014-1 種 子 seed
りおなが声を上げる間もなく、今度はりおなの腰についているポーチに顔を近づけて匂いを嗅ぎだした。
その後、何を思ったのかポーチの
突然の事に言葉を失うりおなを構うことなく、見たこともない動物はりおなの身体をよじ登った。
首の後ろに着けている、ネコ耳フードに首を突っ込む。
先にフードに入っていたチーフも、さすがに少々困惑する。
あちこち辺りを探っていた動物はりおなの肩に乗り、何かを要求するようにキイキイと鳴きだす。
――なんじゃ? ちょっとかわいいけどこの動物何がしたいんじゃ?
その様子を見て陽子がりおなに話を続ける。
「初対面なのにごめんね、そいつは名前をソルって言って―――何かお菓子持ってない?」
「うん、ある」
陽子の申し出に、りおなはポーチからチョコレートをコーティングした、細長いプリッツェルの箱を取り出した。
――非常食っていうよりおやつじゃな。
それを見てソルと呼ばれた動物は菓子の箱めがけて飛び降りる。
「こら! もう!」
陽子は、ソルの首根っこをつかんで持ち上げる。
「袋から一本だけ出してくれる? あったらあっただけ食べちゃうから、箱はしまっておいて」
りおなは言われるまま菓子を一本だけ取出し、残りはポーチにしまう。
陽子が手を離すと、ソルは再びりおなのスカートに飛び上がった。
しがみついてから、腕まで駆け上がってお菓子を奪い取る。りおな達から走って離れた。
ジャングルジムの頂上に登って一心不乱にお菓子をかじる。
「ごめんね、アイツ、チョコ菓子に目がなくってさーー。
あー、どこまで話したっけ。
アイツの名前はソル。種類はタイヨウフェネック。
学名は
「タイヨウ………」
――見た目もそうじゃけど、種類も今初めて聞いたわ。
どこにも発表されてない新種か?
りおなが言葉に詰まるとチーフが話し出す。
「学名、つまりはラテン語で『太陽の子ぎつね』といった所ですか。しかし野生動物にしては珍しい食性ですね」
「何が珍しいと?」
言葉の意味を図りかねて、りおながチーフに尋ねる。
「従来、犬や猫も含めて大半の動物はチョコレートを食べられません。誤って飲み込んだ場合食中毒を起こします。
カカオ豆には、テオブロミンというアルカロイドの一種が含まれています。
それが代謝できないというのが理由ですが、あのソルという方は、彼だけそういう体質なのか普通に食べていますね」
「そっちのヒト、物知りだねえ」
正解だ、という意味で、陽子が唇を丸く尖らせてチーフに答える。
「タイヨウフェネックっていうのは、DNA操作で誕生した人工新種の一体。
元になってるのは、フェネックじゃなくてミーアキャットだけど、生き物もそうだし、色んなモノを見つける勘が鋭いから連れて回ってる。
りおな達の事が解ったのも、アイツが気付いたから様子見に来たんだけど。いやあまだまだ世界は広いねえ」
陽子はのんびりした口調で話す。
「人工新種というのは、あんなにはっきりした形で確立しているものなのですか?
