007-1 幼 児 infant
中学二年生の大江りおなが、変身できる携帯電話、トランスフォンを手にして三日目の朝を迎えた。
今朝は曇っているのか、窓から差し込む光は比較的弱い。
まどろんだ状態から、急に目が覚めた。
腕を伸ばして目覚ましを確認すると、りおなが前日セットした時刻よりも15分早く起きた。
目覚ましを解除した後、二度寝を防ぐためかけてあった毛布をめくりあげた。あくびをしながら大きく伸びをする。
――今朝は夢とか見んかったにゃーー。また変身して剣でばけものと戦う夢とか見ると思うちょったけんど。
あ、夢やない、あれは現実じゃ。
おとつい、昨日って変なケータイで変身して、怪人フィギュアと戦ったんじゃった。
ここ何日かの記憶がフラッシュバックする。
そうだ、チーフ、とりおなは自分の机に目をやる。
――変なケータイと一緒に落っこちてきた……
えーと、本人の話じゃと
『Rudiblium Capsaから来た業務用ぬいぐるみ』
じゃったか、なんや言いづらい呼び方の人形がいた。
役職は主任の富樫ことチーフと出会ってから、なんだかんだで三日がたった。
――昨日はりおなよりも早く寝たはずじゃな。
ついたて代わりのドールハウスの奥に小さなプレハブを置いて、職場兼住居にしていた。
サッシの内側の白いカーテンが開いている所を見ると、もう起きているのだろう。
りおながプレハブに近づいて様子を見ようとすると、相手もりおなに気付いた。
そっけないデザインの事務用机に向かって、昨日同様パソコンと格闘していたが、サッシを開けこちらに一礼する。
「おはようございます、りおなさん」
「うん、おはよう。あんた寝んかったと?」
「いえ、4時間ほど休みました。りおなさんは熟睡されましたか?」
「うん、いつもより調子いいみたい。ねえ、その中どうなっとるん? 中身見てもいい?」
「ええ、上蓋は持ち上げると外れますのでご覧になりたければどうぞ」
相手の許可が出たので、プレハブの
――なるほど、サイズが小さい以外は事務所そのものじゃな。
事務用デスクとデスクチェアが一つずつ、簡素なガス台と流し、小ぶりな冷蔵庫。
奥の方に折り畳み式のベッドとキャスター付きのハンガー掛け。
と、本当にシンプルな造りだ。流し近くにコーヒーメーカーとカップがある以外生活感が全く無い。
ーー気持ちが子供に戻ったわけでもないけど、ミニチュアの家っちゅうんはなんとなく心が躍るもんじゃな。
それにりおな自身、相手を見下ろすという機会が少ないので表には出さないが少し優越感も感じていた。
しばらく中を観察していたが、満足したので上蓋を元に戻す。チーフはドアを開け中から出てくる。
「んで、今日はどういう予定?」
「今日は昨日と同じく技の種類の習熟と、実戦時に有効に使えるように訓練するのがメインですね。もちろん放課後以降になりますが。
りおなさんはまだ中学生ですから、学業が本分です」
――相変わらず、妙なところで律儀なぬいぐるみじゃのう。
それくらいなら、いっそフィギュア退治をナシにしてほしいわ。
「昨日のように携帯ゲームで訓練してもらいますが、あまり一人で続けるとお友達に心配されますから対戦形式を搭載しました」
「対戦?」
「はい、同じゲーム機さえあれば通信で対戦可能なようにプログラムを更新しました。
朝登校する前、電話かメールで持ってきてもらうように連絡すれば通信対戦が出来ます」
「そう、わかった。んじゃメール入れるけん」
りおなは自前の携帯でメールの文章を打ち込みながら、チーフに確認する。
「あーでも、売ってるソフトのゲームじゃ無いけん、しおりとルミから怪しまれるんじゃないじゃろか」
「ああ、でしたらそうですね『パソコンに詳しい大学生のいとこから開発中のゲームをもらった』とか言えば不自然な所は無いと思います」
「……わかった」
――大学生のいとこってどこの金持ちの小学生じゃ? 髪型と口の先が前に突き出てんのか?
