004-2

 いつも通り皿を出して猫の親子に牛乳をあげてから、りおなはチーフに尋ねた。


「ねえ」


「はい?」


「この携帯さ、トランスフォン? 結局魔法なの? 科学なの? いろんなもん出したり小っさくしたり。

 んでもパソコンでデータ更新とかしよるし」


「その質問に対してはどちらでもあるしどちらでもないとも言えますね。

 データ更新などが可能な領域は、現時点ではごくごく限られています。

 ですが、少しずつでも我々で解析していきます」


「我々? あんた一人でこっちの世界に来たんじゃなかと?」


「はい、私達総務部総務課は現在三名で活動しています。自分で言うのもなんですが少数精鋭でやっていますね」


「残り二人は何しようと?」


「主だった活動は特に誰が何をするとか限定せずに、りおなさんに貢献できるよう各々が考え行動しています。平たく言えばなんでも屋ですね」


「ふーん」


「まだRudiblium Capsaで残務処理をしていますが、終わり次第こちらの世界にやって来ます」


「ふーん」


「あまり歓迎してませんか?」


「うーん、あんたみたいなのは一人いればいいけん」


「まあ、そう言わずに。三人とも得意料理が違いますから」

 チーフは顔の前で手をひらひらさせてりおなにアピールする。


「料理?」


「はい、残り二人は私と比べて背が低いのと高いのがいますが、低い方が粉もの全般が得意で、高い方がスイーツ作りが非常に得意です」


「え」


「両方ともりおなさんに会えるのをとても楽しみにしています。是非会ってやって下さい」


 ――粉もんはともかく、スイーツ作りが得意っちゅうんは女子としてこの世に生を受けた者としては聞き捨てならん、文字通りの甘美な響きじゃね。


 りおなはなるべく平静を装いながら、巾着袋に入ったぬいぐるみに問いかける。


「それはなかなかいいけんど、あんたは得意料理とかなんかあんの?」


「私は……そうですね苦手な料理は特に無いですが、強いてあげれば『お弁当』が得意ですかね」


「………………」りおなは返答に詰まる。


「古今東西のありとあらゆるお弁当はもちろん、予算を150円から50円単位で区切っての節約弁当。

 それに長時間の冒険には必須の『大きいパン』や『大きいおにぎり』が私が一番得意なお弁当です」



 猫の親子は牛乳を飲み干し、仔猫同士は腹ごなしがてらじゃれ合って遊んでいる。

 若くて白い母猫はりおなに慣れてきたのか、りおなの足に頭をすり寄せて来るようになってきた。


 朝の陽射しの中で雀の鳴き声が響く。

 植込みのタンポポやクローバーの間をモンシロチョウが飛び回りゆっくりと蜜を吸っている。

 りおなは空になった皿を水洗いし植え込みに隠した。

 牛乳パックをつぶしてコンビニ袋に入れた後、立ち上がり一言つぶやく。


学校がっこ、行こ」



 ――ふう、なんとか無事じゃったのう。

 いつ昨日みたいな怪人フィギュアが来るかと思ってたけんど、まあ昨日の今日でそんなやたらに来ないか。


 りおなはいつも通り授業を受け板書していたが、三時間目に気になって机のわきに掛けてあるチーフ袋に目をやった。

 当のチーフは顔と手を袋の中に入れたのか姿を見せていない。

 少し気になったりおなは“LONG PUPPY”の麻の巾着袋を軽く揺らしてみた。

 程なく袋の内側からぽんぽんと押すのが分かった。


 ――中にはいるんじゃね。何か異常があったら教えてくれるちゃろう。


 りおなは少しだけ安心して授業の板書を続けた。


 帰りのHRも終わり、机の中の教科書やノートをバッグにしまう。

 チーフは結局袋に入りっぱなしだった。

 しおりとルミに予定を聞いたらショッピングモールに漫画を買いに行くという。

 りおなも行きたかったが今後の事もある。知り合いに会う、という微妙な話をしてその日は二人と別れた。


