016-2

 りおなは一応うなずくが、気持ちは晴れない。

 ――結局この人もヴァイスフィギュアと同じで操られてたわけか。なんかすっきりしないにゃあ。


「そんなに気にしないで、りおなちゃん」


 野球のグローブのように大きな手がりおなの両肩に置かれる。元の姿に戻った課長の手だ。


「この人は黒幕じゃなかったけど、りおなちゃんが今日ヴァイスとか『種』をやっつけたから、今気絶しただけで済んだのよ。

 もしずっと放置されてたらもっと重症になってたかヴァイスで人をケガさせ続けて逮捕されてたかもしれなかったのよ。

 おまけに私達がしっかり病院に送るんだから、ほんとこの人ラッキーだわ」


「うん」

 ――りおなには励ましてくれるひとがおるけん、あんまししんどい顔せんどこう。


「だから焦らないで。一つずつだけどちゃんと前に進めてるから」


 身長190cmオーバーで、山岳救助犬の顔を持つ業務用ぬいぐるみはりおなに向かってにこやかに微笑む。


「あ、そうだ」


 りおなは不意に声を上げる。


「病院連れて行かんでも、ソーイングレイピアで治せばいいんじゃなかと?」


 チーフは自分の細いあごの下に手を添えて、りおなの方を向く。


「ああ、そういえばそうですね、私としたことが迂闊うかつでした。

 りおなさんにはだいぶ負担になりますが、お願いできますか?」


「わかった」


 りおなは再度変身し、後部座席に横たわっている青年に近付く。

 ソーイングレイピアの鍔部分を額に当てて構えた。

 心の中でクローバーが広い場所で、陽の光を浴びて咲き誇る様をありありと思い描くと、レイピアが呼応して緑色の癒しの光をまとう。

 青年の襟元を開き、首についたいくつかの刺し傷にレイピアの切っ先をかざすと、傷口にも淡い光が広がる。

 見る見るうちに傷がふさがり、跡すら残らなくなった。青白かった肌にはうっすら赤みが差してくる。


「うっ……」


 青年が顔をしかめうめき声を上げる。気が付いたのだ。


「りおなちゃん、変身解除して向こうに行ってらっしゃい。聞き出すのは私たちがするわ」


 また人間の姿に戻った課長が、りおなをやんわり青年から遮る。りおなは変身を解き、隠れるように座席に深く腰掛ける。


「ようやく、目が覚めましたね。大丈夫ですか?」


 頭をさすりながら上体を起こした青年に課長が尋ねる。警戒されないためか口調も普通だ。


「ここは?」


 青年はきょろきょろと見回し、自分が置かれた状況を確かめるように、誰に対してともなく尋ねる。


「このバスは私達の会社の公用車で、あなたは家から離れた場所で倒れていたんですよ」


「失礼とは思いましたが、学生証などを確認させてもらいました」


 今度はチーフが切り出す。


「公園で一人倒れていたのを我々が見つけました。その場で救急車を呼んでもよかったんですが、幸いにケガがなかったのでご自宅まで送ることにしました」


「ああ、そうでしたか。それはどうもすいません」


 青年は課長やチーフの話を特に疑うこともなく、二人に軽く会釈をする。


「でもどうしてあんなところで倒れていたんですか? もしよかったら聞かせてください」


「え? 俺、外で倒れていたんですか?」


 青年は逆にチーフに聞き返す。

 チーフは青年に根気よく尋ねて、以下のことが分かった。


 ・ネット通販で開運グッズを買ったら、ケースに入った木の実か植物の種のような塊が五つ届いた。

 ・うち一つが動き出して飛んだかと思ったら首筋に痛みが走って気が遠くなった。

 ・それから今までのことは断片的にしか覚えておらず、いつ何のために外に出たかも自分には分からない。


 そこまで聞き出すとチーフは大きくうなづいた。


「なるほど、分かりました。もし迷惑でなかったら、その小包の発送元やサイトのURLを教えてもらえますか?

