(5)

 カサカサと音を立てながら、乾ききった木の葉が足元を通り抜けていく。羊の毛をちぎって投げたような雲が、ひとつ、ふたつ……頭の上を通り過ぎていく。秋の空は、どこまでも高く青く、柔らかな日差しが真也の行き先を照らしていた。

 それに反して、真也の心は沈んでいた。上着のポケットに手を突っ込み、どこへ行くともなく、足の向くままに歩みを進めているだけなのに、その足取りは重く、何をしていても、心に渦巻く霧の中をさまよっているような心地だった。

 あの日、真也は負けた。別に真也が致命的なミスをおかしたわけではない。それどころか、一人一人ベストを尽くして城北に向かって駆け抜けていった。しかし、城北の壁は真也たちが考えていたよりもほんの少し高かった。ほんの少し、その壁に手賀届かなかったばかりに、その手は空を切りあっけないくらいにまっさか様二落ちていってしまった。

 相模北サッカー部としては、再びスタートラインに戻され、また1からやり直しということになるのだろうが、真也にはもうスタートラインはない、全てが終わった。試合終了のホイッスルがフィールド中にとどろいた瞬間、真也は走るのをやめてその場に呆然と立ち尽くした。顎からしたたり落ちる汗が、雫となってポタポタと地面に落ちていく。城北に負けた……、由香利先輩との約束が果たせなかった……。顔を上げると、スタンドが視界に入った。その時に見た由香利先輩のあの悲しそうな顔……。

 ふいにまぶたの裏に由香利先輩の顔が浮かんだ。真也は思わずぎゅっと目を瞑ると、ぶるぶるっと顔を振って由香利先輩を頭から追い出した。つい気を緩めると、いつもあの表情が心の中に浮かんでくる。決して自分ひとりのせいじゃない、でもなんだか自分の力が及ばなかったばかりに、由香利先輩の期待を裏切ってしまったような、そんな罪悪感で胸が張り裂けそうに鳴る自分がいた。

 とぼとぼと歩く真也の頬を詰めたい風がなでていく。来週には11月に入り、あっという間に2学期も終わるだろう。そして新しい年が始まれば中学生活も終わりだ。

 真也の足は学校を目指していた。別に理由はないが、他に思いつく場所もないし、行動範囲が限られている中学生にとっては、どうしてもなじみのある場所へと足が向いてしまう。一般解放はしていないが、休日でも部活動で体育館や教室を利用することがあるため、たいていの場合日中なら校門は開いている。真也は正門を通り抜け、グラウンドの方へと向かった。つい先日、文化祭を終えたばかりのせいか、以前よりも人の気配がなく、校内には閑散とした静けさが漂っていた。

 地区予選終了後、真也たち3年生はサッカー部を引退した。この時期、他校との対抗試合が行われていることがあるので、もしかしてと思ったが、深夜の予想に反して、今日のグラウンドには誰一人いなかった。聞こえてくるのは、風になびく木々のささやきと、車道から流れてくる車のエンジンの音だけ。もうここには何もない、目標とするものも、追いかけていくものも……。グラウンドの外周をぐるりと一回りして、南側に面している池のほとりに腰をおろした。ここからなら、過去自分が無我夢中で走り抜けていったグラウンドが一望できる。改めてまじまじと眺めてみると、実際は何も変わっていないんだなと思う。左右にすえつけてある錆の浮くサッカーゴールも、校舎横の体育倉庫も、そして日差しを浴びた校舎が落とす長くゆったりとした影を映すグラウンドも。この中学校を卒業したわけではない、ほんの2か月前にサッカー部を引退しただけだ。なのに、以前のような、無条件で受け入れてくれるような親しみやすさはなく、むしろいるべき場所から食み出してしまったような余所余所しささへ感じる。今まで全く意識していなかったが、真也にとってサッカー部はこの学校での居場所であり、中学生活の中心となっていたことを再認識させられた。きっとこれが新しい環境へ移行するための節目という奴なのだろう。そう思うと、柄にもなくノスタルジックな思いにふけってしまうのである。

 「おや?」

 右から左えと視線を流し、ゆっくりとグラウンドの様子を眺めていると、何かが落ちているのに気付いた。「なんだろう?」と腰を上げ、ゆっくりと近づくと、多分体育倉庫にしまい忘れた者だろう、ゴールポストの下にポツンと砂埃にまみれたサッカーボールが転がっていた。手にとって眺めているうちに駆られるものがあり、自分の足元に置くと、そのままゆっくりと蹴り出した。自分の足に合わせてボールも前に進む、サッカーゴールを背にして。

 ペナルティエリア内ギリギリと思われるところで踵を返すと、ゴールに向かってスパンと蹴りこんだ。ふわりと宙に舞い上がったボールは綺麗な長い放物線を描き、真也の放ったループシュートは、ゴールネットを音もなくゆらした。ボールはネットを離れ、ポンポンポンと小さく跳ねて止まった。

 「ナイスシュート」

突然そんな声が耳に入った。自分の広報、校舎の方から投げかけられた言葉。真也はギクリとして思わず後ろを振り返った。(続く)

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