021-3

「では、買い物が済みましたら連絡してください、迎えに行きます」


 りおなは車で送ってくれたチーフに手を振ると、行きつけのデパ地下の食品売り場のお菓子コーナーやディスカウントショップをはしごして買い物を楽しんだ。


 チーフが荷物運びを申し出たが、りおなはその申し出を丁重に断った。


 ――知り合いとかに一緒にいる所を見られたら次の日から『サラリーマンの愛人』とか『塾講師と援助交際』みたいな噂立つじゃろなあ。

 そうなったらりおな、残りの人生をこれから向かう異世界で過ごすしかなくなってまう。それだけは何としても避けにゃいけん、それだけは!


 ――助かるんは持ちきれないほど買いこんでも、トランスフォンの機能の『冷蔵庫』でガンガン詰め込んでも平気じゃからな。

 それにトランスフォンの電子マネーの残高はりおな一人でだと一生かかっても使い切れんさけ(最初に確認した時よりも金額が増えとるみたいじゃけど気にせんどこう)。


 ――普段は人様のお金のつもりじゃからほとんど使っとらんかったけど、今日ははじめての異世界に向かうけんね、これは必要経費じゃ。


 りおなはヴァイスフィギュア退治やぬいぐるみ創りから自分を解放させるように買い物に興じていた。

 ディスカウントショップのペットボトルのコーナーでりおなは普段ならまず買わないような炭酸飲料が目に留まった。


 ――すごい不味マズいっちゅうわけでもないけど、うまいっちゅうわけわけでもない独特な味やけん、一回飲むとしばらくはいいやって思うけど、ある程度たつとまた飲みたくなるんじゃよな。不思議な味の飲み物じゃから。

 今度チャンスあったら部長に飲ましてやろう。

 

 と、りおなは一人ほくそ笑む。


 その飲み物は陳列棚の上部にあった。

 近づいてつま先立ちで取ろうとするが、小柄なりおなは棚の奥にあるペットボトルが取れなかった。

 りおなは踏み台か対応してくれる店員がいないか辺りを見ていると、後ろから「ほら、これだろ欲しいの」と声がした。


 りおなが声のする方を振り向くと、良く知った顔の同級生がいた。


「あー、大門だいもん。それはりおなが買い占めるやつじゃけ買わんとって」


「買わねーよ。っていうか大門じゃねーし俺は」


 大門と呼ばれた少年の言葉を遮り、りおなは右手の手のひらを出し相手に告げる。


「あー、こないだ飲み物代渡したじゃろ。返して」


「だってお前、『メールでいらないから取っとけ』って書いてよこしただろ。そもそももらってねーし」


「うーん、そうじゃったっけ? まあいいや、あと7本取って」


 りおなは言いながら彼の手から炭酸飲料のペットボトルを受け取ると自分の買い物かごに入れた。

 少年は言われるまま棚から炭酸飲料を取り出してりおなのかごに入れていく。


「なありおな、重いだろう。レジまで運んでやるから持つよ」


「おう、気が利くのう。んじゃ頼むわ」


 りおなは彼に買い物かごを渡した。


「んで、あとママにお使い頼まれたけ、お米20kgほど頼むわ」


「えっ!?」


「冗談じゃ。あと容器入りの串カツとよっちゃんイカと、ポテチのビッグバッグと歌舞伎揚げと、チューチュー容器ごと頼むわ」


 りおなは当然のように彼をアゴで使いまわす。

 りおなより頭一つ分以上背の高い少年は特に不満も言わず、りおなの言うまま指示された商品をかごに入れていく。


「なあ、りおな」


「なんじゃ? 運び賃は奮発してチョコバー一本あげるわ」


「そうじゃねーよ。お前さ、ここ何日か何かあったのか?」


「なんかって?」りおなは努めてそっけなく返す。


「ここんところ何か忙しそうっていうか、大変そうだからさ。

 あと『富樫ノート』だったっけ? 俺もコピーのコピー回してもらったけど。

 あのへんなミニチュアダックスのイラストが描かれてるヤツ。あれお前のバッグについてる変な人形だろ?