心の中で突っ込みながら、りおなはメールの内容をチーフの言った通りに打ち込み二人に送信した。
程なく二人から返信メールが届く。確認すると二人ともOKということだった。
身支度を整え学校に向かう。空はうっすら雲がかかり初夏の日差しが柔らかい。
大通りを歩道橋で渡る。真ん中まで来ると、りおなは鉄製の手すりに肘をついて、下を通る車の流れに目をやる。
――見てる分には世間は平和そのものじゃ。
でもチーフの言う異世界じゃと人間の世界を乗っ取る秘密結社? そうでなくても悪の組織がフィギュア量産して。
んで送り込まれてから人間世界の『悪意』を注入されたら怪人フィギュアになって罪もない一般市民を攻撃するんか――――
チーフの話を要約するとそんな内容だった。昨日まで倒した三体は直接りおなを襲ってきた。
りおなが倒せたのは事前に状況を知っていたからと、相手に有効な装備や武器、的確なアドバイスがあったからだ。
――もしりおなでなくて、しおりとかルミとか? パパママが攻撃されたらどうしよう。
考えたくないことってどうしても意識の真ん中にやってくるにゃあ。
りおなが車の流れを見ながら物思いにふけっていると、足音が近付いて来た。
不意に現実に引き戻される。足音がする方向に顔を向けると小さな女の子がこちらに歩いてきた。
顔見知りだったのでりおなは軽く手を挙げて声をかける。
「
「あ、りおなちゃんおはよー」
慧と呼ばれた女の子も手を挙げてあいさつを返す。
この慧と呼ばれた子は小池さんと同じくりおなの近所に住んでいる女の子で、年恰好からすると4~5歳くらいで、なぜか幼稚園には通っておらず日中の大半をあちらこちらぶらついて過ごしている。
その上言動のいろんなところがババくさい。
主だったものを挙げれば手首に輪ゴムを装着したり、前の月のカレンダーを切ってメモ帳にしたり、スーパーのチラシに赤丸をつけてみたり、外出時につっかけ履きなどきりがない。
――誰かのうわさじゃと70歳のおばあちゃんのクローン体だとか陰で色々言われちょったけど、まさかにゃあ。
「朝っぱらから何物思いにふけっててんの?」
――この子は、ようけむつかしい単語知っちょるのう。
「うーん、いやなんでもない」
「そういえば、ゼムゼの景品もらった?」
ここでいうゼムゼとは、ゼムゼレットドーナツの略でマグナローダースバーガー同様全国展開しているドーナツチェーン店のことだ。
大きなフクロウがモチーフの店で、もちろんりおなもよく利用している。
特にもちもちした食感が特徴の蒸しドーナツがお気に入りだ。
「ううん、もらってない。なにもらえんの?」
「蒸しドーナツをたくさん買った人にこれもらえるんだよ」
慧ちゃんがポシェットから取り出したのは小さなウサギのぬいぐるみだった。
色が淡い黄色で首回りにスカーフのような布が巻かれていて耳が下に垂れ下がっている。
いわゆるロップイヤーという種類がモチーフのぬいぐるみだった。
「ふーん、かわいいね」
りおなは素直に感想を述べる。
「名前はツトム君っていうの」
「つとむくん?」
りおなは疑問符を一つ投げかける。
――確かこのキャラクターはゼムゼドーナツとタイアップしてるキャラクターのはずじゃな。
名前はたしかカスタードちゃんとかでなかったっけ。
「ツトム君は『永遠の中学二年生』で得意技は『カマキリ拳法』なんだよ」
「……ふーん」
りおなとしてはそう返すしかない。
――自分のぬいぐるみやけん、設定にツッコむのはようないしにゃ。
「ツトム君の友達を増やすから今日もゼムゼで蒸しドーナツ買ってくるんだ」
「わかった、車に気を付けてね」
「それじゃあ、バイバイ」
慧ちゃんとはここで別れた。履いているつっかけがカランコロンと音を立てて遠ざかる。
りおなも歩道橋に乗せた両肘を上に伸ばし学校に歩を進めた。
「あの方は素晴らしいですね、想像力が豊かで縦横無尽だ」
チーフが麻袋から顔と両手を出した状態のまま話し出した。珍しく興奮している。
「あの方のように想像力が豊かな方が多ければカンパニーシステムを使わなくともよいのですがね」
今度は少し寂しげに語る。
「今、慧さんと呼ばれた方が持っていたのは『カスタードちゃんとショコラくん』のカスタードちゃんですね。
私もこちらに来る前に一度読みました。『エムクマとはりこグマ』よりも人気があってぬいぐるみやキャラクターグッズも流通してますね」
「カンパニー? また話が見えないんじゃけど。それにえむくまってなに?」
「ああ、はいそうですね。カンパニーシステムとエムクマについて説明します」
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