フィズの初めての冒険
何があったのかと言われると、説明に困る。
フィズはひとまず、最初から順を追って話すことにした。
フィズ・スリナッチ、十四歳。
風巫師。旅人。
という所まで名乗って、最後のは要らなかったなとフィズは思った。
ここにいるのは皆、探検者か冒険者かの見習いだ。
探検者と冒険者、ひとまとめにして検める者、同盟者。
違いは一つ、ある問題に対してそれを探るのか冒すのか。
もっと大雑把に言っていいならば、生業を戦いに置くか否かだ。
フィズは決して戦えないわけではないけれど、それを生業にしたいわけではなかった。
「よろしくお願いします。皆無事に帰還しましょう」
と一礼して身を引く。これで徒党の信心全員が一通り挨拶を終えた事になる。
見習いを卒業した灯火術師の証、腰に提げた灯具を撫でて、フィズは一息ついた。
「よーし全員終わったね。それじゃあ、出発しよう」
冒険の始まりは割合あっさりしたものだった。
徒党の中では一番年上のマルティンが(その割に腰は低かったが)音頭を取り、町外れの駅舎に向かう。
「目的地はここから北にある『呻きの森』だ。半日ほど馬車で移動して、昼頃に森の手前のネハノン村で降りるよ」
然程長い距離ではないが、徒歩で行くにはやや遠い。
元々旅人であるフィズにとってはさしたる距離でもないが、馬車を使えるなら喜ぶべきだろう。
フィズは最後尾で馬車へと乗り込んでいく徒党を見る。
徒党の指揮者を務めるマルティンは無精髭の目立つ
元は首都カリドナの衛兵だったらしいが左遷されたという。
武器は槍と投石紐。鎖帷子に布鎧。腰に小さな灯具を提げており、つまりフィズと同じ灯火術師でもある。
続くのは間の子の軽戦士、メディ。妖艶な女性だ。
劇団の女道化から転向してきたらしい。冒険者が言う奇術師という奴だ。
曲刀と投剣術を主体にするという。
珍しい
女神教団は灯火を持たない種族には厳しいので、彼は相当に信仰心が深いのだろう。
鉄の子らしい鎧の如き体格で戦槌と大盾を苦もなく振るう。寡黙で紳士的だ。
フィズに次ぐ年少組、
灯火術の治癒の型を修めた、いわゆる治療者だ。投射が出来ないのだろう、灯具を持っていない。
旅には不慣れらしく、どこか落ち着かない様子だ。
翻ってフィズ。最年少だが、灯火術師の基本を修めた証として灯具を得ている。
武器は使い慣れた弓と短剣。分厚く袖の長い衣服は、風巫師の正装にして旅装の
馬車に荷物を下ろし、めいめい席について、揺られること半日。
互いの戦力について詳しく情報を交換し、怪物との戦いに慣れたマルティンとグイードに初歩的な話や簡単な連携を教わり。
他愛もない会話で初対面のぎこちなさを解消し、目的地に着く頃にはちょうど日が直上にあった。
未踏破地域の一つ、『呻きの森』。
彼ら見習いたちの昇格試験は、森の外へ現れた小型種の討伐と、浅層の探索だ。
隊列はこうだ。
前衛に僧兵グイード、軽戦士メディ。灯火術師のマルティンとフィズ、治療者トランがその後ろ。
索敵は、野外活動に一番慣れたフィズが請け負う。
「――いた。鬼種……小鬼三と犬鬼五、多いなあ……」
草原の只中、ぽつぽつと転がる岩の一つに寄り集まって、人型の異形が何事か言い争っていた。
進行経路を見定める。岩場や大地の起伏を使ってそれなりに接近は出来そうだ。
地上を見下ろしながら、フィズは小さく頷いた。
父祖シエルの遺骸から生まれた「四つの間の子」、分けても気まぐれな空と風の女神ファーフィラの側に生まれた
鳥と同じで、適度に羽を休める必要はあるが――やろうと思えば彼らは半日飛び続けることだって出来た。
フィズは風上に向かわないように、影で気付かれないように、と気を使いながら、上空を旋回して様子を伺う。
瞳に灯火の熱を溜める。強化の型、遠視の技術だ。
数は合わせて三体ほど増えてはいるが、報告通り犬鬼と小鬼だ。
犬鬼はその名の通り犬を歪めて作られた小型の怪物だ。その特徴も、二足歩行で道具を操る犬というのが正しい。
小鬼の元は猿と子供と言われている。
鬼種と呼ばれる二足歩行の怪物たちの中ではそれなりに賢い部類で、道具を振るう他に自分たちより知性や戦力に劣る相手を従えて行動する。
他にも「
見たところ
「うーん……」
どうも遠征という様子ではない。証拠に、小鬼たちが内輪で揉めているようだった。
犬鬼は手持ち無沙汰に土を掘ったり草をむしったりしている。
