006-1 炎 上 blazing

 自宅に帰ったりおなは家族と一緒に夕食を摂り、長めの入浴で一日の疲れを洗い流した。

 それからトランスフォンの『クローゼット』(正式には服を収納する機能をそう呼ぶらしい)で、パジャマに着替えた。

 ちょうどウエスト部分にミニチュアダックスのデザインがある。胸には見覚えのあるロゴがあった。


 ――なんでデザインが“LONG PUPPY”仕様になっているのがわからんけど、肌触りはいいから文句は言わんでおこう。


部屋に戻ると本人曰く業務用ぬいぐるみ、富樫ことチーフがりおなの机の上にいた。作業スペースを作ってパソコンで作業をしている。

 自前の携帯電話とパソコンの画面を交互に見て、一心不乱にタイピングしている。

 普段とは違いスーツの上着を脱ぎ、りおなが押し入れから出した子供の頃遊んでいた人形の家にハンガーで吊るしてあった。


 ――りおなが小さい頃に遊んでた時は、ウサギや猫の三頭身の人形じゃったな。

 その家に身長17cmくらいでも、手足が長くて、シャツにネクタイしとるミニチュアダックスの頭の人形がおる。

 そこでデスクワークしとるんは、なかなかシュールじゃな。

 よく見ると机の上にトレイとコーヒーメーカー、それにカップまであるっちゃ。


 程なくりおなの気配に気付いたチーフは、少し¥あわてた様子で緩めていたネクタイを締め直しこの部屋の主に向き直る。


「お疲れ様ですりおなさん、日中の疲れは取れましたか」律儀に挨拶してきた。


「うん、まだ変身して二日目じゃからまだはっきり解らんけど、昨日よりかは疲れん感じ」


 言いながらりおなは首や肩を回してみるが、痛みや違和感などは特にない。


 ――変身した時みたいに素早く動いたりとか動体視力が良くなるとかはないけん、パワーアップするのはやっぱし変身した時だけか。

 まあ、普段から足速くなったら目立つだけじゃし。


「それよりチーフは何やっとるん? 家計簿かなんか?」


「いえ、これからの戦闘に備えて、マニュアルプログラムを組むように仲間に連絡してあったのですが、それが完成したのでダウンロードしていました」


「ふ~ん」

 ――りおなはぱそこん ようわからんけん、返事だけしとこう。


「ただつらつらと文章を読む形式では覚えづらいと思いまして、実戦形式に近いゲームとしてプログラムを組んでもらいました。

 楽しんで覚えてもらえると思います。

 りおなさんは、パソコンと連動出来るタイプの携帯ゲーム機はお持ちですか?」


「うん、ある」

 小さい頃からTVゲームが好きだったりおなは全部ではないにせよ、新しい機種が出ると買い揃えていた。

 今持っているのは最新型ではないが、それでも十分使えるはずだ。籐の籠に入っているのをACアダプタと一緒に取出しチーフに見せる。


「二種類あるけどどっちがいいと?」


「では、そちらがいいですね」


 チーフが指さしたのはm画面の両側に操作ボタンが付いた横長の物だ。

 ボディーカラーがピンク色なのが気に入っている。


「ACアダプタをコンセントに刺して、電源を入れて下さい」


 言われた通りにすると独特の効果音が鳴り、黒い画面中央に機種を示すマークが浮かび上がる。


「あとは私が操作します。ゲーム機をこちらに」


 ゲーム機を彼が仕事場にしているりおなの机に置くとチーフは自前のパソコンを抱えて操作する。


「これであと15分位で体験版のプログラムのダウンロードが完了します。その間に」

 チーフはりおなを向いて

「約束通り勉強を見ます」と静かに言う。


「う」


 りおなは軽くたじろぐ。

 ――ある意味フィギュア軍団よりも、厄介な問題を抱えてもうたかもしれん。


「まあ、あの、りおな学年トップ獲ろうとか、東大行こうとかじゃなくて今より悪くならなけりゃそれでいいけん」


「それは今現在のりおなさんの成績を見て私が判断します。

 それに『勉強教えて』と私にお願いしたのはりおなさんの方ですよ」


「う」


 りおなは再び言葉を失う。


「まあ、ゆるゆるとやりますか。試験が近付いたらテスト対策をします。

 あと、折を見て基礎対策などを講義します。そんな所でいいですか」


「うん、それで頼む」


 ――フィギュア退治でもしんどいのに、24時間張り付きの家庭教師がいたらパンクしてまう、ここは手加減してもらおう。


「そうだ、りおなさんにプレゼントがあります」


「プレゼント?」


「はい、ああ、厄介ごとになるとかでは無いです。単純に私からの気持ちです」


 チーフから言い添えられて、りおなは自分の眉間にしわが入っているのに気付く。

 このぬいぐるみ自体には何も含むところは無いのだろうが、無意識に警戒していたらしい。


