016-1 牛 頭 oxhead
「あれは……」
「『種』ですね、やはり待っていて正解でした」
男がバッグから取り出したのは、『種』二つとぬいぐるみ二個だった。
若い男は所在なさげな動きで、ぬいぐるみを開けた場所に投げた。
それに続くように、『種』は上に伸びた羽のような葉を羽ばたかせ、ぬいぐるみめがけて飛びそのまま憑りついた。
りおなは茂みから飛び出し、右手を前にかざした。
すぐさま、ソーイングレイピアが光の中から現れる。
待ってました、とはならないが予想できた事態の一つだ。すぐに立ち向かえるように気持ちを整える。
全長15cm程の二つのぬいぐるみは、内側から膨れ上がるように姿を変えた。
丸みを帯びた短い手足は、きしむような音を立てた。丸太のように太く長く伸び、胸や背中は鋼板を重ねたように大きく広がる。
各々の頭部は元の形を反映して変形していくが、元の可愛らしさを拒絶するような醜悪な姿になった。
「元の姿は牛と馬ですか、あの姿はまるで地獄の獄卒、
単純な腕力だけでなく、脚力も特化しているはずです。ある程度距離を保ちつつ一体づつ倒しましょう」
「わかった」
りおなはヴァイスフィギュアの前に躍り出て角の生えた方、牛のフィギュアに距離を詰めた。
そのまま、肩から袈裟切りにするためレイピアを振り上げる。
だが、相手に動きを察知され身体をそらされた。剣の切っ先は虚しく空を切る。
牛の頭を持つヴァイスフィギュアは、蹄を強く踏み込み、二本の角をりおなめがけて鋭く突き出してきた。
りおなは後ろに下がらず、タイミングを合わせてレイピアを横に振るう。
レイピアと角は、激しく衝突し大きな音を立てた。
りおなの腕にも衝撃が走るが、それ以上に相手は大きくのけぞり二、三歩後退する。
りおなは相手の反応に違和感を覚えた。
――ん? 今までのヴァイスと比べて攻撃が軽いにゃあ。
攻撃を合わせて弾くタイミングも簡単じゃったし。はっきり言って前の怪人フィギュアよっか弱いにゃあ。
こないだの今日でりおな強くなったんか?
んや、闘いの最中じゃ、集中集中。
牛の頭の異形は、なおも左足を踏みしめ拳を突き出す。が今のりおなにとって取るに足らない攻撃だ。
腕の軌道を読んでかわし、リーチいっぱいに伸び切った腕、そして左足の腱の部分を斬りつける。
相手に攻撃されたと認識する間も与えず、りおなは一歩下がりソーイングレイピアを両手で構えた。
ガードされていない胴体めがけて踏み込み、抜き胴で一気に切り裂く。
巨体が、どう、という音を立てて倒れた。
牛の頭を持つ異形が、オレンジ色の光の粒子を放出させるのを目の端で捉えつつ、りおなは次の目標、馬の頭を持つ異形に意識を集中させる。
茶色の胴体に黒いたてがみを持つ巨体は、りおな達にとって予想外の行動をとった。
目前のりおなには向かわなかった。
自身を解放したであろう細身の男に向かい、右手一本で胸ぐらをつかむと上に高く上げた。
つかまれた男は低く悲鳴を上げ、腕を振り払おうともがくが、馬の頭の怪物は意にも介さない。
一声高くいなないた後、つかんだ青年を無造作に放り投げる。
空き缶のように、無造作に地面に放り投げられた彼は、気絶したのかピクリとも動かない。
馬の頭のヴァイスフィギュアはりおなに向き直った。りおなはうつ伏せになった青年に近付こうとするが目の前の怪物に阻まれる。
「キャアァーーーーッ!」
その時、鋭い悲鳴がすぐ近くで聞こえてきた。
すぐ近くの学園の生徒らしき、同じ制服を着た女子高生三人がりおなの視界に入ってきた。
今の騒ぎを聞きつけてここまで来たのか、三人とも恐怖で体がすくんでいる。
りおなは心の中で舌打ちする。
――前にチーフから聞いたんは、トランスフォンの認識阻害? じゃったっけ。
