004-1 麻 袋 jute bag

 りおなが自室にたどり着いた時には、夜9時をとっくに過ぎていた。


 ――今日一日色々あったけんど、ほんとにたいへんじゃったわ。

 ヴァイスフィギュアとかいう、ナゾの組織のかいじん? から襲撃されたけんど、なんとか勝てたわ。

 幸いケガとかはないけんど、心労しんろーがかさむにゃあ、あーーーー、身体がおもーーーーい。

 んでも小池さんにラーメンおごってもらったから、今日のところはプラマイゼロかにゃあ。あーー、おなかいっぱい。


 心身共に疲労した上に満腹感も手伝って、りおなが自分の部屋に戻った時には睡魔に襲われ、ベッドに座って舟を漕ぎ出した。

 

「りおなさん、制服から着替えないとしわになりますよ」とチーフが注意する。

 だが、当のりおなは頭を深く下げ

「む~~~~ん」

 と、妙な返事をした。


 チーフはズボンのポケットから自分の携帯を取り出し、バッグから床に降りた。

 ローファーを脱ぎそのまま携帯を操作する。

 すると一瞬チーフの体が光り、15cm位だったサイズがりおなより大きくなった。

 身長175cm程、すらっとした身体に紺色のスーツがよく似合う。

 だが、ネクタイを締めている首の上は、ミニチュアダックスのそれのままだ。

 広い肩幅の上に、大きな耳が乗っていた。



 りおなは聞いているのかいないのか、こくこくと舟を漕ぐ。

 それを見たチーフは肯定の意思表示と取り、右耳に当てさせた。

 りおなはうつらうつらしながら、されるがままになっている。


「りおなさん『パジャマに着替えます』と言って下さい」


「うん、ぱじゃまにきがえます」

 次の瞬間、りおなの身体が淡く光りシルク製のパジャマを身に着けていた。

 それと同時に着ていたブラウスやネクタイ、チェック柄のスカートが身体からすり抜けるように脱げ、空中に浮かび上がった。

 チーフはそれらを器用に受け止めハンガーにかけた。部屋の長押なげしに吊るす。


 そのままりおなを支え毛布をめくって、寝かしつけた。

 りおなの寝顔を見守っている。

 ふと我に返り、首を軽く左右に振って部屋の照明を落とした。

 靴を手に取って学習机の椅子に座り携帯を操作すると、また身体が光り元のサイズに戻った。

 

