第二節 【 開拓都市ティリガンツ 】

開拓都市ティリガンツ




「――それから先は、皆さんの知る通りです」


 フィズはそう言って、水差しに口をつけた。


「僕はユグさんに頼んで、残る三人の救助に向かいました。皆さんが見たアレと遭遇、僕が引きつけて撃破……あの檻の虎はもういいですよね? 樹のうろに隠れていた二人を保護して帰還した、というのが、今回の冒険の顛末です」


 ギリアムは渋い顔でそれを聞いていた。


 翌日のことだ。

 フィズたち見習い徒党とそれを保護に向かったギリアムたち精鋭組、そして謎の少女ユグは、開拓都市ティリガンツへと帰投した。

 各々疲労と恐怖、空腹で消耗しきっていたため、その日はすぐに解散とした。上位種に散々追い回されたというのだから休んで然るべきだろう。


 比較的余裕のあったフィズとメディが、現在『同盟』に詳細を報告している。


 ギリアムは一つ話を聴き終えて、ばりばりと頭を掻いた。


「あー……今回の件、問題があるんだが、何か分かるか」

「上位種が、複数、浅層に出現したこと……ですよね」

「そうだ」


 彼の頭を悩ませるのはそれだった。


「つってもあの嬢ちゃんがぶっ殺したからな。当座の危機はねえわけだが」

「……何が、あったんでしょう」

「上位種は普通、未踏破地域の奥の奥に潜んでやがる。それが出てくるってこたあ」


 怪物たちの主、追放されし神が、侵攻を企てた。

 あるいは、上位種すらも逃げ出すほどの強大な種が、森の奥深くに生まれた。


 どちらにしても恐ろしい話だ。ギリアムの眉間に皺が寄る。


「偵察だな」


 何が起きているか確かめる必要がある。


「偵察が必要だ。だが頭数揃えても意味がねえな……」

「……父に伝えておきます」

「頼む。よく出来た探索者は出払っててな」


 面倒そうに眉間を揉み解すギリアムだが、ふと思い出したように顔を上げた。


「とまれ試験は合格だ。明日もう一度ここに来な」

「あ……はい、ありがとうございます」


 戸惑う少年の頭を、ギリアムはぽんと撫でた。


「上位種相手にそんだけ逃げ回れりゃ探検者としちゃ十分だよ」


 元より試験を受けたのは皆それなりの実力者だったから、ほとんど内定していたと言っていい。

 結局生き延びた理由は少女が降ってきたからで、彼の実力では逃げ切ることは不可能だった。

 ……そんなことを気にしているようだった。


「これはお前さんの正当な評価だ。他の誰も関係ねえ」


 フィズははっと目を見開いた。


 トラブルは頻発した。そして問題を解決したのは外部の人間だった。

 だがそれは関係のない話だ。依頼は解決したし状況は判明した。

 そして生きて帰ってきた。ただの無能ならば、最初の遭遇で死んでいただろう。


「今日からお前は、同盟者だ」


 ギリアムは腰に手を当てて、岩のように節くれだった手を差し出した。


「ようこそ、フィズ・スリナッチ。『検める者たちの名前無き同盟』へ」


「――はい! よろしくお願いします!」


 勢い込んで立ち上がると、フィズは両手でその手を取った。




 ギリアム・エーラムン。『同盟』でも名の売れた冒険者だ。

 特にティリガンツの設立初期から発展に大きく貢献してきた、北部の猛者である。

 『歪んだ生命』の上位種を侵攻を、大斧二つを手に真正面から食い止めた逸話で知られている。英雄たちに習い「双つ斧」のギリアムと呼ぶ向きもある程だ。


「あっギリアムさん!」