周りから、りおなのこと気付かれにくくするらしいけど、音とかは消せんし、興味持たれた場合は、効果が減るっちゅうことじゃったな。
それでなくても、公園で変な音とかしたら、気にするなっちゅう方がむりな相談かもしれんけど――――
「気にせんでまっすぐ家に帰ってほしいわ」
思わず本音を小声でもらす。
自分が、彼女らの立場なら見に行かない保証はないが、そこは考えないようにする。
何とかフィギュアの攻撃をかいくぐり、彼女らを守らなければ。
そう考えていると、大柄な男がヴァイスフィギュアと彼女らとの間に割って入ってきた。
「さあ、ここは私たちに任せて、あなた方は早く逃げて!」
男は青年を尾行するため、普通のサラリーマンの顔と姿に変装した課長だった。
その大きな体格がりおなには頼もしかった。
残る一体のフィギュアが、課長や三人の少女に襲いかかろうとした瞬間、りおなはソーイングレイピアの剣針を相手の足に撃ち込んだ。
途端にヴァイスの右足はその場から一歩も動かなくなる。任意の対象同士を縫い付ける剣、ソーイングレイピアの能力が発動したのだ。
不意を突かれ、足の
そのすきを狙って、りおなは相手の肩に飛び乗る。
馬の首の後ろ、たてがみの中に埋もれている『種』にレイピアを突き立てた。刺した部分からオレンジ色の光が立ち昇る。
が、すぐに目撃者の三人の女子に目を向けた。
彼女たちのうち一人は、腰が抜けたのかうずくまって動けないようだ。それを課長が声をかけて何とか落ち着かせようとしている。
「りおなさん」
チーフに促され、りおなはヴァイスフィギュアに投げられて動かなくなった青年に近付いた。
うつぶせの状態のままピクリとも動かない。
が、よく見ると背中が少しだけ上下している。おそらく気絶しているだけのようだった。
りおなは辺りを見回し、彼が持っているはずの最後の『種』を捜す。
一般人が三人もいる中で、おおっぴらに探すわけにいかないのがもどかしい。
彼が持っているバッグに目をやると、『種』を入れていたケースはふたが開いていて、中は空になっている。
――――なんじゃと?
焦燥感を募らせつつゴーグルを操作した。
ゴーグル内部に、近辺の地図と『種』の位置情報が表示される。
縮尺の制度が合わないためか、細かい位置こそ分からないが、間違いなくこの場所に最後の一つがあるはずだ。が、まだ見つからない。
りおなはあちこち辺りを見回す。
その時りおなはある異変に気付いた。
襟に隠れて見えにくかったが、倒れている青年の首筋に太い針を刺したような傷がいくつもある。
それを見たりおなは戦慄を覚えた。
次の瞬間、虫のような羽音が聞こえてきた。
反射的に頭上を仰ぎ見ると『、種』が羽ばたきながら太い針を一杯に伸ばしている。その姿は次の獲物の品定めをしているようだった。
『種』が課長や三人の女子高生に、狙いを定めて急降下しようとしたその刹那、『種』はその羽ばたきをやめ、空中で急停止した。
ソーイングレイピアから撃ち出された剣針が、その胴体に当たる部分を刺し貫いたのだ。
『種』は剣針ごとレイピアの柄に戻った後、何秒か
「――――ううっ……!」
それを見ていた女子高生の一人は、気分が悪くなったのか苦しそうに口に手を当てた。
チーフが携帯電話を操作すると、レイピアに刺さっていた『種』は縦のマトリクスに変換され、虚空に消えた。
りおなは、ヴァイスとの戦いを目撃してしまった三人の女子を見やる。
一人は口を押さえたままで、あとの二人はたった今見ていたことが、なんだったのかわからず放心している。
助けたのはこちらだから、と口止めしておこうか。りおながそんなことを思案していると、すぐ近くから男の声が聞こえてきた。
「はい、OK! いい
見ると、ハンチングにトレンチコート姿でハンディカメラを構えた男がいる。人間の姿の部長だった。
