006-2

 メニュー画面をとじてPractice,練習モードに入る。


 ――今の今あれやこれや考えてもしゃーないにゃあ。まあ新作ゲームのつもりで覚えよう。


 練習モードに入ると、3Dのアクションゲーム画面に移行した。


 ポリゴンで形作られた市街地にアバタ―のりおなが降り立つ。各ボタンを押すと画面上のりおなが対応した動きをとる。

 自分自身を操作するというのも変な気分だが、1~2分も操作したら慣れてきた。

 要は普段よく遊んでいるアクションRPGと同じ操作性だ。レスポンスもなかなか良い。


「そろそろ画面内に指令が表示されます。指令通りに敵を倒せばクリアです」


「わかった」


 画面上部に右から左に指令が流れる。

 画面に『スロウショット、ディレイショットを使ってヴァイスフィギュアを五体倒せ!』と表示された。


 ほぼ同時にサージェントフロッグマンがアスファルトからせりあがるように現れる。

 フロッグマンの頭上に赤いバーが横長に表示されていた。おそらくこれが体力ゲージだろう。

 りおなは試しにフロッグマンの側面に回り込みレイピアで斬りつけた。

 思った通り体力ゲージバーは振動するだけで減る様子がない。

 それなら、とボタンを操作しスロウショットを繰り出す。


 りおな自身が発動させた時はそれほどでも無かったが、画面上ではそこそこ派手なエフェクトと効果音が上がった。

 フロッグマンの身体の周りに光の糸が張り巡らされる。


 それと同時にフロッグマンの動きが目に見えて鈍くなる。

 その隙にレイピアで斬りつけると体力ゲージが減っていき、四分の一程になると緑色に変わった。

 ゲージが尽きるとりおな自身が見たようにオレンジ色の光が立ち昇って、フロッグマンは消えた。


「これで一体倒しました。他も同様に攻略して下さい」


「わかった」

 ――コツさえ呑み込めばあとはどうという事は無いけん。


 しばらく市街地を動き回ると今度は上半身が魚で体全体が青銀色に染まったフィッシュマンが現れる。

 りおなが学校の屋上で遭遇したのと同じくねくねと摑み所の無い動きをしていた。


 ―――ふっふーーん、要領が解っていればりおなの敵ではない。

 一本調子でなくてスピード変えて襲ってくるのは同じ。突進が終わった後背中ががら明きになんのも現物と同じじゃ。


 フロッグマンを倒した時と同様に動きを封じ込めて倒す。


「あと三体倒せば指令は完了です。頑張ってください」


「言われんでも出てきたらやっつけるだけじゃ。このままだとワンサイドゲームでで拍子抜けじゃのう」


 一瞬、気が緩んだ隙を衝かれたわけでは無いが、今度は三体同時に現れた。


「うーわ!」

 思わず声が上がる。りおなが戦った三体、フロッグマン、リザードマン、フィッシュマンの見たくないスリーショットが並ぶ。

 とりあえずセオリー通り、一番機動力の低いリザードマンに狙いを定める。後方に回り込んでスロウショットを当てようとした。

 が、次の瞬間緑色の影が降ってきた。りおなのアバターは横殴りに吹き飛ばされる。


でっ!」

 例えばSFであるような、最新鋭のゲームのような感覚共有システムがなくても、プレイヤーキャラがダメージを受けると声を上げてしまうのがりおなの癖だ。

 転がったりおなのアバター近くにフィッシュマンが泳ぐように近付いて来た。フロッグマンも追撃するためりおなめがけて跳躍する。


「うわわわわわ」

 りおなはアバターを操作して追撃を回避、フィッシュマンの背後に回り込みスロウショットで動きを封じる。

 そのまま反撃に移ろうとしたら今度はリザードマンが近付いてきた。慌てて距離を取ると待ち構えていたようにフロッグマンが迫り来る。


