001-2

 ――ふいーー、あともう一時間でお昼かーー。

 そういやケータイと人形はっと。


 休み時間中、りおなはバッグに入れた携帯電話と人形を取り出す。

 朝の段階ではマナーモードにしておいたが、三時間以上たった今でも着信履歴、着信メール共に一件も無かった。


 ――それでも、電話もメールも普通にかけられる。壊れてるわけではないみたいじゃのう。


 程なくチャイムが鳴り、りおなは携帯と人形を机の中に押し込んだ。

 教師が現れ日直がいつもどおり、起立、礼、着席というお決まりの号令をかけ、教室内の全員が号令どおりに従う。


 英語の担当は担任の狩川かりかわ優子だ。

 顔立ちはまずまず整ってはいるが、御年おんとし三十五才の独身で、かつとても気が短い。

 授業中雑談でもしようものなら前時代的にチョークを投げてくる、いわゆる「残念な美人」というやつだ。


 黒板の板書もそこそこに、りおなは放課後の行動をあれやこれやと考えていた。


 ――まず、交番に行って落し物を届けるじゃろ。

 それから本屋に寄って雑誌買って。そんでデパ地下でキャンディーとかチョコ菓子補充して―――


 りおなが世間でいう『おやつ的なこと』を考えていると、頭上からいきなり


「こら! りおな!」


 という、自分を呼ぶ声が投げつけられた。


 りおなは反射的に「はっ、はいっ」と返事をして立ち上がった。


 ――え、なに? 教科書を読むようにとか当てられたんか?


「ほーら、授業聞いてなかったでしょー?

 もっかい説明するからちゃんと聞いてなさい。

 ―――Don’t worry okay.We’ll figure somethingout.I wish our will. 

 この文を和訳してみて。宿題で例文があったから簡単よねーー?」


 ――宿題? ……思い出した。昨日はごはん食べてお笑い番組見てそのまま寝てもうた。 


「りおなさんはお利口さんだから、ちゃんと解けるわよねーぇ?」


 優子先生は不敵に笑う。明らかに面白がっている様子だ。


 ――目、目が笑ってないっす。


 りおなはたじろいだ。一瞬迷ったあと左側の席にいるしおりとルミに目をやる。


 二人とも示し合わせたように教科書で顔半分を隠し、視線をりおなからそらす。


「この薄情もんどもが」


 りおなは心の中で毒づいた。

 ふと自分のノートに目をやる。

 と、右の片隅に走り書きだが達筆で、何か書きつけてある。

 りおなはわらにもすがる思いで、その一文を読み上げた。


「『だいじょうぶ、心配しないで。私たちが必ず何とかするから』」

 言い終わってからりおなは優子先生の顔色をうかがう。

 

 ――何かすっとんきょうな事でも口走ったじゃろうか。


「ん、正解」

 と、優子先生は答える。その右手にはチョークを持って上段に構えていた。


 ――答えられんかったら、投げるつもりじゃったか? 


 戦慄を覚えたりおなは、そのまま席に着いた。


 その時、りおなも含め教室中の誰も気づかなかった。

 りおながしおりとルミの方を向いている間、机の中から小さな手が伸びて問題の和訳をノートの片隅に書き付けていることに。



   ◆



「あーー、今日も無事に終わった。

 りおな、これから朝拾った携帯と人形、交番に届けに行くけん。二人はどうすっと?」


りおなは自分自身をファーストネームで呼ぶ。昔からの癖はどうにも抜けない。


「……そうか、りおなもいよいよ自首するのか」


「塀の外でも中でも、三人の友情は変わらないから。あとで必ず手紙書くからねっ」

 二人は白々しく涙声で返してきた。


「自首なんかせんて。落し物拾ったぐらいで捕まるか!

 っていうか、二人どっか寄ろうと?」


「あー、駅前のショッピングモール行くつもり」


「今度の遠出用の服買わないと」


 その時何か視線を感じて、りおなは振り向く。

 紺色のスーツ姿の男が遠くにいるのに気づいた。背が高くて整った顔立ちの男だ。しおりとルミも視線に気づく。


「誰じゃ? あれ」


「なんか新しい先生みたいよ。優子先生が嬉しそうに周りにしゃべってた。

 名前は確か……山本、だったかな」


「ふーん、まあいいわ、交番行って携帯届けるから、んじゃ明日あしたー」


「「明日ー」」校門で二人と別れた。




 学校を離れてすぐ、コール音がバッグの中から鳴り出した。

 一瞬ためらったが、持ち主自身が連絡をくれたのかもしれない。

 りおなはバッグからコンパクト型の携帯電話を開いて、コールボタンを押した。


【もしもし?】


【もしもし、今通話している携帯電話を拾われたかたですか?】


 ――よかった、電話かかってきて。声の感じからすると20代くらいのサラリーマンかのう。


【あ、はい、今朝拾いました。交番に届けようと思ったんですけど、学校があったんでまだ持ったままです。

 あの、この携帯の持ち主の方ですか?】


【いえ、私は違うんですが持ち主の人を知ってますんで、私と待ち合わせてもらえますか? 持ち主の方をお教えします】


【はい、わかりました。何時にどこがいいですか?】


【そうですね、駅前のマグナローダースバーガーに四時半でどうですか? 私も同じくらいにそちらに着きます】


【はい、わかりました。

 えーと、そちらのお名前と何か服装とか特徴は?

あー私はですね、大江りおなといいます。

 縫浜ぬいはま中学校の制服を着てまして。

 赤系統のチェックのスカートに赤いネクタイ、カーディガンを腰に結んでます。

 あと髪型はツインテールにしてます】


【はい、わかりました。私は富樫と言います。

 紺色のスーツとネクタイを着けています】


 ――紺色のスーツとネクタイ? どっかで見たような気もするけんど。

 そういや、この声もどっかで聞いたような気もするにゃあ、どこじゃったっけ。

 ……まあいいか、気のせいじゃな。



【それじゃ現地に着いたら再度連絡いたします。その時携帯電話の本当の持ち主をお教えます】

 そういうと通話が切れた。


 ――ん? 今のどういうこと? 持ち主じゃないんけ?

 んでも今のひとは持ち主を教えるって言ってたし。

 持ち主にりおなからケータイ渡せっちゅうことか?

 

 りおなは画面を見ながら考え込む。

 

 ――まさか新手の詐欺じゃないじゃろうな?

 それじゃったら交番に駆け込んで携帯と人形、お巡りさんに丸投げしちゃろう。



 りおなはそう結論付けて、携帯電話を閉じてバッグに放り込んだ。

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