007-2

 チーフの説明はこうだ。

 Rudiblium Capsaでは、今現在活動しているぬいぐるみの数が減ってきている。

 それに呼応するように国のあちこちが荒廃しつつあるらしい。

 そこで、人口の減ったRudibliumにソーイングレイピアの力でぬいぐるみを増やしてほしい、という事だが。


「ただし、人間世界で市販されているぬいぐるみを、レイピアの力で生命いのちを吹き込む。

 それだけでは住人としての存在や力が弱く、定住できるのはごく少数になります。


 本来、Rudibliumに定住できるぬいぐるみ。

 彼らは、長年子供たちに寄り添い役目を終えて、安住の地を人間界以外に定めて転生する者たちが多くの割合を占めます。

 ですが、今の世の中流行はやすたりで、ぬいぐるみを集めたり手放したりする方が多くなりました。

 悲しい事ですが、仕方が無いことかもしれません。

 しかし、その事が現在のRudiblium Capsaの荒廃の原因の一つになっているのもまた事実です」


「それを防ぐため、ソーイングレイピアで生命のあるぬいぐるみを一から創って、ぬいぐるみの国に送り込む、と」

 チーフの話をりおなが続ける。


「その通りです」

 チーフが我が意を得たりという風にうなづく。


「でも、なんでそのエムクマとかが関係あるの? それにカンパニーっておやつかなんか?」


「いえ、カンパニーというのは友達、仲間という意味です。

 エムクマとはりこグマと村の住人達を創ることが当座、カンパニーを充実させる一番の近道になります」


 チーフの説明は続く。

 エムクマというのは、お腹にアルファベットの大文字の『M』のアップリケが付いたオレンジ色のクマのぬいぐるみ。


 はりこグマは、エムクマより少し小さくてよだれかけを着けたアイボリーのクマで、好きな事は裁縫。

 ふたりのクマは、草原と森の間に建ててある丸太小屋にいっしょに住んでいる。


「ある日、はりこグマの小さな失敗がきっかけで、はちのすワッフルを二人で大量に焼きます。

 二人では食べきれないので、空色の手押し車にいっぱいのはちのすワッフルを積み込みます。

 二人で小高い丘まで運んで、丘の上でワッフルを食べだすのですが―――」


「ああ、コンビニに入るけん、説明一旦ストップして。

 公園の猫たちに牛乳をあげるけん」



「んで、どこまで聞いたっけ」

 紙パックを高々と挙げ、皿に牛乳を注ぎながらりおなはチーフに続きを促す。


「はい、エムクマとはりこグマは大量のはちのすワッフルを丘まで運んで、ふたりで仲良く食べ始めます。

 そこへ森一番の頼れるクマ、ながクマが現れ……」


「ながクマ?」


「森に棲んでいる、身体が縦に長い紺色のクマのぬいぐるみです。

 身体は縦に長いわりに、厚さは横から見ると薄いです。

 ですが村の住人からの人望は果てしなく分厚いクマで、口癖は『フゥム』です。

 そのながクマが、二人にはちのすワッフルを少し分けてほしいと申し出て、肩に担いでいたピンクサーモンと交換します。

 その後も丘の上に森や村の様々な住人が現れ、はちのすワッフルを様々な食べ物や持ち物と交換していくのですが……」


「うん」


「まあ、最後どうなるかは絵本でご覧になった方がいいですね」


「え、絵本になっとうと?」


「はい、全国の書店で普通に販売している絵本です。

 つい最近出版したばかりですが、マグナローダースバーガーが専属契約を交わし、はちのすワッフルを独占販売しています」


「それはいいんじゃけどカンパニーシステムは?