「あー、もうめんどくさい! バランス悪いわ、これ!」


 りおなはチーフに向かって下唇を突き出しぶうぶう文句を言う。

 少しでも攻略が上手くいかなくなるとゲームバランスが良くない、と考えるのもりおなの癖だ。


 こうなるとだいたいリセットして他のゲーム機の電源を入れ『ゲームの合間にゲームをする』のが恒例だが、今回はチーフがやんんわり制した上で的確なアドバイスを入れる。


「一対三では分が悪すぎます。移動してこちらが有利な状況、一対一に持ち込んで下さい。走って逃げ回り、勝ち筋を見出すのが肝要です。

 屋上のような広い場所とは違い、このような市街地は敵にとって不利な場所がかなりあります」


 言われたとおりにわざと袋小路に誘い込むとフィッシュマンが追跡して来た。

 りおなのアバターはソーイングレイピアを利用したハイジャンプで攻撃をかわす。背後を取れば必勝パターンだ。


 スロウショットの後間髪入れずに連撃を叩き込み大ダメージを与える。

 と、そこへフロッグマンが加勢に入ってきた。だがこの攻撃モーションはさっき見たのと同じだ。

 相手の攻撃に合わせてレイピアを繰り出すと、フロッグマンの上体は大きく弾かれる。

 スロウショットの効果が切れない内にフィッシュマンを攻撃し体力を削り切る。


 一体は倒したがまだ危機は去っていない。狭い路地にトカゲの頭を持つ異形の存在リザードマンが乗り込んで来る。

 ボクシングのような格闘術を持つこの敵を狭い路地で応戦するのは完全に不利だ。


 一旦路地を抜け広い場所に出る。フロッグマンもまだ健在だがさっきよりはまだ分が良い。

 あちこち移動して相手の長所を殺せる場所を探す。


 りおなのアバターは木立の茂った公園に着いた。リザードマンが攻撃に入る直前に樹木の後ろに隠れる。

 思った通り、木を盾にすると攻撃の初弾が防げる。その間に剣針を足に撃ち込み動きを封じ込めつつ倒す。


 ――残りはカエル君だけじゃ。一対一ならりおなの敵ではない。

 実戦でも倒した相手だし楽勝。


 と深呼吸したあとチョコバケツに手を伸ばし、大好物のピーナツチョコを出してポリポリとかじった。

 りおながゆるく構えていると、フロッグマンの様子が明らかに変わった。


 緑色の巨体がりおな(のアバター)に向かい肩を怒らせ、真っ赤に変色したかと思うと唐突にタックルして来た。

 明らかにさっきとフィギュアの攻撃パターンが変わっている。

 

「なんじゃ、この赤ダルマ!」

 りおなは口をもごもごさせて怒る。


「これはヴァイスフィギュアが倒された他のヴァイスの悪意を吸収して狂暴化した“Blazing”炎上という現象です。

 主だって先に倒したフィギュアの特徴を引き継ぐ場合が多いですね。

 この能力は、りおなさんが戦うヴァイスフィギュア達にも搭載されているはずです。

 この状態を防ぐためには残り二体程になったら、均等にダメージを与えて二体同時に倒すのが有効ですね」


 チーフは淡々と説明するが、りおなはそれどころでは無い。アバターを操作して逃げるのに精いっぱいだ。

 相手の攻撃パターンがリザードマンの打撃とフィッシュマンのくねくねした摑み所の無い動きが加わり非常にやりにくい。ぶっちゃけりおな自身が炎上してしまいそうだ。


「こいつ、やっつけるまでこのまま赤いと?」


「そうですね、全体的に各能力も上がっていますから倒すのに少々手こずるかもしれません」


 ――まったくその通りじゃ。後ろに回り込んでも、すぐ反応して振り返るし。

 あーーもう! 縫いつけてもすぐ糸切って逃げんな! おとなしくしとったらすぐやっつけるけん!