 お前が忙しそうにしてんのと何か関係があるんじゃないかと思ってさ」


 さすがに人形があのノート書いてるんだろ? とまでは言わないがそこそこ核心を突いてくる。


「あのノートは近所の親切なサラリーマンが書いてくれて、犬のイラストはその人があの人形を気に入っとるさけ描いとるだけじゃって。

 それにお年頃の中学生が忙しいのは普通じゃって。っていうかあんた普段からそんなにりおなの事見とんの? ストーカーは犯罪じゃよ」


「そうじゃねーよ。お前とよくつるんでる友達いるだろ? あの少し幸薄さちうすそうなやつ」


「ああ、ルミ?」

 本人がいないことをいい事に、さりげなくひどい返事をする。


「そう、あいつに頼まれたんだ。

 『ここ何日かいろいろあったみたいだからそれとなく様子見てくれ』って。もうひとり『いつも自分が一番かわいい』って言ってんのはいつにもましてテンション高いしな。

 なにかあったって思うのは当然だろ」


「あー、そうね」

 しおりに関してはもう何も言うまいとりおなは思う。

 ――りおなと違って変身アイドルをやることに何の疑問も抵抗もないみたいじゃし。少しハタ迷惑じゃけど、ほっといても大した害はないじゃろ。


「心配してくれんのか、ありがとう」

 りおなは少年の目をまっすぐ見てそう言う。


「これからちょっと用事あるけん、もうそろそろ行くわ。駄賃のチョコバーはそれ終わってからでいいじゃろ」


 レジを打ってもらいながら、りおなはトランスフォンの電子マネー機能で会計を済ます。


「その変な携帯は何なんだよ。最近様子が変なのと関係あるのか?」

 少年はストレートに疑問を提示する。


「んーーーー、『女のヒミツ』っちゅうやつじゃけ、男は聞かん方がいいわ。

 んじゃ大門、ありがとうにゃ」


 りおなは黄色い大きなビニール袋を三つ提げて少年に別れを告げた。そのままりおなは自宅に戻り、家族とともに夕食を摂り、ゆっくりと半身浴を楽しんだ。


 自室に戻り髪を乾かしてから、りおなは部屋の中をざっと見まわし、当座必要な物をキャリーバッグに詰めていく。

 旅支度をしながらもりおなは高揚感と不安がないまぜになった不思議な気分を味わっていた。

 ――なんじゃろ、変に興奮しとるみたい。修学旅行に行くわけじゃないけん落ち着こう。


 準備を済ませたら急にやることがなくなり、ベッドの上に腹ばいになって携帯電話を操作しだす。

 異世界でも携帯電話は使えるのか? 不意にそんなことを考えているとチーフからメールが来た。


【そろそろ出発します。変身して窓から出てきていつもの公園に来てください。

 それと出掛ける前に部屋の中を見て忘れ物を確認してください。たとえば電子機器のACアダプタなどは忘れていませんか?】


 メールを確認してから、りおなは思わずあんにゃろうとつぶやく。充電できるできないはともかく、ACアダプタは完全に失念していた。

 それより異世界でも充電できるのか? とかいろいろ疑問もわくが、指摘通り携帯ゲームや携帯電話のACアダプタをバッグに放り込む。


 ――それにしても、どこまでもこちらの行動を先読みするぬいぐるみじゃ。

 りおなは一人憤る。


 トランスフォンを耳に当て変身した後、用意した荷物を抱え窓からそっと出る。辺りを見回しつつ足音を消してりおなは自宅を後にした。




 そして場面は公園に戻る。部長が運転してくるマイクロバスを待ってりおなとチーフ、課長は公園で待ち合わせていた。


 りおなは不意に背後から猫の柔らかい鳴き声がしたのを聞いた。

 反射的にりおなが振り返ると、りおながいつも牛乳を上げていた白い母猫が草むらから現れた。


 何とはなしにりおなの胸は暖かいもので満たされる。

 白い母猫は変身した状態でもりおなが解るらしくりおなの足に自分の頭から背中、尻尾とすり寄せてくる。

 りおなが母猫ののどを指で撫でると嬉しそうにゴロゴロと鳴らした。

 りおなはしゃがみこんで猫を撫でながら植え込みに目を凝らす。


「そうだ、チーフ。ルディブリウムにはクローバーは生えとうと?」


「いえ、確かなかったはずですね」チーフは少し考えてそう言う。


「んじゃ、持ってってもよかと?」


「ええ、少しくらいなら公園を管理してる人も大目に見てくれるでしょう」


「それならりおなちゃん、これを使って」


 課長が携帯電話を操作して出してきた移植べらを使い、りおなはシロツメクサをごく少量、土や根ごとプラントポットに移しビニール袋に入れた。


 そうこうしているとモスグリーンのレトロなデザインのバスが公園脇に停まった。


「りおなさん、バスが来ました。行きましょう」


 チーフに促され、りおなは白い母猫に目をやる。りおなと目が合った母猫はもう一度嬉しそうに鳴き声を上げた。


「んじゃ、行ってくるけん」

 母猫に、というよりは自分に言い聞かせるようにりおなは声に出す。


 その間にチーフと課長がりおなの荷物をバスに積み込んだ。迷いを振り切るようにりおなもバスに乗り込んだ。




 バスのドアが閉まり走り出しても、母猫はしばらく公園に留まってバスに乗ったりおなを見ていた。

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