 りおなが気になるんはそっちじゃな」


「はい、絵本の世界ではまだ新参のエムクマ達を、レイピアで創りあげるというのが肝要です。

 同じ絵本の中の住人達を同時に創り上げれば、連帯感や結束が高まりますし、荒廃した街の再生も早まります。

 昔からある、有名なキャラクターたちをレイピアで創りだすと、見た目こそ同じになりますが実際には様々な不具合が生じます。

 具体的には全く同じぬいぐるみを二体創ると、一つの魂が二つに分けられます。

 ふたつの身体に、それぞれ本来の容量の半分しかないぬいぐるみができてしまいます。

 半分の魂を補うために命や心をすり減らしていくので、徐々に弱まりやがて停止、人間でいうところの寿命がかなり早く来てしまいます」


「ふーん、なるほど」

 ――同じデザインのぬいぐるみだけ大量生産すりゃいいかと思ってたけど、そこはそれ、ちゃんと理由があるんじゃなあ。


「んじゃあ、放課後その絵本買いに行くにゃあ」


「りおなさん、今日はお友達とゲーム機で訓練なのでは?」


「あーそうか」


「絵本は明日以降買いに行きましょう」


 りおなは猫専用の皿を水道で手早くゆすぐ。チーフの話をつい聞き込んでしまった。少し早足で学校へ向かった。



 一日の授業も無事終了し、放課後の教室でりおなはしおりとルミのいつもの三人組で井戸端会議を始める。


「りおな、新しいゲームダウンロードしてもらったんだって?」

 しおりはりおなの差し入れたチョコを食べながら尋ねる。


「朝メール見てから、ゲーム持ってきたから三人でやろうよ」

 ルミもチョコを食べながら楽しそうに言う。


「あーでも教室でゲーム出してると先生に見つかるから屋上行かない?」


「屋上?」

 しおりの無邪気な提案に、りおなは眉をひそめる。屋上は昨日トカゲと魚のフィギュアと戦った場所だ。

 ――正直いい思い出はないけん行きたくないのう。


「屋上ってポルターガイスト出るんでしょ。校舎の壁走る女の幽霊見たって隣のクラスの野球部のマネージャーがいってたよ」


 ――学校の屋上で怪奇現象が起きたっちゅうんは、ちらほら聞いてはいたけんど、一日でそんなに尾ひれがつくもんか?

 女の幽霊ってか、それりおなじゃし。

 昨日の今日で、学校中に広まってるとは思わんかったわ。


 もちろん自分が原因とは口が裂けても言えない。


「何、ゲーム? 面白いやつか? 俺にもやらせてくれよ」

 りおなの頭上から声がした。振り向くと細身で長身の男子生徒が立っている。


「あー、大門だいもん、いや、なんでもない」


「またそれかよ」


 大門と呼ばれた少年は顔をしかめる。

 このりおなが呼んでいる『大門』というのは、もちろん本名ではない。

 彼の名字から来るイメージから、往年の刑事ドラマに絡めてりおなが命名したものだ。

 ――呼んでる通りサングラスしてたり、装甲車に乗ってたり、ショットガン持ってたら面白いんじゃがなあ。


「ゲームあるんだろ、見せてくれよ、りおな」

 大門はゲームに食いつく。そこはやはり年頃の中学生だ。


 中学生でありながら、身長は175cmを超えていて体重は50kg代前半(憎たらしい)。

 りおなに気があるのかないのか、よく話しかけてくる。

 が、当のりおなはよく彼を小間使い扱いしている。

 ――自分と同じ顔したアバターをむやみに人に見せるんはまずいにゃあ。

 知られてすぐ、自分の立場がいきなりどうこうっちゅうんはないじゃろうけど、勘ぐられるのはよくないけん。


「これ、あれだ、女の子限定の恋愛シミュレーションやけん、男にはつまらん。

 それより購買行って、ペットボトルのコーラ買って来て」


「はあ?」


「アンタには貸しあるじゃろ」

 りおなは手を高く上げ、指を鳴らし一言続ける。


「『カウントダウンは、2分だ』」


「わーったよ」

 少年はしぶしぶ駆け出し、教室を出る。


「あれ、でもりおな、今から三人で公園行くんじゃなかったっけ」

 ルミがすかさず指摘する。


「言われればそうじゃった、メール入れとくわ」


 りおなは携帯電話を取り出し『大門』を検索、素早くメールを打ち込む。内容は


【急用できたけ、先帰る。コーラは取っとけ、駄賃だちんじゃ】携帯電話を高く上げて送信すると


「んじゃ公園行こ」と二人を促して、教科書やノートをバッグに入れた。



 公園に着くと先客がいた。今朝会った慧ちゃんだ。

 ゼムゼレットドーナツのキャンペーンでもらった、本人がツトム君と名付けた、元々の名前がカスタードちゃんというウサギのぬいぐるみで遊んでいる。

 だが遊び方が少々珍妙だった。


 ウサギのぬいぐるみを手を高く上げ、地面に水平になるように持っていた。

 口で『ブーン』という効果音を出しながら、腕を左右に振っている。

 顔見知りなのでりおなは慧ちゃんに声をかける。


「慧ちゃん、なにやってんの?」


「えーっとこれはねツトム君を旋回飛行させて、敵機体に攻撃させずに無傷で追い返しているんだよ」


「……ふ~ん」

 りおなはそう返すしか無い。

 ――チーフは縦横無尽とかゆっとたけど、ただ単に不条理じゃろ。ウサギが旋回飛行て。


 三人は指定席のベンチに座り、携帯ゲーム機とお菓子をベンチに広げる。

 りおなの気配を察したのか白い母猫が茂みから現れ、りおなの足に頭をすり寄せて来た。


 りおなはゲーム機の電源を入れる。

 ソーイングフェンサー訓練用の試作品、しおりとルミには対戦型のゲームだと言ってあるコンテンツを立ち上げた。

そのまま通信対戦モードを選択する。他の二人もそれにならう。


 画面が暗くなり、下に細長いバーが現れ白い部分がゆっくりと伸びる。

 1~2分程でダウンロードが完了し、対戦が可能になった。その間白い母猫の頭を指で軽くかいてやる。


 ふとりおなは、何か妙な違和感を覚えた。


 ――なんじゃ? この違和感。て、ゆうよりメールに悪口書かれたようなイヤな気分は。

 りおなが、ヴァイスフィギュアと戦っている時みたいなイヤな気持ち。

 『悪意』をこっちに向けられた時、ネコ耳バレッタが振動するけど、それと全く一緒の感じじゃ。



 りおなの足元でくつろいでいた母猫も、今はせわしなく耳やヒゲを動かし落ち着きなく辺りを窺っている。

 

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