014-2

「んーー? いや、なんでもない」


 陽子はまた人懐こい笑みを浮かべてりおなの方を向く。


「そのソーイングレイピアっていうのはどういう能力なの? さっき、怪人の腕、網で固めてたけど」


「この剣は一般の物とは違い、切り裂く、突くだけではなく対象を縫い付けることができます。

 これで縫いつけたぬいぐるみは命、心、魂を吹き込まれます。その他様々な応用ができますが。

 まあ、簡単に言うとミシンを剣にしたものですね」


 りおなの代わりにチーフが説明する。


「本当に!? 凄い!」


 陽子はチーフの話を聞くと、少女のように目を輝かせた。


生命いのちって、どんなものにでも吹き込めるの?」


「いえ、布と綿、つまりはぬいぐるみに限られますね。他の物体、物質は無理だと思います。

 それに命を吹き込むといっても、地球上の生物のようになるわけではなく多少の制約がつきます」


「じゃあ、富樫さんだっけ、あなたもそのソーイングレイピアで創られたの?」


「いえ、詳しくは説明できませんが、レイピアとは違うプロセスで生命いのちを吹き込まれ活動しています。

 現在の主な業務内容は、こちらりおなさんの全面サポートになりますね」


「ふーーん、なるほどそうか解った。」


 陽子はまだまだ聞きたそうだったが、腕を組み何事か考え事をするように下を向く。

 その後両手を組んで上にあげ、大きく伸びをした後りおなの方を向く。


「んじゃもう行こうかな。ソルにお菓子もらったし、今日は顔見せだけでお互い貸し借りなしって事でひとつ。

 またどっかで会うかもしれないしね」


「……今度会うときは味方としてですか? それとも……」


 チーフは慎重に尋ねる。


「うーん、どうだろう。利害が一致したら味方だし、違ってたら競争相手、もしくは敵になるんじゃない?

 問題は、お互いにその時何がしたいか何が欲しいか、じゃないかな」


 陽子は誰に言うでもなく、自分に言い聞かせるようにつぶやいた。

 腰に付けたポーチから銀色の細長い管を取り出し、その端を口にくわえた。

 そのまま金属製の管に息を吹き込む。


 ――ホイッスル? んでもなんにも聴こえんかったけど。


 数拍ほど間があって、りおなはそれまで静かだった公園の木立がざわめくのを感じた。しかもそのざわめきは頭上でどんどん大きくなる。


 不意に、りおなの前方20m位の所に大きな影が降りてきた。

 影はりおなに、いや、陽子に向かってまっすぐ向かって来て直前で停止した。大きな塊が起こした風で、りおなのツインテールが後ろに大きくなびく。


「わっ!」


 りおなには最初、舞い降りてきた影が何か解らなかった。


 全体のフォルムは、最初鳥かと思ったが、羽毛は全くなくつやの無い黒い素材で覆われていた。

 口から尾までの長さは3m程、羽のように長く伸びた両端は4,5m位か。


 くちばしだと思っていた口の先は、瓶の注ぎ口のように丸く、身体は紡錘体のような流線型で後方が二手に分かれて伸びている。

 身体の両脇から長く伸びる、翼に見えた器官は異常に大きいが確かに、ひれだ。


 重量感のある大きな身体は、万有引力の法則を無視してふわふわと浮いていた。

 頭頂部の穴からは、空気が出入りするシューシューという音が聞こえた。

 長い口が上下に開き「クルルルルルルル」と鳴き声をあげた。



 ――今さっきこの人が吹いたのは、犬笛みたいな超音波か。

 んで呼ばれて来たのは……ヒレもおっきいし、なんか装甲みたいなの装備してるけど……

 これ、空飛ぶイルカだ!!!



 りおなは声も出ず呆気にとられている。

 チーフは小さくて真っ黒な目を見開き、無意識にネクタイの結び目を直す。

 陽子はそんな二人を気にせずに、地面から1m程の高さに浮いたイルカの頭を優しく撫でた。

 腰の後ろに付けたポーチから、角切りにした魚肉を口に放り込む。イルカは一かみして呑み込むと好奇の目でりおなを見つめる。


「凄いでしょ? これが私の相棒、ヨツバイイルカのヒルンド。すっごい速いんだよ」


 陽子は誇るようにりおな達に話す。


「飛ん……どるの?」


 りおなは思わずイルカに近づくと、ヒルンドはりおなに顔を向け

「ケルルルルル!」

 と鳴き声を上げた。

 意表を突かれたりおなは、反射的に目をつぶって一歩さがる。それを見た陽子は喜色満面で口角を上げる。


「そう、この子がっていうより、この子の血液中の細胞内小器官オルガネラ

 あのーー、赤血球とかミトコンドリアみたいに血の中に入ってる、成分? だっけ?