言われなければ元がミーアキャットとは解らない、全く新しい独立した種に見えますが」
チーフが陽子に質問する。
――普段は落ち着いとるけど、今すごい興奮してんにゃあ。
「A³、エースリープロジェクト」
陽子はりおな達に正対して説明を始める。
「
「では陽子さんが研究、開発したのですか?」
「まさか、私は既に出来てたのを譲ってもらっただけ。アイツとかこれと一緒にね」
そう言うと、陽子はホルスターに納めた柄のついた
「んで、話の続き、りおなが持ってるクリスタライザー、名前はなんていうの?」
りおなは少し考えた後陽子に答える。
「んや、これはソーイングレイピアじゃけど……クリスタライザー?」
――くりすたらいざー? 初めて聞いたわ。
りおなは思わずチーフの方を見やる。小さなぬいぐるみは黙して語らない。
「そう、持ち主の心の強さとか、心の動きに応じて、様々な力を発揮するアイテム全体がそう呼ばれてるみたい。
他で何て呼ばれてるかは知らないけど、私はそう聞いてる。
で、私がもらったのはこのグラス・クリスタライザー。
この銀水晶の部分からナノマシンを散布して近くの砂をほぼ常温でガラスに変える能力があるの。
形とか状態は私が頭で念じると、この精神感応機能を持ってる髪留め、オリハルコンて呼ばれてる希少金属がそれを読み取って、瞬時に思った通りの状態に変えてくれるの。
まあ、色々できるから便利に使ってる」
「今の口ぶりから察するにソーイングレイピアだけでなく、他にもあるようですね。
今しがた戦っていた『種』を生み出すようなものは見かけましたか?」
「ううん、私が見たのはりおなのも含めて四種類くらいだったけど、そういうのは無かったねえ。
でも、持ち主とか目的は解んないけどクリスタライザーの可能性は高いと思うよ」
りおなは陽子の話を聞いて黙り込む。そんなにあれやこれや流通しているのか? いやがうえにも不安が募る。
「ああ、でも使うには免許とかじゃないけど、それぞれ資格みたいなのはあるみたいだよ。基本的に持ち主以外には扱えないみたいだし。
あと、人に危害を加えるようなのは、使う本人に対してもリスクが高いと思うよ。
私のは、比較的初歩的なテクノロジーらしいから、そんなでも無いけど。そっちのソーイングレイピア?
それを悪用しようって人間には扱えないはずだし、仮にできたとしても本人へのフィードバックは大きいと思う。
だから、さっきりおながやっつけたやつとかは、持ち主の心身の負担が大きいはずだからそんなにずっとは使えないはずだよ」
陽子はりおなの沈んだ表情を察したらしく、フォローするように話を続ける。
「だとしたら、持っとるやつから早いとこ取り上げんと」
「え、戦う相手の心配してんの? 凄いねえ」
「いえ、心情的な話ではなく今後の対策のためです。
現在作戦は進行中なので詳しくは説明できませんが、我々は、いえ、りおなさんは長期的な視野に立って行動しています」
チーフの口調に、陽子は少し鼻白んだようだったが、それ以上は追及せず唇を尖らせて小さく頷き、視線を前方のジャングルジムの上に向ける。
そこには彼女が連れている動物、タイヨウフェネックのソルがチョコ菓子を食べ終わった姿があった。
名残惜しそうに前足をペロペロと舐めている。
ひとしきり足を舐め終わったソルは、大きく伸びをした後陽子達めがけて走り出し、遊具の上からジャンプした。
体と同じくらいの耳の皮膜を広げ、ゆっくりと滑空してきた。自由落下とは比べ物にならない距離をゆっくりと舞い、ふわりと着地した。
そのままりおなの足元で、母親におもちゃをねだる子供のようにキイキイと鳴きだす。
「もう、コイツは……悪いけどもう少しお菓子もらえる?」
りおなは言われるまま、チョコ菓子を三本取り出した。
大好物を見つけたソルは、りおなの足から目標めがけてよじ登ろうとする。
が、それより一瞬早く陽子がソルの首根っこをつかんで持ち上げる。
――この子が首筋をつかまれてるの、困り顔がかわいいのう。
陽子から解放されたソルは、ミーアキャットを基に創られたというだけあって、直立不動を保ったままチョコ菓子をかじっている。
ただりおなはさほど奇異に感じなかったが、左前足でチョコ菓子を二本確保したまま右前足で残る一本を器用に食べている。
その様子を見たチーフは『相当に知能が高いようですね』とつぶやく。かなり興味を持ったようだ。
「気分悪くしたなら謝るね」
と、陽子はりおな達に話を続ける。
「私は自分の目的のために動いてるからさ、誰かほかの人のためにっていうのがすごいなって思って」
「自分の目的、とはなんですか?」
チーフが話を続けるように促す。
「うん、あるものを探してる。
それもクリスタライザーの一種らしいけどね。それを手に入れると物理法則や時空も越えられるって話」
「そんな、途方もないような代物まで存在するのですか」
チーフは驚きを隠さずそう返す。
「まあ、言っても神様になりたいわけじゃないけどね。少しこう……常識で考えると出来ない事も出来るようになるらしいから。
―――もう逢えなくなった人にもう一度逢うとか、ね」
陽子は不意に遠い目をして独白する。
「え?」
りおなは意味を図りかねて聞き返す。
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