異世界からの来訪者

001-1 邂 逅 encount

 閃光が闇を切り裂き、人ならざる者の咆哮が闇に響く。

 三日月のような残像が、少女の視界に強く焼きつく。


 夜の中、少女と「それ」は対峙していた。

 少女の方は中学生くらいだろうか、小柄な体に派手で奇妙な服を身に着けている。

 そして少女に相対しているのは、人型だが人間とは大きく異なる異形だった。

 その姿は二足歩行の両生類のようだ。


 身長2mを超える異形の怪物は、少女に対し執拗に攻撃を繰り出す。

 だが、少女はひるまず、その手に持った細身の突剣で斬り付ける。

 腕、脚と突きを入れると、少女は跳び上がり、怪物に渾身の一撃を加える。


 断末魔の悲鳴をあげ、怪物は倒れこむ。

 もう相手が動かないのを確認した少女は、その手に持った剣に視線を注ぐ。


 細いがよく磨かれた剣針けんしんは、それ自体が暗闇の中で輝いているようだ。

 少女の持つ突剣、レイピアはある点が普通の物と違っていた。


 彼女が握る柄の上、剣のつばに当たる部分がミシンの形をしていた。




 ―――しばらくまどろんだ後、急に時間と重力の感覚が戻り大江りおなは目覚めた。

 腕を伸ばして、携帯電話を取ってメモ機能を使う。

 今見ていた、夢のストーリーを思い出せる限り打ち込んだ。

 時間を確認すると5月9日月曜日、午前6時20分。


「……またこの夢か。……ふゎぁ――――ぁぁ」


 りおなは一人つぶやく。

 ここ最近毎日のように見る夢だ。

 自分がなにか剣士に変身して怪物と戦う。そんな夢を連続で見ている。


 ――変身する夢は周りの環境が変わる予兆。んで怪物と戦う夢は積極的に自分を変えたい願望、か。



 部屋の出窓から表を見ると、春の日差しは街を照らしている。

 神奈川県は縫浜ぬいはま白針しろはり町の丘あたりに、りおなの一戸建ての家がある。

 二階の一部屋を自室としてもらっていた。


 ブレザータイプの制服に着替えてから家族と朝食を取り、洗面台で髪型を整える。

 最近気に入っているツインテールにするためだ。それが終わると改めて自分の姿を鏡で確認する。


 ――りおなは身長はまあ低いほうじゃけど、顔は……自分で言うのもなんじゃけどびしょうじょじゃね。

 目は――――吊り目じゃから、うん、ネコ顔じゃ。


 ダイニングで家族と朝食を取っていると、コール音が鳴った。


【はい、大江です。はい、おはようございます。

 りおなですか? はい、いますが。あの、失礼ですがどちら様でしょうか。

 ええ、はい、ああそうでしたか。では替わりますね】


 りおなのママは電話の子機ををりおなに手渡す。


「なんか、りおなに電話だって」


「誰から?」


「うん、心理カウンセラー関係のひとで、りおなに変わったことがあるから言いたいことがあるって」

 りおなは不審がりながらも受話器を受け取る。


【もしもし、お電話代わりました】


【おはようございます、大江りおなさんですか?】落ち着いた若い男性の声だ。


【はい、そうです】


【唐突ですが、ここ最近何か変わった事はないですか?

 例えばそうですね、同じ内容の夢を何日も繰り返し見るとか】


 ――なんで知っとるんじゃ。


 りおなは思わず受話器を持ち直した。

【はい……言われてみるとそうですね、何日か繰り返してます】


【それは、あなたの無意識に対するメッセージなのです。それについて詳しい話をしたいのですが。

 ああ、でも電話では難しいですね、できれば直接――――】


 不意に受話器の向こうから「フーーーーッ!」という鋭い声がした。


 ――なんじゃ? ネコか?


