022-1 渡 航 voyage

「ふう」


 りおなはバスのシートに腰かけ一息ついた。窓の外の車道の風景も心なしか違って見える。


「念のために変身は解かずにそのままでいて下さい。世界の狭間はざまを通り抜けるとき、かなり衝撃があるはずです」


 チーフが吊り革につかまった状態でりおなに告げる。


「うん、あんた方の国にはどれくらいで着くと?」


「ざっと2時間くらいですかね。それまでは少し休んでいて構いません。ほかのぬいぐるみ達も寝ていますし」


「ほかの?」


 チーフが細い鼻づらでバスの後部座席を示した。りおなが振り向くと、りおなが創ったぬいぐるみがシートに座ったまますやすやと眠っていて、課長が近くでぬいぐるみたちを見守っている。

 その中にははちのすワッフルを食べかけたまま眠っているのもいた。

 その様子は小学校の遠足の帰りのようだ。りおなは少し懐かしい気分になった。


「エムクマたちは今回連れて行って、向こうに永住してもらいます」


「あー、そうかそうじゃね」


 ――言われると当然か。もし動くぬいぐるみが日本の街中まちなかに出たらそれだけで大パニックじゃな。新聞とかワイドショーの格好の餌食えじきにされてまうわ。


「彼らには重要な仕事があります。Rudibliumはそのための大事な仕事場と言えますね」


「仕事って、ぬいぐるみに何やらせんの?」


「普通に生活してもらうことですね。と言っても最初から牧歌的なところに住んでもらうのではなく、かなり荒廃した場所に住んでもらいます」


「何でぬいぐるみ相手にそんなスパルタさすの?」


「これは彼らに対する試練とかではなく、Rudibliumの再興にとって必要なことです。

 彼らは義務ではなく自分たちの意思で行動し、荒れ果てた土地を自分たちの住みやすい土地に切り拓いていくことでしょう」


「ふぅん」



 バスは一般道を乗り換え高速道路に進んだ。周りの背景や街路灯が早く流れていく。


「なあ、部長。あんた方の国って県外にあんの? それともどっかのインターチェンジ?」


 りおなは席を立ち上がり運転席の部長に声をかける。


「馬鹿言ってんじゃねえ。丁度いい道を捜してんだ」


「道? まっすぐ進んだら着くんじゃなかと?」


「違う、傾斜のある坂の直線道路を、時速100km以上で一定距離進む。

 そうするとこのバスの異次元航行制御装置が働いてRudibliumへ着く、そういう寸法だ」


「えーー!? んじゃあタイヤが通ったあとにまっすぐ火柱とか出る!?」

 りおなは思わず歓声を上げる。


「出ねえよ、何言ってんだお前は」


「でも映画とかではアスファルトに火柱上がっちょったけど、ああいう風にはならんの?」


「りおなさん、そろそろ座席に座ってください」


 チーフはりおなの両肩をやんわりつかみ、一人掛けシートに座らせた。

 彼自身もりおなの後ろの座席に座った。りおなは上体を後ろに向けチーフに尋ねる。


「あれじゃろ、チーフ。タイヤが横になってバスが空飛ぶんじゃろ?」


「いえ、タイヤの向きは変わりませんし空も飛ばないです」


「えーー、なんもないのーー? つまらーーん」


「それよりりおなさん、後ろを向いたままだと首を痛めます。前を向いてください」


 りおながしぶしぶ前をむくとバスが急に加速し、りおなの身体がシートに押し付けられる。


 バスの窓から見える風景が黒から徐々に光の割合を増した。

 光の帯が青、緑、オレンジ、赤など様々な色合いを帯びる。りおなは外していたゴーグルを慌てて付け直した。


「そろそろだお前たち、何かにつかまっとけ。衝撃が来るぞ」


 客席の方を振り向く部長は、いつの間にかレノン風の丸いサングラスをかけていた。

 ――どーいう状況でも業務用ぬいぐるみらぁは、形から入るみたいじゃな。


 りおなが前の座席をつかんで衝撃に備えていると、前方から強い閃光がマイクロバスを包んだ。ゴーグルをつけた状態でも強い光が目を射す。

 それでもりおなが目を閉じずにいると光の奔流そのものがバスの中を激しく通り抜けていった。

 程なく光の氾濫は収まりバスの速度も徐々に遅くなった、レトロなマイクロバスはやがてゆっくりと停まる。


「おい、着いたぞ」


 部長が客席に向かって一声放つ。そのままサングラスを外し帽子を取ると、一仕事終えたように肩や首を大きく回す。


「ここはまだ辺境の土地ですね」


 チーフの声を受けりおなはゴーグルを外し、立ち上がってバスの中から辺りを見回す。

 ――出発した時は夜じゃったけど、今はものすご明るい。こっちは日中なんか?