 ティリガンツの方々に顔が利くギリアムは、どこへ行っても何かしら頼み事をされることが多い。

 だからギリアムは、「厄介事を押し付けるのにうってつけの人が来た!」といった顔でこちらを見る女性にも、とりあえずは寛容に応対できる。


 小綺麗な顔に眼鏡をかけた女性に、ギリアムはうんざりと言った顔をした。


「もう痴情のもつれは勘弁してくれ」

「この前のアレは無理矢理飲ませてきたあっちのほうが悪くて私は単なる被害者です! じゃなくてですね!」


 『同盟』北方支部会館。

 北方の『検める者たち』を統括する一大拠点は、都市側の援助もあり、大規模な施設を与えられている。

 エッダ・カロッサはその総合案内人――支部の重鎮だ。


「ちょっと厄介なお客様が来てまして」

「あん?」


 分厚い絨毯を踏み外さないようにしながら――野外活動用の釘打ち靴でのことだが、ギリアムは一度石煉瓦の床を踏み割った事があった――ギリアムは隣に並んだエッダに顔を向けた。


「ゴロツキか、貴族か?」

「いえ、その……見ていただいたほうが早いかと」


 言いつつ、そんな連中が今更いるものかとギリアムは思った。


 ティリガンツ、いや北方開拓地域において、『同盟』は大きな権限を持つ。

 大陸北方の開拓は検める者の活躍があったからこそ成立したのだ。


 失われた竜郷への巡礼を目指し、当時の未踏破地域を突破し港町ストーンポートを設立した英雄メリア・アールストーン。

 邪神『非道に誘うマレスボレス』の大規模侵攻――『右腕戦役』において、類まれな指揮で戦線を支えた聖騎士アーネスト・ファリエッダ。

 上位種の群れを黒竜と共に突っ切り、件の邪神マレスボレスを討ち取った竜剣聖シヴァーナ・ガンジェンス。

 上げればキリがないほどの英雄と、その下の名も無き戦士たちに支えられて、北方地域は開拓されてきた。


 探検者が未踏破地域を調査し、冒険者が開拓地周辺の怪物を討伐する。

 旧時代の遺物に挑み、邪神の領域を浄化し、そうして出来た地域に人々が入植する。


 その統括組織たる『同盟』は、生半な王国貴族を凌ぐ権限を勝ち取ってきたのだ。


 ――という事情から、貴族がいちゃもんをつけてきた可能性は低い。

 知恵の足りないごろつきが、検める者をならず者の集団と勘違いして調子に乗ることはままあるが、そうであればエッダはもっと直接的な言葉を選ぶ。


「一体なんだってん……」


 あれこれ考えながらもホールに戻ったギリアムは、面食らった。

 彼が見たのは、見覚えのある巨大な木製の剣だったのだ。


「だからね、お嬢ちゃん。同盟には戦える人しか参加できないのよ」

「うん、知ってる!」


 その持ち主であろう少女の、凛とした声が響く。

 応対しているのは確かフィレアという新人の受付嬢だ。


「でもねー、ユグ、戦えるよ!」


 少女――ユグは、その濃い金色の髪をふわっとなびかせて、机に身を乗り出してそう訴えていた。


「さっきからずっとご覧の有様でして……身なりからして高貴な出身でしょうし、どうしたものかと」

「あー、なんだ、色々言いてえ事があるんだが、一つだけいいか」


 ギリアムは胡乱な目で隣の女性を見下ろした。


「俺は確かに多少顔つきがアレだがな、ガキを脅かす為の顔じゃねえんだぞ」

「い、いえそういうわけでは……ほら、ギリアムさん年季の入った冒険者ですし? 顔も利きますし? 多少の悪事も皆さんいい方向に解釈してくれるだろうなと……いえすみませんでした」


