015-1 海 獣 dolphin

 次の日の朝、りおなは目覚まし時計が鳴るより先に目覚めた。

 今まで幾度となく訪れる夢の世界への接続、そして不意に起こる強制切断。

 今の今まで、夢を見ていたというのは解っていても、内容までは立ち入れない。互いに不可分な領域だと思い知る―――


 ――眠ってる時より、いい夢見てる最中のが、幸せ感じるのになんでそれは長く続かないんかにゃーー。

 今何時? ……あーー、もう起きんと。


 りおなはまどろみを断ち切るため、意識してあくびをしながら大きく伸びをした。


 机の上に目をやると、ここ何日かで見慣れたミニチュアのプレハブが無い。

 それでりおなは、チーフと別行動中だというのを思い出した。

 昨晩バスに乗ってからの、チーフたちとのやり取りが蘇る。


   ◆

 

 陽子たちと別れ、レトロなデザインのバスの一人用のシートに座ったりおなは、窓のふちに肘をつけ頬杖をついてあくびをした。


「今日はお疲れ様でした。『種』が出没したとはいえ、りおなさんに必要以上に無断外出させてしまいました。申し訳ないです」


 チーフはそういうと、りおなに対して深々と頭を下げる。

 バスの中にはりおなを含めて4人しかないが、一人乗りのシートに腰掛けたりおなに対してチーフはバス中央の通路に立ったままだ。


「えーー、いやもういいっちゃ」


 りおなはチーフにひらひらと手を振る。

 ――ほんとのとこ、怪物退治はアリで無断外出はナシというのんが抜本的におかしいんじゃけど。

 とか言いたいけど、つっこみだすときりがないからのう。


「それより、明日の予定は?」


「はい、『種』を所持している人物が特定できました。

 明日以降の放課後、こちらで捕獲した『種』を証拠として突き出します。

 他の『種』を明け渡してもらったり『種』の出所、入手ルートなどを白状してもらいます。

 なるべく穏便に済ませたいものですが」


「しのごの面倒くせえことしねえで、さっさと締め上げちまえばいいんだよ」


 運転席でハンドルを握った部長が、大きな声でチーフに返す。


「そうはいかないわ。下手に刺激して悪意を増幅させちゃ元も子もないもの。相手だってどんな行動に出るか分からないわ。

 ここは富樫君の言うように、穏やかに進めましょ」


 と、課長は部長をやんわりととりなすが、部長は「ふん」と一声返し、また無言で運転を続ける。


 ――話だけ聞いてると役職とか関係なく言いたいことは言い合うようにしとるみたいじゃな。

 どっちかいうと、チーフがまとめてるような感じじゃし。

 ひょっとしたらお互い呼び合っているのは、役職でなくてニックネームみたいなもんかものう。


 りおながぼんやりと窓の外の流れる風景を見ながら、あれやこれや考えていると、バスがゆっくりと停車し空気が抜ける音と共にドアが開いた。部長がりおなの方に振り向く。


「おい、着いたぞ」


「りおなさん、遅くまで付き合わせて申し訳ないです。

 玄関から帰られると外出したのがばれますから、お手数ですが窓から入って下さい。

 今日はお疲れでしょうから、早めに休んでください」


「え、チーフは部屋に戻らんの?」


「はい、今日はこのまま部長たちと仕事に移ります。家に入ったら手洗いうがいを忘れずにして下さい」


「うん、解った。チーフも無理せんで、たまには早く休んで」


 りおなは言いながら乗降口から外に出た。課長はりおなに手を振り、部長は煙草に火をつけ一服している。

 ドアが閉まってからも、手を振っている課長に軽く手を振りかえすと、レトロなデザインのマイクロバスは静かに走り出す。

 多少の罪悪感と軽い興奮を覚えながらりおなは自室の窓から帰宅した。



   ◆



 昨日の事を思い返しながら、りおなはいつもの公園で棒付きキャンディーを頬張る。

 糖分補給しながら「猫成分補給」を満喫していた。

 母猫は、普段は地面で牛乳を飲むだけだが、今はベンチに乗っている。


 ――会ってすぐくらいか、お母さんねこ抱っこしようとしたら逃げられたからにゃあ。

 そんでも、出会ってすぐよっかは慣れてきたみたいじゃ。


 魚肉ソーセージを短くちぎり、手の上に載せてみせると、目を細めて美味しそうにはくはくと食べる。

 その様子を横目に見つつ、りおなは携帯電話で、よく通うファーストフード店マグナバーガーやゼムゼレットドーナツのサイトをチェックしていた。


「商品開発部の研究日誌」

 という項目で、はちのすワッフルを検索すると、

 【ワッフルにハチミツをたっぷり浸して一晩余分なハチミツを切って食べるコムハニー(巣蜜)。

 という食べ方が、脳に糖分を必要とする朝にぴったりで、お客様の熱烈な要望にお応えして『コムハニーワッフル』の新製品を近日発売します】と書かれてあった。


 また、ゼムゼレットドーナツのサイト

「森のフクロウの開発日記」には【きゃべつシュークリームともみじマフィン、かえでスコーンが近日発売!】

 とあった。


 きゃべつシュークリームは、皮の上部分がミルフィーユのように何層にもなっていて、結球前のキャベツのように作られたシュークリーム。

 もみじマフィン、かえでスコーンは、メイプルシロップが一番合うマフィン、スコーンを小麦粉選びから研究した、スタッフ一押しの自信作と書いてある。


 ――マグナもゼムゼも商魂たくましいっちゅうか、新製品売り出すのがんばってるにゃあ。


「おはよーー、りおな」「おはよーー」


「おーー、おはよーー。しおりーー、ルミーー」

 ほい、『今日の糖分』」


「ごちっす」「いただきまっす」


 りおなは二人に棒付きキャンディーを差し出すと、二人は礼を言って口に含んだ。

 三人はしばし、無言でキャンディーを口の中で転がしていたが、りおなはとある異変に気付く。


 ――しおり? 普段からそうじゃけどいつも以上にふわふわしてんにゃあ。

 毎日「自分が一番可愛い」アピールしよるけど、なんかあったんか?