 一体目を倒した何倍もの時間をかけようやく倒した。画面上のフロッグマンがオレンジ色の光になって虚空に立ち昇る。


「お疲れ様です、りおなさん」

 チーフがねぎらいの言葉をかけてくる。


「実際のフィギュアは足止めしないとダメージを与えられないというのはあまりないはずですが、一対複数で戦う場面はこれから先増えていきます。

 そうした時敵の特徴を捉え。相手の強みを削いでいくのが勝利への近道です。力押しだけでは勝てる相手からも勝てなくなりますよ」


「う~ん、わかったにゃ~」

 りおなはゲーム機を持ったままベッドに顔をうずめる。


「今日は訓練初日ですしこれで終わりにしましょう。りおなさん歯を磨いて休む準備をして下さい」


「えー、チョコ食べるー。初見のゲームしてつかれたーー。

 脳が糖分を欲しているのじゃーーぁぁぁ……。


「では今のうちに食べて、それから歯を磨いて下さい。失礼ながら私も今日はだいぶ疲れましたので先に休ませてもらいます」


「休むって……りおなの横で寝るっと?」


 ――このぬいぐるみ、オトコかどうかしらんけどスーツにネクタイったらだいたいオトコじゃろ(ついてるの? なんて確認でけんし)。

 今は枕元にいて添い寝してもらいたいとは思わんにゃーー。


「いえ、あちらのドールハウスを間仕切りに使って休む場所を確保しますが、何か問題でも?」


「いえ、ないです。あ、そうだ」


「なんでしょう」


「これから敵は増えてくみたいじゃけど、りおなの仲間は増えるんじゃろか。

 なんかこう、ミシンを槍にしたやつ持ってたりとか」


「いえ、ミシンの特性を持ってぬいぐるみに命を吹き込められる武器で我々が確認しているのは、ソーイングレイピア以外ありませんね。

 ですがあまり気に病むことはありません。スロウショットなどの技は範囲を拡大させることが可能ですし複数の相手に有効な魔法も多数あります。

 順を追って説明していきますので今日はゆっくりお休みください」


「うん、わかった」

 チョコを頬張りながらりおなは返事をする。



 りおなが歯磨きを終えて部屋に戻ると机の上のドールハウスの隣に妙な物が増えていた。

 大きさ、形は長い辺が30cm、高さが25cm程の長方体、色は白。簡素なその見た目は、工事現場でよく見かけるプレハブによく似ていた。

 よく見ると側面に引き戸とサッシが付いていて内側にカーテンが引いてある。これが彼の仮住まいらしい。


 ノックして様子を見ようかと思ったが、もう休んでいるだろうと思ってやめた。

 チーフに聞こえるか聞こえないかぐらいの小さい声で「おやすみ」と声をかける。

 りおな自身もだいぶ疲れていた。猫のように伸びをしながらあくびをひとつする。


 ベッドに潜って目覚まし時計をセットし、首をゆっくり回して目を閉じるとすぐに睡魔に襲われた。

 覚えることややることは多そうだがなんとなくやっていけそうな気がした。

 ぬいぐるみの国というのはどんな所だろうか、チーフのような堅物ではないが、まじめで折り目正しいぬいぐるみが大量にいるのかな、とか考えるとなんとなく笑える。

 取り留めもない事を考えている内に安らかな寝息を立ててりおなは眠りについた。


 だが、この時のりおなはチーフが言ったことの真意に気付いていなかった。

 武器でありながらミシンの特性を持ち、縫い付けたぬいぐるみに命、心、魂を吹き込む剣、ソーイングレイピア、それにレイピアを呼び出し変身できる携帯電話トランスフォンは確かに一つしか無い。


 しかし、チーフが言った本当の意味は現時点では、彼自身も知らない事だが『同じ能力のアイテムは二つと無い』という事だった。



 自分以外の人間が、異世界が由来の異能の道具―――『クリスタライザー』を所持している事実をりおなは程なく知る事になる。

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