 ギリアムが多少力を込めてガンをつけると、エッダは竦み上がって頭を下げた。

 こそっと「ほらやっぱり適正ですよ」などと呟くエッダの頭を小突き、少女の方を向き直る。


 ユグもギリアムのことに気づいたらしく、「あっ」と声と共にぴょんと跳ねた。


「おっちゃんおっちゃん!」

「結局呼び名はおっちゃんかよ……ああ、なんだ、ちょっと待ってろ。な?」

「うー!」


 ユグは手を上げてよく分からない返答をした。


「ギリアムさんお知り合いだったんですか?」

「ああ、まあ……」

「衛兵呼んだ方がいいですか?」

「エッダてめえいい加減にしとけ?」


 ギリアムは「ちょっと通るぞ」と受付の奥へ入り、二、三書類を引っこ抜いて万年筆を手に取った。


「……と、ほれ嬢ちゃん」

「うぃ?」

「ちょちょちょ、ちょっとギリアムさん!?」


 エッダがたまらず割って入った。

 ギリアムが記入したのは入会推薦状だ。


「何考えてるんですかギリアムさん! 子供! 子供ですよこの子!」

「何言ってんだエッダ。ガキならカルメロの息子も加入してきたろ」

「そうですけど! そうじゃなくて!」


 エッダは勢いでずれた眼鏡をくいっと直した。


「フィズさんは風巫師としての巡礼で野外活動の経験を積んでいて、『灯台守』に認められた一人前の灯火術師で、深い知識を備えていて、かつカルメロさんやその他数名からの推薦があってですね」

「ああ、だから俺が推薦状書いたんじゃねえか。冒険者側の最高責任者だぞ俺ァ」

「あのですね!」

「まぁ待てエッダ。小皺が増えんぞ」

「一言多いわ表出ろ筋肉達磨ァ!」


 ただの民間人が歴戦の冒険者にこんな啖呵を切れる辺りが、エッダが北方支部の職員頭を張っている理由でもある。

 対するギリアムは幾分調子の低い様子で答えた。


「試験内容は、俺とやり合って勝つことだ」

「は」


 エッダは暫く目を丸くして、それからにたぁとあくどい笑みを浮かべた。


「なるほどなるほど? ギリアムさんが、同盟が誇る熟練の冒険者が、手ずから試験を担当するというのなら、ええ、口を挟めませんね」

「おう、そうだろ。名案だろ?」

「ええ、ええ、すみませんね私とした事が。ちょっと察しが悪かったですぅー」

「気色悪いぞ、年考えろ」

「あ?」


 お得意のキレ芸を繰り出すエッダ・カロッサ二十八歳に背を向けて、暇そうに頭を左右に揺らしているユグに向き直った。


「あー、話は分かったか、嬢ちゃん」

「……おっちゃんぶっ飛ばせばいいの?」


 ユグの言葉の端には抵抗が滲んでいた。

 ギリアムの頬を冷や汗が伝う。


「ああ……模擬戦とか、訓練だと思え。マジに相手を傷つける必要はねえ」

「うー……分かった。ユグ、やるよ」


 ギリアムは小さく頷いた。


「うし。訓練場貸し切れるか、エッダ」

「はい、今は誰も使ってませんからね! どうぞ! というか私も行きます! ……暇ですし!」


 彼女の下っ端たちが明らかに忙しくしている中でこう言ってのける豪胆さに、ギリアムは呆れて物も言えない。

 まぁ頑張れ、と新人受付嬢に一言ねぎらいの言葉をかけて、ギリアムは手招きした。


「こっちだ、嬢ちゃん」

「はーい!」


 手を上げてついてくるユグと、上機嫌に鍵をじゃらじゃら鳴らすエッダを見て、ふとギリアムは気付いた。


(エッダに昨日の顛末きちんと話してねえな……)


 上位種の対処を急ぎで頼んだせいで、その先を話していなかった。

 エッダは知らないのだ。ユグが何者なのかを。

 いや、ギリアムも詳しいことは分からないのだが。


「まぁ、見りゃ分かるか」

「んー?」


 首を傾げるユグに、何でもねえよ、とギリアムは手を振った。

 ユグはしばらくギリアムのことを見ていたが、やがて「そっかー」と呑気に呟いた。


「わうっ!?」


 直後、ガツン! と背後で大きな音がした。

 驚いて振り返ると、ユグがひっくり返っていた所であった。


「……いたーいー」

「あー……」


 彼女の背の、一ヘム四メートルはある巨大な剣が、通路の入口でつっかえてしまっていた。

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