 人目に付きにくい所という事で、りおなは学校の屋上に着いた。


 ――思った通り屋上にはそんなに人いないわ。でもチーフとしゃべってたら不思議ちゃん認定されるしにゃあ。


 場所を変えようか、とりおなが思った時バッグの中のトランスフォンが振動する。

 取り出して開くと封筒のアイコンが画面に表示されている。

 屋上のドアの正面にあるベンチに腰掛け、メールを開くと発信者はチーフだった。


【これからは校内ではメールで遣り取りした方がいいですね】


 ――その通りだにゃ、公園とかならまだしも学校で『独り言をぶつぶつつぶやくあぶない女子』とか噂流されたら、死活問題じゃし。



【本題に入ります。トランスフォンに説明書というかチュートリアルのアイコンがあるのでこのメールを閉じたら閲覧して下さい】


 言われた通りトランスフォンの表示を見るとパンフレットのようなアイコンが青く点滅している。

 りおなはボタン操作してアイコンを選択する。



 ・ソーイングレイピアについて

 ・ソーイングフェンサーについて

 ・Rudiblium Capsaとは

 ・ヴァイスフィギュアとは?


 などなど様々な項目が並んでいる。


 りおなは手始めにソーイングレイピアについて、という項目を開く。

 ソーイングフェンサーの成り立ち、歴史、変遷といった項目があるが当然のようにスルーする。

 画面をスクロールさせ『イシューイクイップ』という項目が気になったので開いてみる。



 〔Issue Equipについて―――トランスフォンに選ばれ、ソーイングレイピアを扱うあなたへ。

 ソーイングレイピアの特殊能力はイシューイクイップ、その時着ている装備品で能力を大きく上げられます。

 逆に言えば装備が充実していないとレイピアの能力を最大限に引き出す事はできません。

 装備品を増やして戦力を強化しましょう。〕

 

 次の項目、新しいイシューイクイップの手に入れ方というのを開く。


 〔イシューイクイップはソーイングレイピアの能力を引き出す特別な装備なので、当然ソーイングレイピアで新たに創る必要があります。

 世界各地で入手出来る様々な型紙、ステンシルを基に布や鉱石、パワーストーンなどの素材を手に入れレイピアで布を切り取り縫い合わせましょう。

 あなたにぴったりの世界に一つしかないあなただけのイシューイクイップが手に入ります。〕


 〔主なイシューイクイップ

 ・ナイトフォーム 防御力に優れレイピアの一撃あたりの攻撃力が上がりますが連続して攻撃する能力が下がります。

 そしてソーイングレイピアの縫い付ける能力が低下します。

 また、レイピアによる物理攻撃の特技を習得します。


 ・ヒーラーフォーム 回復魔法に特化したフォームです。回復魔法の効果、有効範囲の拡大、時間経過による順次回復、時限回復など様々な回復効果が臨めるフォームです。


 ・コンフェクショナーフォーム 攻撃魔法トリッキートリートの威力、効果範囲、精度が上がるフォームです。

 他にも様々なフォームがあります。ステンシルを入手したら素材を確保してあなただけのフォームを手に入れて下さい。〕


 ここまで読み進めたりおなは手を眉間に当てて少し考えた。


 ――なんじゃこの解説は。

 よく目立たん男子グループの子ぉらが妄想ネタで盛り上がっとるけんど、それとどっこいどっこいじゃな。

 あの男子らぁにこれ見したらりおなも中二病検定3級合格じゃ。


 

 ――トランスフォンとかいう変身機能付きの携帯電話もらって実際に変身して。

 んでからソーイングレイピアとかいう聞いたことも無い剣を装備して。

 そいでもってう˝ぁいすふぃぎゅあ? とかいう怪人フィギュアと戦ったあとでもなんか今一つ現実感ないし。

 事実いるけん疑う余地ないけど、動いてしゃべってフライドポテトとかチャーシュー、トーストなんか食べるぬいぐるみがおる、って誰かから『実は、冗談でーーす』とかいってもらいたいにゃあ。