 我々はこう見えて、ネット通販のトラブルや苦情を確認して当局へ連絡し、取り締まってもらうというのを、ボランティアで行っているんですよ」


 チーフはしれっとした態度で青年に話す。

 運転席近くの席で話を聞いていたりおなは、ちょっと無理があるんじゃないか、と思っていたが青年にはすんなり了承してくれた。

 自宅へ帰ったら渡してもらう、という事で話がまとまる。


 5人を乗せたレトロバスは、程なく青年が住むアパートに到着した。チーフと課長、青年は連れだってバスを降りた。

 りおなはトランスフォンの機能の一つ『認識阻害』を発動させ、青年に気付かれないようにやり過ごす。

 10分ほどしてチーフと課長がバスに戻ってきた。手には段ボール箱やメモ帳を持っている。

 チーフは、二人乗りの座席に座るとノートパソコンを広げた。メモ帳を見ながら何かタイピングを始める。


「りおなさん、『種』を販売いしていたサイトが見つかりました」


「どりゃどりゃ」


 りおなはチーフの後ろの座席に回って、パソコンの画面をのぞき込む。

 ネット販売のサイトが開かれ、そこには胡散臭うさんくさげな開運グッズに混じって気になる商品名が表示されていた。


【アマゾン奥地で発見された生きた秘宝!『ミュータブルシード』、日本初上陸!】


 といううたい文句が踊っている。展示写真は明らかに『種』とは違う光沢のある黒い宝石のようだった。


「りおななら、これは買わんわ」


 りおなは呆れたようにチーフにつぶやく。


「そうでしょうね、りおなさんはこんなものに頼らなくても、自力で運命を切り拓くタイプの方ですから」


 チーフは相も変わらず真顔で返す。


 ――そういう意味で言ったんじゃないけん。……まあいいか。


「サイト自体は大手のものですから、出品者をたどっていった方がいいですね。先ほどの方に了承を得たうえで探りを入れていきましょう」


「うん、そこいらは任すけどそれより今降ろした人、記憶が飛んどるようじゃったけど。あれってやっぱり」


「ええ、『種』、このサイトによると『ミュータブルシード』ですか。あれによる軽い記憶障害だと思います」


「えっと、ミュータブルって何? 薬用せっけんかなんか?」


「直訳すると『変わりやすい』です。

 が、この場合は―――『変身させる』あるいは『流動的』という意味合いが強いでしょうね。

 ぬいぐるみをヴァイスフィギュアに変身させる、正に悪魔の種子です。

 ああ、もちろん薬用せっけんではないです」


「むーーん」


 そうこうしている間に、レトロバスはりおなの家に近いマンションの前に停まった。


「では、私たちは打ち合わせのため事務所に戻ります。りおなさんは部長にご自宅まで送ってもらってください。

 今日は色々とお疲れでしょう、早めに休んでください。

 半身浴をして、手足をマッサージして下さい。手や足の先から胴体へ向かって体を手でこすると血流がよくなり、老廃物を早く体外に排出できます」


「いや、それはいいんじゃけど、事務所って何?」


「いつまでもりおなさんの部屋に居座るわけにもいきませんから、事務所兼住居としてマンションを一部屋借りました。もちろん何かあったら駆けつけます」


「うーん、そうじゃの? 分かった」


 ――事務所、ねえ。まあチーフに寝言を聞かれてないか心配じゃったから、いいか。

 もし怪人フィギュア来ても、夜中は着信拒否しとこう。


 自分の部屋に戻ったりおなは、ベッドに座り一息つく。


 ――今日一日色々あったけどわからんことばっかしだにゃーー。

 『種』? んや『ミュータブルシード』じゃったっけ。あんなもんネットで売ってるやつは何考えとるんじゃろ。

 怪人フィギュア増やして世の中を混乱さしたいんか? それとも世界征服でも企んでるんか――?


「んなわけあるかい」


 自分自身に突っ込みを入れた後、我に返り部屋の中をきょろきょろと見回した。


 ――ふう、自分のプライバシーが確保されてるっちゅうんは改めてありがたいこじゃなあ。


「ふぁ…………あ」


 ――あれこれ考えるのはりおなの係じゃないわ。、

 あの三人、特にチーフがやってくれるじゃろ。


 今日のことはなにか引っかかったが、すぐに関心ごとはほかに移る。

 大きく伸びをした後、家族と夕食を摂るため一階に下りた。



 その晩、りおなは日中あったことを忘れ穏やかな気持ちで床についた。

 チーフに言われた通り、半身浴と手足のマッサージを丹念に行う。

 しっかりと体の疲れを取り、温まってから部屋に戻る。


 ベッドに腰かけて、トランスフォンの機能の一つ『クローゼット』を展開した。


 ――ん? 選べる服の種類が知らんうちに異様に増えとる。

 ……まあ、場所とるわけじゃないけん気にせんとこ。


 部屋着から寝間着に着替える。

 色はピンクで、上下と猫耳ナイトキャップがセットになっていて、可愛らしかった。画面を操作して決定をクリックすると、瞬時に着ている服が入れ替わる。


 部屋の姿見で自分の姿を確認した。

 その後同じくトランスフォンの機能『冷蔵庫』を展開して、大きなブリキバケツを床に出現させる。


 ――寝酒やなく『寝チョコ』じゃ。チョコは安眠に必要不可欠じゃからな。

 今は幸いにスーツ姿のお目付け役もいない。疲労回復のためだ、と自分自身に免罪符を発行する。


 バケツから小袋入りのチョコレートを6つ取り出した。

 バケツをトランスフォンに収納してから、大好物のアーモンドチョコを口に入れる。


 ――甘いもん夜中に食べるんは、ちょっこし後ろめたいけど。

 その罪悪感こそが、最高にチョコレートの味を際立たせるからにゃーー、うふふふふふ。


 漠然とそんなことを思いつつ、りおなはチョコレートを口に運ぶ。

 最後の一つを、惜しみつつも口に入れてから部屋の照明を落とし、りおなは毛布をかぶって横になった。


 こういう、誰にも言えない役得があるなら変身アイドルもまあ悪くない。

 ふわふわと暖かい幸福感に包まれて、りおなは眠りについた。

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