「今出しますね」


 チーフは自前の携帯を操作すると、ベッドの上に大小二つのブリキバケツが現れて掛布団の上で軽く跳ねた。


「どうぞふたを開けてみて下さい」


 りおなが大きい方のバケツを開けると、中には大量の小袋に入ったチョコレートやクッキーが入っていた。

 もう一つの小さいバケツを開けると、こちらには同じく大量のキャンディー類が入っている。

 缶入りドロップや薬用のど飴、口臭用カプセルまで入っているのがらしいといえばらしい。


「おおーー、苦しゅうないぞ、大儀である。

 こないだネットで見たわ、このグルグルキャンディー、『ロリポップ』って言うんじゃろ」りおなは素直に喜ぶ。


「こちらはトランスフォンの『フリッジ』に入れて必要な時に取り出して下さい」


「ふりっじ?」


「アイコンの『冷蔵庫』の事です。あと、要望があれば『せんべい、おかき、あられ用バケツ』も用意しますが、どうしますか?」


「………うむ、頼む。お菓子は多いに越したことはないけん」


「ではさっそく用意します。ただ、お菓子バケツに関しては一つ注意事項があります」


「うん、何?」


 りおなは早速、バケツから小袋のチョコをいくつか取り出しながら尋ねる。


「食べたお菓子の袋はバケツに戻さず、ごみ箱に捨てて下さい。

 食べ終わった空き袋というのはマイナスのエネルギー、つまり厄を呼び寄せ運気が下がります。

 甘い物、特にチョコレートは適量食べれば精神的に安定するのと同時に、金運などの各種運気を上げてくれますが、その中にゴミが混じっていると全く逆効果になり―――」


 りおなはチーフの話を聞きながら、お菓子バケツの蓋を閉める。

 トランスフォンを開いて冷蔵庫こと『フリッジ』のアイコンを開いて小さい方のキャンディバケツを収納した。


 ――会ってそんなに経っとらんけど、このぬいぐるみはあちこち変なこだわりがあるにゃーー。

 まあ逆らいたいほどでもないし、しゃべりだしたらはいはいうとこう。


「ああ、ダウンロードが終了したみたいですね」


 チーフは風水的な話を終え、パソコンと携帯ゲームを交互に見て動作確認を始める。


「はい、これでゲーム機でソーイングレイピアと移動技術の動作確認が出来るプログラムが使えるようになりました。

 新規のアイコンをクリックすれば体験版のゲームのようにプレイできます」


「んー、わかった」

 りおなはゲーム機を手に取って、ベッドに腹ばいになって新しいアイコンを選択する。

 普通のゲームと違いタイトル画面などは無くいきなりメニュー画面に移る。

 ターンテーブルの上に乗っているかのようにゆっくりと回転しているアバターのデザインはもちろん変身したりおな自身だ。


 ――アバターの目つきがあんましうないんじゃけど。

 まありおなはクレーマーやないけん、黙ってよう。


 ソーイングレイピアにカーソルを合わせるとウィンドウが開き今現在使えるであろう技の一覧とボタン操作が表示される。


「『スロウ・ショット』、『ディレイ・ショット』、『ストップ・ショット』……」口に出して読んでみる。


「それはレイピアの縫い付ける能力で、相手の行動を制限させる技の一覧ですね。

 ちなみにスロウショットは糸を絡ませて行動を遅らせる技で、りおなさんが最初に戦ったサージェントフロッグマンに使ったものです」

 チーフがゲーム機の画面そばで注釈を加える。


「ああ、あれか」

 りおなはチーフに授けられた作戦を思い出す。


「それから、ディレイショット、これはリザードマンを文字通り足止めするのに使った攻撃ですね」


「なるほど」


「それから次の項目を見て下さい」


 いわれるままカテゴリ別のカーソルを一段下げてボタンを押す。

 今度はウェポンショット、アーマーショット、サイレスショットなどと技の名前が続く。


「ここの項目の技は敵の攻撃力や守備力、魔法の力などを下げたり封じ込めたり出来ます。

 ウェポンショットは攻撃力を下げて、アーマーショットは相手の攻撃に合わせて糸で生成した網を発射し相手の攻撃の威力を下げます。


 今までりおなさんが倒した三体は該当しませんが、ヴァイスフィギュアの中には様々な効果を持つ特殊攻撃を繰り出して来る者もいます。

 それを阻止するため口をふさぎ発動できないようにするのがサイレスショットですね」


「……………」

 トランスフォンのチュートリアルに『魔法に特化した衣装がある』と書かれていたのでうすうす勘付いてはいた。

 だがチーフの口から『敵も特殊な攻撃を使ってくる』と聞かされると重みが違う。



「……まあ、いいやとりあえずやってみよ」

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