 それが酸素と結合すると、重力を遮断する力場フィールドが発生して、この子を浮かしてるんだよ」


「こんなテクノロジーが、現代日本に存在しているとは思えません。もしや、あなたは」


「ああ、22世紀から来た未来人とかじゃないよ。私はごく普通の現代人。

 ただこの子たちやらクリスタライザーは、いつの時代のかは解んないけどね。

 まあ、こっちのは便利だし、この子らはよく食べるけど可愛いから連れて回ってる。

 けど、携帯とかもそうだし、使い方知ってれば仕組みとかはそんなに知らなくてもいいんじゃない?」


 ――んな大雑把でいいんか? まあ黙ってよう。


 ヒルンドと呼ばれたイルカは体を傾けた。


 陽子はその背中に乗り、背中の中央にあるスノーボードのような器具に両足を入れた。

 強く踏み込むと両足はブーツごと固定された。

 イルカの背中に付いた、カラビナ付きのワイヤーを伸ばした。

 自分のベルトに着けた陽子は、小さく口笛を吹くとヒルンドは頭の上にある鼻穴から大きく息を吸い込む。


 それと同時に、体の両側から長く伸びた、ヒレの前のくぼんだ部分が青白く光った。

 地面の砂埃が後ろに流れて、地上では這うのも困難そうな、重量感のある身体が宙に舞い上がった。

 ほぼ同時に、タイヨウフェネックのソルがどこからか舞い降りてきて、ヒルンドの鰭に降り立ち、陽子の腕を介して肩まで駆け上がる。


「それじゃあね。もっとゆっくり話したかったけど、この子ら見られると説明が面倒だし、また逢えたらゆっくり話そう」


 陽子は体をかがめてりおなに向けて話す。


「……じゃあ、また今度」


「次に会えるのを楽しみにしています」


 りおなとチーフはそれぞれにあいさつを返すと、陽子はにっこりと微笑んだ。

 腰に提げていたゴーグルを着け直し小さく口笛を吹く。

 それを合図にヒルンドは鰭を大きく一度振り下ろすと、陽子達を乗せた巨体は木立ちのはるか上に舞い上がった。

 地面から垂直に飛んだ黒い大きな影は、風を切るような鋭い音を立てて、何処かに飛び去る。


 公園にはりおな達と静寂が残された。


「陽子さん、といいましたか、一応の警戒は必要でしょうが、どうやら『種』には関わっていないようですね。

 それよりも、ソーイングレイピアの他にも、あんなアイテムやテクノロジーがあったとは」


「え、んじゃあ、チーフも知らんかったと?」


「ああ、はい、この人間界に対しての異世界は、Rudibuliumだけではないとは思っていましたが。

 そもそも、他の世界同士の交流は確認されていない、というか今まで無かったはずです。

 ですが、こちらの人間世界に関してはその限りではないと思います。

 それにしても彼女の持っていたクリスタライザーですか、試作品と言っていましたが……」


「おい、富樫、いい加減にそいつを家に帰せ。家族が怪しんだらどうする」


 背後から声がしたので、振り返ると二人分の人影が近付いて来た。

 目を凝らすと、人間の姿に変装した部長と課長だった。


「ヴァイスにやられたとは思わねえが、連絡があんまりないから来てみたんだ。何かあったのか?」


「ええ、ソーイングレイピア以外の、異世界の能力を持つアイテムを目撃しました。

 持ち主はりおなさんを援護した後、現代ではありえないテクノロジーの飛行生物で飛び去りました」


「何だと、だとするとそいつは俺たちの味方なのか?」


「はい、話はそこまで。りおなちゃんをおうちに帰しましょう。お話しはそれからでも遅くないでしょ」


 課長が二人の話を制する。


「ああ、そうでした。私が呼び出した手前なんですが、りおなさんご自宅に戻りましょう。『種』に関しては我々が対策を考えます」


「うん、なんか色々あって疲れた。帰って寝るけん」


「そうしましょう、バスで来たから部長が家の近くまで送ってくれるわ」


 課長に促され、りおなは公園脇に停車しているレトロバスに乗り込んだ。

 昇降口に足を踏み込む直前、自分の影がくっきり出ているのに気付き、後ろを振り向く。そこには白銀のように輝く満月があった。




 ――きれいな月じゃなあ。陽子……さんか。


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