今までのヴァイスフィギュアや『種』との戦いの一部始終を、撮影していたらしい。
「ああ、そちらのお嬢さん方。
私たちは自主制作で特撮映像を作っている者で、私は責任者の皆川といいます。こちらが名刺です。よかったらどうぞ」
普段のいつも不機嫌な様子とは違って、笑顔こそないがやけに愛想のいい感じで三人に名刺を配る。
「それで、今しがたやっていた撮影なんですが、出来れば他言無用で、ええ、もちろん無理にとは言いませんが、はい。
三人の中で気分を害された方、具合の悪くなった方はいますか? もしあれでしたら救急車をお呼びしますが。
ああ、あちらの彼でしたら心配いりません。私たちが雇ったアルバイト君です。私たちが責任を持って介抱しますのでご心配なく」
何やかやと、口八丁で言いくるめて三人を帰した。
それが済むと部長と課長は倒れている青年に近付き、かがんで色々と調べ始めた。
「やれやれ、まだ誰か来るとも限らん。手早く済ませるぞ」
「ちょっと、部長、何やっとうと?」
「何って、携帯のデータを吸い出して『種』の出どころをつかむんだよ。
見たところ、こいつも被害者みたいなもんだからな」
そう言うと、青年の懐から携帯電話を取り出してから、手持ちのノートパソコンを出現させてつないだ。
素早くキーボードを叩き、パソコンに携帯電話のデータを送り始める。
「じゃからってそんなことまでせんでも、これって犯罪じゃろ?」
「なあに、俺達は業務用ぬいぐるみだ。人間の法律は適用されねえよ」
などとうそぶきだす。りおなは息を一つ吐いて変身を解除し、少しその場を離れた。
見晴らしのいい丘の上からは、様々な校舎や施設が品よく立ち並ぶのが見えた。
広葉樹が新緑を広げ、爽やかな風が吹き渡る。遠くから小鳥のさえずりが聞こえてくる。
ついさっきまで、異形の怪物が暴れていたとは思えないほど、りおなの周りには穏やかな空気が戻ってきた。
「りおなさん、データの読み取りが終わりました。この方を病院まで連れて行きましょう」
「うん、わかった。っていうか、救急車呼ばんの?」
「ここから119番通報すると、この方の自宅から離れた病院に搬送されます。入院した場所が把握できていればこちらも動きやすいですからね」
「なるほど、わかった」
4人の中で一番大柄な課長が青年を軽々と担ぎ、チーフがバッグに散乱した彼の私物を中に入れ公園をあとにした。りおなもそれに続く。
課長は青年を一番奥の長椅子に横たえる。
バスが走り出してから、りおなはさっきから気になっていた疑問をチーフに投げかける。
「なあチーフ、この人の首の所のケガってやっぱり」
「十中八九『種』によるものでしょうね。状況からみてあちらの方は『種』に操られてヴァイスフィギュアを解放し、人々を襲わせたのでしょう」
チーフがバス後方に目をやると、
「この後病院に送って、容体を見ながら『種』を入手した経緯を聞き出していきましょう」
「うん、んで今日出たフィギュア、そんな強くなかったけどあれは何で?」
「これも推測になりますが、おそらくヴァイスフィギュアの強さは基になったぬいぐるみに左右されます」
「うん」
「具体的にはぬいぐるみが受けた愛情ですね。
それがヴァイスに変換されるときより強い悪意が注入されヴァイスの力の源になります。
この方がさっき出したぬいぐるみはおそらくごく最近手に入れたものでしょう、愛情らしいものは何もなかったはずです。そのため以前りおなさんが戦ったものより格段に弱かった。そう考えるのが一番自然ですね」
「なるほど」
りおなは一応うなずくが、気持ちは晴れない。
結局彼も操り人形だったかと思うと、それだけで気分が沈んでしまう。
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