犬鬼はより上位の生物に従う習性があり、小鬼がどうも手綱を握っているようだが、何か有効な指示が出ているというわけでもないらしい。
フィズは降下しつつ己の影を徒党との中間に置いて、折りたたまれた棒を取り出した。一番端を直角に立てて、残りを真っ直ぐ伸ばし、大地に平行にして掲げる。
基準となる棒とその影が作る三角形と、己の高さと影が作る三角形の相似を比較して距離を図る、伝統的な空の子の距離計だ。
フィズの今の高さがおおよそ百
影の位置は標的との中間なので、二倍して
羽ばたきを緩めて素早く下降していく。
「どうだった、フィズくん」
「前方百ヘムでたむろしてます」
簡単に情報交換を終えて、手筈を整える。
基本に忠実に、誘き出しての各個撃破だ。
前衛二人を前に出し、三人は岩の影や草薮に身を隠した。
平地で、数で大きく上回り、投射武器がない相手。
と見れば小鬼たちは襲い掛かってくる。
小鬼は狩猟と略奪で生計を立てるため、人間の道具や人間それ自体も貴重な資源として得ようとする。
先行してくる犬鬼を前衛が引きつけるのを確認して、手で合図を送り合う。
小鬼が射程に入り次第、射撃を開始する。
「ギッ!?」
フィズが弓で小鬼の足を射抜き、三体の動きの止まった所へ火球が殺到する。
聞き苦しい悲鳴が聞こえ、すぐ爆音に掻き消された。
「手筈通りに!」
「了解です!」
徒長の号令に一言返し、続いてフィズは飛び上がると、空中から弓を射掛けて犬鬼を分断する。
飛行しながらでは細かな狙いをつけられないが、威嚇には十分だ。
空からの矢玉を見て上を振り仰いだ犬鬼に、メディの投げた短刀が突き刺さる。
巨漢のグイードが戦槌を振り下ろし、頭蓋を一つ砕く。
飛びかかる犬鬼が大盾で弾き飛ばされ、そこへメディが駆け寄って曲刀で仕留める。
フィズは火矢の鏃に着火して、犬鬼一匹をで射抜く。燃える矢尻を灯火術で起爆して殺害した。
犬鬼の半数を仕留めた所で爆風が晴れ、小鬼たちの姿が見えた。
「おっと、やっこさんまだ生きてるよ!」
どうやら一人を突き飛ばして盾にしたらしく、無事だった二体の小鬼は一目散に逃げ出していた。
「逃がさないって」
マルティンが投石紐を振り回し、二度目の投射で一体を見事に射抜く。
頭蓋が凹んだ小鬼を見据てて、残る一体は森へと消えていく。フィズは矢を射るが、外れ。
一匹の小鬼は森の奥へ逃げていった。
即席だが十分な連携と役割分担だ。各々がそれなりに実力を持ち、治療者のトランも犬鬼に絡まれた程度は対処出来る様子。
いい徒党だとフィズは思った。後はここに専門の斥候を加えれば十分通用するだろうと。
危なげなく犬鬼を始末した前衛組と合流し、小鬼や犬鬼に念入りに止めを刺す。
かすり傷を負ったメディをトランが治療し、すぐさまマルティンが言った。
「他の集団と合流されるとまずい。どのみち、奴らの討伐が今回の依頼だ。追うよ」
否やはない。皆すぐさま隊列を組みなおし、森へとかけ出した。
――そこまでは良かった。
森に入るまでは……いや、森のごく浅い、陽の光の届く領域まではよかったのだ。
浅層へと踏み込んで暫く。
鬱蒼と茂る森の中、薄暗く黴のような匂いがこもった空間を、灯火が照らし出す中で。
逃げた小鬼の背中を捉えた時――。
「ひっ――?」
開けた場所で小鬼が飛び出した瞬間、それは縦に串刺しになって死んだ。
木をへし折りながら現れたのは、巨大な虎……のようだった。
異常な猫背の二足歩行の虎だ。ほぼ畳む形で折れ曲がった背の頂点から、捻くれた骨を無数に檻のように生やした奇怪な怪物。赤い瞳に浮かぶ自我は歪められ、食欲と破壊衝動だけが剥き出しになっている。
背から殻か檻のように生えた骨で獲物を串刺しにして、そいつは次の獲物へと目を向けた。
「馬鹿な……浅層だぞ、ここは」
グイードは呻いた。
誰も名も知らぬ上位種――死の権化がそこにいたのだ。
フィズの長い一日が幕を開けた。
●注釈
・麻(ヘム)
単位の通り、この世界で麻に相当する植物の背丈を基準とした距離単位。
勿論厳密なものではない。
一ヘム=四メートル。人一人は三半ヘム(1/3ヘム)。
今後、泥世界単位にはルビでメートル法に則った数字を記載するものとする。
・目(ナット)
ロープの結び目を基準とした距離単位。
一ナット=四センチ。百ナット=一ヘム。
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