 いく筋か申し訳程度にある舗装された道路がある以外は、更地にもなっていない大きな石や木の根が散乱している。

 泥濘でいねい化した沼地があちこちにある、起伏に乏しい殺伐とした土地が広がっている。

 見渡す限り、荒涼、という言葉が一番しっくりくる大地だった。


「こういった土地をを我々は便宜上『ウエイストランド』と呼んでいます。この世界はもちろんこんな場所ばかりではありません。

 中心地に行けば、人間世界とはまた違う文明やテクノロジーが発達した街がありますし、牧歌的な町も数多く存在しています。

 ただ、りおなさんにはここを最初に見てもらいたくて、到着場所をこの地にしました。

 この世界は徐々に荒野が拡がっています。このままぬいぐるみが減り続ければ、すべてこのような不毛の地に代わるでしょう」


「…………なんか、寂しい所じゃのう」りおなは誰に言うともなくつぶやく。


「そうでしょうか」チーフは場違いなくらい、りおなに明るく声をかける。


「考え方次第です。この荒れ果てた土地をひらいて緑なす豊かな土地に変えていけば、Rudibliumは以前以上に活気に満ちた豊かな世界になるでしょう」


 チーフのまるで邪気のない発言に、りおなは目を閉じて唇を突き出した。

 心の中で『このポジティブシンキングめ』と毒づく。

「やっぱりその伊澤っちゅうのをやっつけるだけじゃいけんのか」


「そうですね、ただし、りおなさんに負担をすべて押し付けるようなことはしません。

 ま、最初の内は何かと面倒事が増えるかもですが」


「まあ、詳しい話はあとにしましょう」


 課長が前に出てくる。彼はずっと後部座席のぬいぐるみたちの面倒を見ていた。


「私たちのこちらの拠点、『ノービスタウン』に向かって、作戦会議はそれからにしましょう」



 マイクロバスは何もない荒れ地の中に唯一ある舗装された道路を延々と進んだ。向かって右側には青黒い海も見える。


 ――おもちゃが住んどる異世界ったら、子供のころに遊んでた、ヨーロッパの森に住んでる服を着たウサギとかクマ、ネコたちがいるようなのんびりとした世界を想像してたけどにゃあ。

 表現悪いけど、洪水が引いたあとのなんもない土地みたいじゃ。


 窓から見える風景は説明されなければ地球と見間違えるくらい、どこにでもあるようなだだっ広い荒れた大地だった。


「この世界の主だった住人ですが」

 りおなの前で立ったまま吊り革につかまっているチーフの講義が始まる。

「大きく分けて5、6種類ですね、まず我々と同じぬいぐるみこと『スタフ族』、次に多いのが塩化ビニール製の『フィギ族』、あとはブリキや合金でできた『ティング族』、体全体が木でできた『ウディ族』となります。


 あとは少数ながら存在するのは粘土からなる古代族、それとは別に実体を持たずに人間世界やRudibliumを行き来するのが、情報の海の浮遊生物など、細かく分類していけばきりがないですが、大体そんな所ですかね」


 ―――ほんとに異世界で、ファンタジーじゃなあ。種族別でも結婚できて混血とかできるんじゃろか。ん? 混血?


 りおなはチーフの話を黙って聞きながらあれこれ考える。今いる場所は本当に異世界なんだと認識を新たにした。


「んじゃあ、地球と同じ生き物はここにはおらんの?」


「我々が来た方法とは別に、偶然に迷い込んできたというのはごくまれにありますね。

 気付いた場合はは手厚くもてなして無事に帰すのが習わしですが、定住した場合はそのまま住み着いてもらいます」


「ふーーん」


「で、我々が向かっているのはぬいぐるみ、スタフ族が多く住む街『ノービスタウン』です」


「今私たちが見てきたところは、悪意変換システムや悪意注入プログラムが開発されるだいぶ前にああなっちゃったの

 」課長が説明に補足を加える。


「何か、地震とか台風とかであんなふうになったと?」


「いいえ、Rudibliumでは地球のような大きな災害はめったに起こらないし、仮に起きたとしても森とかを突風とか津波が襲ったら、その後は必ず残るものでしょう?

 でも今見てきた場所はその跡すらないの。なにか、山も森も川もそれごとなくなってしまった感じ。

 だから、私たちは今起こっている現象を『大消失』、そう呼んでるわ」


「『大消失』……」

 りおなは我知らずつぶやく。


「原因ははっきりしたことはわかりませんが、この世界の根幹、悪意を心の光に変えるシステム、これが弱まっているのと無関係ではないはずですね」


 りおなが何の気なしに窓越しにバスの外を見ると、ぬいぐるみとは別の何かがなんにんもいた。

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