002-1 縫 製 sewing
午後四時十分ごろ、りおなはマグナローダースバーガーに到着した。
全国にチェーン展開している店内の座席数は多く、三階席まであるため盛況になっても混雑することがないので、りおなも友達と休日によく利用していた。
店舗入り口の両脇には一種異様なモニュメント、もしくはレリーフが施されている。
筋骨隆々の人間に近い身体の両手首や足先に、バイクのタイヤが融合した怪物の姿、それがいわゆる『マグナローダース』ということらしい。
店員からチーズハンバーガーセットをを受け取り、一階の窓際席に着いた。
――普段じゃったら三階の見晴らしいい席で食べるんじゃがのう。
今日は待ち合わせしてるさけ、相手に探させるわけにもいけんし。
それに万が一、じゃけど犯罪の可能性もあるけん。
ヤバイ場合は大声で叫ぼう。
りおなは無言でハンバーガーをほおばる。
――やっぱし、チーズバーガーには、無糖のコーヒーが一番じゃ。
ハンバーガーを食べ終わってから、いつもの習慣で包み紙を端と端を合わせて丁寧に折りたたむ。こうしておかないとなんとなく落ち着かない。
フライドポテトを何本かゆっくり食べつつ、待ち合わせの相手を座ったまま目で探す。が、見つからない。
自分の携帯電話で時間を確認する。四時四十分、最初に指定してきた時刻から十分は経っている。
「……やはり罠か。じゃがこの私を出し抜こうなど千年早い、返り討ちじゃ」
りおなが自分の中で勝手に盛り上がっていると、再びバッグの中からコール音が聞こえてきた。
さっそく手に取りコールボタンを押す。
【もしもし】
学校を出た時かけてきた若い男の声だ。
【もしもし、今どこにいるんですか? 言われた場所、マグの店内で待ってるんですが】
店内ということもあり声量は低くなるが、相手に対しての語調はややきつめになる。
【ああすいません。すぐ近くにいるにはいたんですが、出るタイミングがつかめなくて】
――先に店に来てたっちゅうことけ? んでも出るタイミング? 意味が分からん。
【このままだと気づかれないでしょうから、今出ます】
一旦携帯電話からの音声が途絶える。
すぐに、りおなのバッグの中から「よいしょ」と通話相手と全く同じ声が聞こえてきた。
小さな手が伸びてソファに置かれたバッグのふちをつかんで、そのまま出てくる。
りおなが通話していた相手は、樹上から落ちてきてりおな自身が修繕したダックスフントの顔を持つスーツ姿の人形だったのだ。
バッグから出てりおなを見上げる形で立ち上がった。
彼自身に見合ったサイズの携帯電話を大きな耳の内側に入れ、人形は話を続ける。
「もっと早くに経緯や事情を説明するつもりでしたが、何せ私のほうはこの通りの見かけですから。
説明する前に場所を移しましょうか?」
人形は
りおなは携帯を耳に当てたまま、目の前の人形とは対照的に数秒間固まっていた。
――どうしよう、今この状況を整理できん。んでも、このままだと周りから怪しまれるし。
りおなは通話を一旦切り、人形や食べさしのフライドポテトと一緒にバッグに入れてから店を後にした。
◆
りおなは今朝と同じ人形を治した時と同じ公園、同じベンチに腰かけた。
大きく両足を投げ出し、意を決したようにバッグから人形を取り出して自分のわきに置く。
ミニチュアダックスの頭の人形はきょろきょろと辺りを見回す。
――この人形は何者じゃろう?
ケータイもそうじゃけど、こんな人形お店でもCMでも見たことがないけん。
んでも犯罪の可能性は減ったわけじゃ。お金儲けしたかったらこの人形をいっぱい作って売ればいいだけじゃし。
りおなは人形におそるおそる話しかけることにした。
「えーと、電話だと、たしかお名前は富樫さん……」
「はい、富樫です。Rudiblium Capsa極東支社、総務部総務課勤務で主任をしています。業務用ぬいぐるみです」
――……何言ってんだかさっぱりわからん。
「今朝は身体を治していただきありがとうございます。
身体が破けた状態だと動けなくなるのですが、おかげで動けるようになりました」
丁寧に頭を下げてくる。
「ああ、いえどういたしまして」
りおなは反射的に会釈で返す。
「―――あまり驚かれていませんね」
「んや、色々な事が急に起こって何がなんやら」
りおなはいわゆる『ジト目』で相手を見ながら返事をする。
「ではどこから説明しましょうか、そうですね、まずは私と一緒に拾われた携帯電話の持ち主のほうからお教えます」
バッグから例の携帯を取り出す。まずは携帯電話だ。この携帯と人形の持ち主は多分同じだろう。
りおなはとりあえずこの業務用ぬいぐるみ(?)の話を聞くことにした。
「結論から先に申しあげます。今手にしている携帯電話ですが、持ち主は大江りおなさん、あなたです」
「……はい?」
思わず眉間にしわが寄る。口の端が引きつった。
「その携帯電話はありていに言うと変身アイテムです。特定の手順を踏めば変身アイドルになれます」
――それは、テレビアニメみたいなもんか? んでもなんで自分が選ばれる?