 その笑顔に言い知れぬ不安を覚えつつ、りおなはしおりに尋ねる。


「―――しおり、何かあったと? すごい何か―――嬉しそうじゃけんど」


「え? そう? 普段通りだけど」


 と返してくるしおりの表情は、口角が上がり切っていて、りおなはだいぶ気持ち悪く思っていた。

 だが、口に出して言っても効果が無いので黙っている。

 かと思えば、りおなの座っているベンチから離れて、公園のまんなかでくるくると踊り始めた。

 朝のさわやかな空気をぶち壊す、異様な光景から目を逸らすように、りおなとルミはお互いの顔を見合わせた。


「なんであんな

『ふんがふんが ふんがふんが』

 しとると? はっきりゆって気持ち悪い」


「私も聞いたんだけど、何かは教えてくれないんだよね。

 何かいいことがあったんだろうけど、それにしても気持ち悪い」


 口をそろえて「気持ち悪い」と酷評されても、当人はどこ吹く風で公園の真ん中で踊っている。

 公園周りの街路樹越しに、その様子を眺めていた通行人がいた。

 が、すぐに目を逸らした。

 その様子を見て、さすがにいたたまれなくなったりおなはしおりに声をかける。


「ね、しおり、本当に何があったと? ものすごい浮かれよるけど」


「えーー? 内緒、って言いたいとこだけど、今度タイミング見て話す。

 本当は秘密なんだけど、二人は友達だから特別に今度話す。他の人には絶対内緒だよ」


 しおりは両手を胸元に組んで、真剣そうに話す。

 だが、りおなもルミもそれなら別に聞きたくない、と内心思ったが、口にするとゴネだすので少し沈黙した後、


「……んじゃあ、楽しみにしとるわ」とだけ返した。


 『猫成分補給』を終え、バッグを手に取り立ち上がったりおなは同じくベンチに置かれたしおりのバッグが妙に気になった。


 バッグそのものは学校指定のスタンダードな物で、女子らしくぬいぐるみなどが付いていた。

 だが、昨日までは無かった鳥の卵に白い翼のついたブローチのような小物が付いている。


 それを見つめている内にりおなは胸の内に暖かいものが満ちていく気分を味わった。

 その後、天を仰いで両手を上に突き出す、ブローチの持ち主に目をやると、しおりは自分の世界に浸りきっている。

 りおなはもう一度卵形の小物に目をやってから、誰に言うでもなくひとり呟く。


「…………見なかった事にしよ」



 その日の授業を終えたりおなは、教科書やノートをバッグに詰め込んで小さくあくびをした。


 ――週も後半かーー、やっぱしだれるわーー。

 そもそも、変身して怪人フィギュアと戦う非日常を味わってるけん、自覚するしない関係なく疲労は蓄積する一方じゃな。

 『種』の一件が終わったらチーフ達に祝勝会でも開いてもらおう。


 りおなが考えていると、同じく帰り支度をしているルミが話しかけてきた。


「ね、これから三人でマグナ寄らない?」


「あー、いいにゃあ。そこで宿題やっつけよう―――しおりはどうすっと?」


 りおなの問いかけにしおりは振り向く。


「えー? うんわかった、三人で行こーー」


 言いながらも、今朝と同じように口角が上がりっぱなしだ。

 ――どんだけいいことがあったか知らんけど。

 ここまでふわふわできるんは、ある意味尊敬できるわ。



 数十分後、各々の家に帰り、私服に着替える。

 いつも立ち寄るファーストフード店、通称マグナの店舗三階の四人掛けテーブルに集まった。


 『三人で宿題を終わらせる』という名目で集まってはみた。

 が、そこはお年頃の女子三人、マジメに勉強する気はさらさらなく、ノートを広げて20分もしない内に、誰ともなくしゃべりだし四方山よもやま話に興じた。


その話題の一貫性もあってないようなものだ。

 際立ってムシの好かない教師の事、ファッション誌に載っていたお店の事、あるいは三人の前に並んでいるはちのすワッフルの事と話題はあちこちに飛んだが、三人は些細な事でも大いに盛り上がった。


 井戸端会議も一旦落ち着き、りおなは今朝から様子が変な(普段も変だが)しおりに気になっていたことを尋ねた。


「なあ、しおり、今朝公園で話したことじゃけど本当に何があったと? 周りの人が心配しよるけ」


 ――やっぱしふだん以上に浮かれとるけん。しおりに対しての周りの視線が痛いわ。

 理由知っとけば、ある程度対処できるかもわからん。


「うん、わかった。本当は誰にも内緒なんだけど、二人には特別に教えるね」




「……うん、頼む」

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