【ああ、すみません、できれば直接お会いして――――

 こらっ! ああ違います、そうではなくて。とにかく――――】


 不意にノイズが聞こえたかと思うと、何かがぶつかる音がした。そこで通話が切れてツー、ツー、という電子音が流れる。

 りおなは目をつむったまま唇を尖らせた。


 ――なんなんじゃ、朝から押しかけコントか? 迷惑じゃのう。


「どうしたって? りおな」


「うーーん、わからん。夢がどうとか言ってたけどひょっとしたら変な勧誘かもしれん。

 でも切れたからいいや、今度かかったらおらんとか言っといて」


「そう。あ、りおなもう出ないと。怪しい人とか気をつけてね」


「わかった、んじゃ行ってきまーす」


 家を出て最寄りのコンビニに向かう。

 その途中で近所に住んでいる、顔見知りの青年に出会った。

 風貌はぼさぼさ頭に厚底メガネ、くたくたの長袖白Tシャツとジーンズと、目立たないが妙に愛嬌のある感じだ。

 名前は小池さん。下の名前はわからない。


「おはよう、りおなちゃん」


 小池さんの手にはコンビニ袋が提げられている。


「おはようございます、小池さん。

 もー、朝からカップラーメンですかー?」


「うん、コンビニ限定の新作が出たから買ってきたんだ。

 あ、そうだ、向こうに新しいラーメン屋さんができたんだ。よかったら今度おごるよ」


「あはは、ごちそうさまー、また今度----」



 コンビニから出て両脇に並木がある歩道に入る。

 この並木はたしか桜の木だったはずだ。

 今は新緑が日差しをさえぎり、アスファルトに黒い影を落としている。


 不意に、頭上でガサッと物音がした。

 目の前を黒い何かが縦に通る。

 とっさに両手を前に出すと、両手でひとつずつ何かをつかんだ。


 うなり声が聞こえてきたので、樹上に目をやると、グレーの猫がこちらを見て低くうなっている。

 しっしっと手を払うとグレーの猫は桜の木を降り、塀の向こうへ逃げていった。


 りおなが改めて手に取った物を見ると、両方とも奇妙な物だった。

 一つは化粧用のコンパクトかと思ったが、開いてみると鏡ではなく、液晶画面が明るくともる。携帯電話だった。


「なんだ、コリャ」


 りおなは一人ごちて、携帯電話をよく見てみる。

 上画面はスマートフォンと同じ液晶なのに、下画面はボタンが並んでいた。 


「んで、こっちは」


 こちらもかなり奇妙な代物だった。

 すらっとした紺色のスーツと同じく、紺色のネクタイを締めた人型の人形だ。

 だが、その頭はブロンドのミニチュアダックスフントになっている。


 そしてさっきの猫に引っかかれたのか、胸の部分、白いワイシャツに大きな裂き傷があった。

 かなりの量のパンヤ、綿が体からはみ出している。ぬいぐるみなのだ。


「この手の人形って、普通プラスチック製じゃろ。しょうがないにゃあ」


 りおなは一人つぶやくと携帯と人形をバッグに入れ、改めてコンビニに向かった。



 公園に着いたりおなは、自分の指定席、水飲み場脇のベンチに腰かけた。

 慣れた手つきで牛乳パックを開けて、茂みに隠しておいた皿に牛乳を注ぐ。

 それを合図に若くて白い猫と、仔猫が六匹皿に群がってきた。




 ――あーー、ねこが牛乳を飲んでるのは心が安らぐにゃーー。

 家だとねこ飼ってもらえんけん、地域猫でがまんしてるけど、やっぱしねこはいいにゃあ。

 そんでも近所の人から苦情来たら困るけん、慎重にやらんと。



 りおなは朝早く起きて、公園で『ねこ補給』をするのが毎日の楽しみになっていた。

 もっとも、『ねこ補給』といっても猫そのものを摂取するわけではないが。


 猫たちが牛乳を飲む様子を、携帯電話のカメラで何枚か押さえる。

 それから、棒付きキャンディーの包み紙を剥がして口の中に放り込んだ。

 キャンディーを口の中で転がしながら、買ってきた簡易ソーイングキットを取り出して縫い針に糸を通す。

 続いて人形を手に取り、綿パンヤを内側に押し込むと、裂けた部分を縫い始めた。


 ――この人形と一緒に落ちてきた携帯電話の持ち主は、多分同じじゃろうな。一番いいのは持ち主から連絡もらうことじゃけど、なかったら交番じゃな。応急手当てだけはしとこう。

 


 三分の一ほど縫い進めた所で、りおなの同級生のしおりとルミがやって来た。


「りおな何やってんの?」


「あー、公園で内職だー」


 二人とも思ったことを口にする。

 りおなはを尖らせて「違うって」と否定した。

 コンビニ袋から、棒付きキャンディーを二つ取り出し「んっ」と二人の前に差し出す。


 しおりとルミも同時に「ん」と答え、出されたキャンディーを受け取った。


「朝、公園に来る途中で、変な携帯と一緒にこれが落ちてきて」


「「うん」」


「持ち主の人たぶん同じじゃろうから、落としたの気づいたら携帯にメールかなんか入れてくるじゃろし、今から交番寄ったら学校遅刻しよるし」


「「うん」」


「ワタがとび出したまんま返されたら持ち主の人傷つくじゃろ?」


「「ふーん」」


 りおなは、無言のまま口と手を動かし人形の裂け目を縫い終える。


「よし、出来た」


 作業終了という感じで、人形の胸の部分を軽くぽん、と触る。


 その瞬間、


 ドクン、という音とともに人形の胸が少し跳ね上がった、ように見えた。

「んっ?」と目を凝らしてもう一度人形を確認する。

 当たり前だが左手の中の人形は静寂を保っていた。


 ――気のせいか、人形に触ったとき弾みで動いたんじゃろ。


 他の二人をちらっと見るとしおりとルミは隣のベンチに腰掛けて雑談をしていた。


「あ、もうこんな時間」


 しおりは携帯電話で時刻を確認した。


「りおなー、先行ってるよー」

 二人はバッグを持ちベンチから立ち上がる。


「うーい、りょーかーいーー」


 りおなは、牛乳の残りを皿に注ぐと二人に向かって軽く手を上げた。



 猫たちが牛乳を飲み終わるのを見届けると、水道で皿を洗い植え込みに皿を隠してから、りおなは足早に学校に向かった。

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