタフ族たちに仕事を託すだけでなく戦闘時にも向いていますね」
「まあ、細かい話は後で聞くわ、スーツのヤツ創るけん材料出して」
言われるままチーフはウールの布地を取り出す。
「この布地は、りおなさんが創ったぬいぐるみのヒツジ、リバーシープの毛を織って創られています。装備品に仕立てた場合、効果は高いでしょうね」
「えっ!」
りおなは内心驚く。
――――言われたらチーフたちの事務所で、『とこやのトリマー』が伸びた毛を刈ってんのは見たけどさーー。
こんな早く布地を作れるまで生えるんか? ますます変な気分じゃ。
りおなはトランスフォンに文言を唱え、基本装備、ファーストイシューに変身し直し、右手を前にかざしてソーイングレイピアを取り出した。
チーフは白い薄手のの布地をりおなの前に広げる。
りおなはトランスフォンを布に向け、ステンシルを転写するとソーイングレイピアの柄を握り直した。
そのまま呼吸を整え、レイピアの切っ先をウールの布地に向けた。一気に描線通りに布を切り裂く。
間髪入れずレイピアの鍔の背にあるボタンを押して切り抜いた布を縫い合わせていった。
「おっし、一仕事終わり」
りおなは部屋着に着替え直した。そのまま仰向けにベッドに倒れ込む。
チーフの説明を受けて『インプロイヤー・イシュー』を創るときには特に手間がかかった。というよりはくたびれたという方が正しい表現になるのか。
――まずは装備自体を創る時より、服そのものに『心の光』を注ぎ込むイメージをずーーっとキープせにゃいかんからな。エムピーを大量消費するってこんな感じかのう。
チーフの話だと一時的に疲れるってても、視力が落ちるとか、記憶が無くなるとか、寿命が縮むとか少年マンガみたいなリスクはないってはっきり言われたけんど、一回で三着も創ったし。
朝ごはん終わってすぐのりおなにはほんとに応えるわーー。
「ふわぁぁーーーー……ああ」
その場にチーフしかいないのをいいことにりおなは大きなあくびをして伸びをした。
「お疲れ様です、では一時間ほど休憩にしましょう。それから、昨晩新歓パーティーをした酒場で朗読会をしてもらいます」
「うん、ちっと寝るわ、おやすみ」朝食の満腹感も手伝ってりおなはそのまま軽く眼を閉じて横になった。
◆
「ん、にゃああああーーーっ」
りおなは胸やお腹の上に何かが乗ってきたのを感じて目を覚ました。自然と大声が出る。
視線をそちらに向けると身体の上にエムクマとはりこグマが乗っていた。
りおな えほんよんできかせて。
りおながえほんよんできかせてくれるってチーフがいってた。
りおなはそれを聞いて、表情には出さないが内心
――チーフめーー、自分で起こしに来るとりおながぐずるのわかっててクマをダシに使いおってーー。
ぐぬうぅぅ……敵もさるものよのう―――
りおなが心の
「あー、分かった、今起きるけん」
りおなは胸の上に乗っているはりこグマを抱き上げつつ伸びをしてベッドを降りた。そのままはりこグマを抱えてチーフの部屋に向かう。
「んじゃ、絵本朗読会いってくるけん」
相も変わらず自身の部屋でパソコンと格闘しているチーフに向かってそう告げる。テーブルの上には大量の絵本が積んであった。
「はい、昨日の内に街の住人達にはりおなさんが到着次第始めると告知してあります。課長も手伝うとか張り切ってましたから」
「手伝うってどんなん?」
「絵本朗読会中は、アルコールは出さないものの飲食は無料、と住人たちに説明していました。かなりの数の住人が集まるはずですね」
余計なことを、とりおなは内心また少し毒づく。悪気が無いだけ余計にタチが悪い。
「まあ、りおなさんが大勢に囲まれるのは好まないのも分かりますが、エムクマたちや新しい住人を事前に知らせるいい機会ですから気楽にしてください。
では一旦ファーストイシューに装備を変えてレイピアを出してください」
りおなは言われるままトランスフォンで初期装備、ファーストイシューに装備変更し右手をかざすと、何もない空間からソーイングレイピアが現れた。
「では、こちらの絵本をレイピアで示して下さい」
チーフが抱え持った何冊かの絵本にレイピアの切っ先を向けると、絵本はチーフの手を離れ空中に浮かび上がった。
「レイピアの鍔部分を眉間に近づけるように構えて、目を閉じて深呼吸してください。
そのまま絵本の登場人物、絵本の世界が光に満ちていくイメージを心の中に描いてください」
りおなは言われるままにイメージすると閉じたまぶたの向こう側から強い光が溢れてくるのを感じた。絵本それ自体が光り輝きだしたのだ。
光はやがてゆっくりと収まる。
「目を開けていいですよ、これでこの絵本を読み聞かせれば街の住人やエムクマたちの心に強い影響を与えます。
では続けてトランスフォンで絵本のキャラクターをひとりづつ撮影していって下さい」
「なんで?」
「新しいぬいぐるみの型紙、ステンシルを作るためです。
トランスフォンのカメラ機能で同じキャラクターを何点か撮ると、三次元的に表現し直した上でぬいぐるみに必要なステンシルの展開図を作成してくれます。言わば『型紙カメラ』ですね」
「……
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