 実際におもちゃの国とか行ったら納得できるんじゃろけど……行ったら行ったで面倒ごとに巻き込まれるんじゃろしなあ。



 りおながチュートリアルから目を離して遠い目をしだしたのを見て、チーフが麻袋から這い出して「大丈夫ですよ、りおなさん」と声をかける。


「あんた、人に見られると色々言われるけん、中に入っちょって」


 りおなは声を潜めてチーフに注意する。


「それでしたら問題無いです。今現在認識阻害の効果を周囲に展開していますからそう簡単に気付かれる事は無いです」


「にんしきそがい?」


「はい、人間誰しも興味を持たない物はあったとしても、なかなか気付かないじゃないですか」


「うん、そうじゃね」


「この携帯の機能を使う事によってりおなさんと私は路傍の石のように周りや第三者に気付かれにくくなっています」


「……なるほど」

 ろぼうのいしという言葉はよく解らなかったがとりあえず返事だけしておく。


「大丈夫ですよ」

 チーフはもう一度りおなに言う。


「だから、うん」


「むやみに安請け合いしたり逆に頭から疑ってかかるような輩にはトランスフォンは渡せませんしそもそも選ばれもしません。

 りおなさんはトランスフォン、そしてソーイングレイピアに選ばれた光の変身アイドルなのです。もっと自信を持って下さい」

 チーフは落ち着いた声で話す。


「それはいいんじゃけど、なんでりおななん? 空手とかやっとる人の方が向いとるじゃろ」


「その説明ならチュートリアルの『ソーイングフェンサーについて』という項目に載っています」


 ――書いてあっても正直読みたくねーにゃあ。

 りおなにとって説明書とかガイドブックは「解らんくなったら読む物」であって「予習する物」ではないけん。


 知りたい気持ちより、読むのがめんどくさいという気持ちの方が勝っていた。

 りおなはトランスフォンをベンチに置いて立ち上がり鉄柵の方を向いて大きく伸びをした。


 ――学生の本分は学業やけん、家に帰って宿題しよう――

 ……?


 りおなはその時妙な気配を感じた。

 今屋上にりおな以外に三人いる。


 ――りおなが屋上に着いた時は先にいたのは二人だけじゃったろ、りおなが座ってるベンチは屋上に来る扉の正面のベンチじゃし。

 なんぼケータイ見てても、誰かが上がってきてドアを開けたら、そん時気づくはずじゃ。


「りおなさん」

 と、チーフが声を出す。さっきよりも声が緊張している。


 りおなが屋上に上がって来た時見かけたのは鉄柵にもたれて話をしている男女生徒二人組だった。

 そして今、気が付いた時確認できたのは落ち着きなく辺りを窺う男子生徒だ。

 りおなと目が合っても怯えが混じった様子は変わらない。


 ――まさかこいつが昨日みたいに変身するヴァイスフィギュアか?


 とりおなが思いかけた瞬間、チーフが声をかけてくる。


「物陰に隠れていた彼は普通の生徒です。彼には今の私達を認識することは難しいはずです」


「じゃあ、昨日みたいなバケモンが近くにおると?」


 りおなはすぐトランスフォンを手に取る。

「はい、ですが、今回は……」


 チーフが話を続けるより先に、こちらに背を向けていた男女が同時にこちらを向く。

 チーフの話が正しいなら、今のりおなは認識阻害の状態、非常に気付かれにくいはずだ。

 それなのに二人の男女は血の気の失せたような無表情でこちらを向いて立っている。

 この感じは昨日公園で遭遇したのに気配が似ている。


「なっ! なんだよ!」

 男子生徒は明らかに恐怖でおののいている。


「今のあの彼は私達や奴らに恐怖心を抱いているわけではありません。

 彼は私たちや向こうを認識阻害の効果で視覚などでは認識しづらいはず、ですが、この場にみなぎる敵意は隠そうとしても隠しきれるものではありません」


 チーフは一旦言葉を区切り重々しく続ける。


「それに、悪意も」


「うわ、うわっ!」


 男子生徒はコーヒーの空き缶を持ってつんのめるように走りだしドアを開け逃げ去った。 

              

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