「この携帯電話を使うと魔法を使う剣士に変身できます。扱っていただく武器は……」
富樫と名乗る人形は、芝居がかったように一回咳払いをすると話を続けた。
「『ソーイングレイピア』です」
「そ……そういん、ぐれいぴあ?」
眉が八の字に寄り、口がトランプのダイヤの形になった。
初めて聞く名前だ。訳のわからない単語のオンパレードで、りおなの頭は混乱しっぱなしだ。
「プロトタイプモデルを現出させますので携帯電話、正式名称はトランスフォンと言いますが、それを開いて液晶部分を上に向けてください」
りおなは言われるままにコンパクト型の携帯電話を開く。
目の前の人形はスーツのズボンから自分のサイズに合った携帯電話を取り出しボタン操作をする。
不意に、ブゥンという低い駆動音とともに携帯画面から剣が現れた。
淡いオレンジ色の光を放つ奇妙なフォルムの剣は、画面上部50cmくらいに横たわって浮かんでいて、ゆっくりと回転している。
「どうぞ手に取ってみて下さい」
りおなは携帯をベンチに置くと、剣の柄を持ち縦に軽く振った。
剣は見かけよりも軽く。不思議と手になじむ。
りおなは剣や武器に詳しくはないが、造りは精巧でなんだか本当に変身アイドルが使いそうな奇抜なデザインだ。
剣の刃は細身で直刀、剣の鍔にあたる部分、刃と柄の間にミシンのような意匠が施されていた。
それから全体からせっけんで洗ったようないい匂いが漂ってくる。
「えーっと、これが」
「ソーイングレイピアです」
剣を持ったりおなに対して、人形は胸を張って誇らしげに答えた。
「これはどういうモノなの? ……あーっと、ぬいぐるみさん」
「私のことは、本名は富樫ですが、役職は主任ですので普段は『チーフ』とお呼び下さい」
「……じゃあチーフ、これはどういう機能なの?」
「端的に申し上げますと『切り裂く』『突く』だけでなく『縫い付ける』能力を持った剣です」
りおなは
「バッグの中に首の部分がほつれた小さいぬいぐるみが入ってますよね」
チーフは構わず続ける。
「うん、入っちょるけど」
りおなのバッグの中には、やや色あせたカエルのぬいぐるみが入っている。
スナック菓子の景品で、しおりやルミとコンビニで同じキャラクターのデザイン違いを手に入れたのを思い出す。
りおなはしばらく携帯に付けていたが、ある時不注意で胴体部分をドアに挟んで首の付け根が若干ちぎれてしまった。
そのまま携帯につけておくのも気が引けてバッグに入れたままにしてあった。
「では、そのぬいぐるみを取り出してベンチに座らせてください」
りおなは言われたとおりにする。
ベンチに座らせると、カエルのぬいぐるみは首をわずかに傾げた状態で止まる。
「それからぬいぐるみから5mほど離れてください」
りおなはベンチから立ち上がり何歩か歩いて振り返る。
「今度はどうすんのー?」
レイピアの
「
「柄の上?」
言われてりおなは鍔の背にあたる部分に目をやると、ピアノの鍵盤のようなスイッチが三つほど設置されている。
各々のスイッチには何かのマークがあった。
「剣の切っ先をぬいぐるみのほつれた部分に向けて下さい。
その状態のまま親指でスイッチを左から右へ滑らせるように、順番に押していって下さい。
一番左は
右側を押し続けると糸が針から出続けて、スイッチから指を離すと剣針や糸が本体に戻ります。
剣針と刀身は単分子ワイヤーでつながれていてスイッチ全部を連打するとワイヤーを切ることができます」
言われたとおりに拳銃を構えるように、剣の先とぬいぐるみが一直線になるよう目視で照準を合わせる。
そのあとスイッチを押していくと、剣から光が
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