 小さくあくびをしてから薄闇の中で机の上をきょろきょろと見回す。と、机に置かれた本一冊を軽々と引っ張り出し、机の上に置く。

 そのままローファーを机の端に揃え、ネクタイを外して折り畳みスーツを脱いで自分の身体を本の上に横たえた。

 脱いだスーツを身体に掛け、目をつむる。

 そのままりおなに倣い、すうすうと寝息を立てて眠ってしまった。





「おーー、目覚ましより先に起きれたわ」


「おはようございます、りおなさん」という声を受け反射的に「うん、おはよう」と返した。

 我に返り振り向くと、スーツを着た人形、正確には業務用ぬいぐるみがいた。



「そろそろ起こそうかと思っていましたが、それより早く起きられましたね」


 落ち着いた声で話しかけてくる。彼は学習机の端に腰かけ手帳に何か書きつけていた。


 ――そーいやこいつ「乙女の寝顔を見る趣味は無い」とかなんとか言ってたにゃあ。


「あー、あのさー」と目の前のぬいぐるみにぬいぐるみに声をかける。


「ああ、今着られているパジャマですが、トランスフォンの機能で着替えさせてもらいました」


「パジャマ?」


 言われてりおなは自分の今の姿を確認する。言われてみると普段自分が着ているのとは色も材質も違う。


「ん? トランスフォンで?」


「はい、ご本人の声でなければ発動しません。

 念のため言っておきますが、私が直接りおなさんを着替えさせたわけではありませんから」


 りおなは下唇を突き出し黙って聞いていた。


「繰り返しになりますが、乙女の寝顔を見る趣味は私にはありません」


 紳士然とした態度でチーフは言い切る。

 りおなは聞きながら目をぎゅっとつむり、今度は上唇を突き出す。


 ――……何かこのぬいぐるみとは論点がズレとるし。

 チーフと話すときには頭を切り替えないといけんのう。


「んじゃ、逆にパジャマから制服にも着替えられるん?」


「はい、登録されていない服の場合はトランスフォンを持った手と反対側に着たい服を持ってもらいます」


「登録?」


「はい、トランスフォンのカメラで着たい服を撮影すれば、トランスフォンに収納されてりおなさんの声に反応して瞬時に着替えられます。

 現時点で100着は登録できます。

 お店のマネキンに展示されているのも登録しようと思えば出来ますが、それだと窃盗になるのでお勧めしません」


「……言われんでもやらんから大丈夫」


「トランスフォンの機能はおいおい教えます。

 まずは、学校に行く支度をしたほうがいいのでは。

 今日はいい天気です。何かいい事があるかもしれません」


「うん、そうじゃね」


 りおなはベッドから出て窓を開け空気を入れ替える。

 外の風が心地よい。電線に止まっている雀の鳴き声が聞こえてくる。


 窓を閉めてから、階下に下りようとりおなはドアノブに手をかけた。


「あ、そうだ。あんたも何か食べるじゃろ? 何がいい? 持ってくるけん」


「そうですね、トーストのひとかけらもあれば十分です。あと食後のコーヒーも出来ればお願いします」


 ――びみょうにぜいたくなヤツじゃのう、まあいいや。


「うん、わかった」


 家族と一緒に朝食を摂る。


「あら、りおな。そんなパジャマいつ買ったの? 見ない色だけど」


「ああーー、うん。友達にプレゼントしてもらった」


 事実よりちっとぱかし拡大解釈じゃがいいじゃろ。


 チーフに言われたとおり、トーストの切れ端とコーヒーを持って部屋に戻る。

 と、チーフが自分に合ったサイズのノートパソコンをどこからか取り出し、同じくどこからか出したシンプルな机と椅子を使い、何か作業をしていた。


「チーフ? 言われたもん持ってきたけ、食べる?」


「ああ、はい、いただきます。そちらに置いて下さい」

 視線をパソコンに向けたままそう言う。


「うん、チーフは何やっとるん?」


「データの更新ですね。昨日の闘いで得たデータをインプットしてよりスムーズにプログラムが走るように頻繁にアップデートしていきます」


「ふ~ん」

 りおな自身はパソコンに明るくないのでそう返事するしかない。


「ああ、わざわざ持ってきてくれてありがとうございます」

 

 チーフはりおなの持ってきたトーストを受け取り、おいしそうに食べ始める。

 食べながらコーヒーの入ったカップを自前の携帯電話で撮影し何か操作しだした。

 するとカップが瞬時に小さくなった。

 りおなが目を見開いて凝視しているさなか、チーフは何事も無かったように小さくなったカップを手に取り、香りを楽しんだ後ゆっくりと飲み干した。

 その後、カップを机に置き、また携帯電話を操作しカップを元の大きさに戻した。


「ごちそう様です」


「んーと、その携帯使うとなんでも小さくできんの?」


「なんでも、は無理ですね。今のようにコーヒーカップ程度ならともかく例えば建築物、家やビルなど非常に大きな物や生物、りおなさんのサイズを変える事はできません」


「そうなんだ」


「ただ、私は必要に応じて人間と同じサイズになったりできます」


「え、できんの?」


「はい、昨晩この部屋でサイズ変更しましたが、さして珍しくもないですよ。

 それより、そろそろ学校に向かう時間です。

 私に合うサイズの巾着袋を用意して下さい」


 りおなは昨晩の事を思い出し、押し入れの中から適当なのを引っ張り出す。


「ほう、これはよい物ですね」


 チーフが感嘆の声を上げる。それはりおなが景品か何かでもらった物だ。


 素材は麻で中央部分に“LONG PUPPY”とゴチック体で字が配置してある。

 その下に胴体が非常に長いミニチュアダックスフントが袋自体をぐるりと一周するようにデザインされている。

 正面からはぱっと見下半身を上半身が追いかけているように見える。


 ――これにゃあ、デザインは悪くないんじゃが使いどころがわからんけん、クローゼットにしまってたままだったわ。


 りおなが巾着袋を広げると、チーフはスマートに足から入った。両手首を顔の横に持ってくる。

 りおなは紐を引っ張り、袋の口を緩く締める。

 頭と両手だけ出した状態のチーフは小さなミニチュアダックスのように見える。

 カラビナで自分のバッグにチーフ袋を留めてから、りおなはベッドの上のトランスフォンを手に取る。


「これ使うと着替えられんの?」と、チーフに確認する。


「はい、着たい服をトランスフォンと反対の手に持って着替えると申請すれば着替えられます。

 ただし、りおなさんは昨晩下着を替えられていないのでそこは言っておきます」


「んじゃあれだ、りおな着替えるけちょっと出とって」


 りおなはチーフ袋を部屋からだし外側のドアノブに掛けた。

 部屋のカーテンを閉めパジャマを脱いでベッドに置くとパジャマは白くて淡い光に変わる。

 自動的にトランスフォンに収納されるらしい。

 トランスフォンを使って着替えようかと思ったが、下着を替えいつも通り制服に着替えた。




 家を出ていつも通りコンビニに寄ってから、りおなは公園に着いた。

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