第57話

 それからは銀天街を人の波に逆らわないように、さらわれないように、ずっとまもるくんと手をつないで高島屋のほうへ歩いて行った。途中、先月のかなちゃんとの勝負下着ショッピングで行った店の前を通りかかったとき、つないだ手を通して葵くんの緊張が私に伝わってきた。やはりそういうものを見ると、葵くんもつい意識してしまうのだろうか。私は心を解きほぐそうと、葵くんの手を握り返した。すると葵くんはやや斜め後ろを歩く私に、ニッコリと笑いかけてくれた。私も微笑み返した。そのまま歩き続けてもうまもなく銀天街を抜ける頃、マツモトキヨシの前を通ると、今度は葵くんの手が不安を物語っていた。なぜなのかは分からなかったけれど、私はとりあえず「大丈夫だよ、葵くん。ありがとう」と、とびきりの笑顔とともに伝えた。それで葵くんの顔と手が安堵したのを、私は感じた。

 「ねえ、葵くん。良かったらだけど、また観覧車に乗ろうよ。今月は私が誕生月だから、一緒に乗る葵くんの分もタダで乗れるよ」

「うん、そうだね。ちゃんと付き合い始めてからは初めてだし、乗ろうか」

そして私たちはデパートの9階までエレベーターで上がり、観覧車に乗った。半年前に二人で乗ったときとは季節も時間帯も違うので、また新鮮な気持ちで景色を眺めていた。

 松山城と目線が同じ高さになる頃だった。ぼんやりと遠くを眺めていた葵くんがふと、口を開いた。

実梨みのりちゃん、今日はありがとう。ごめんね、なんか俺がときどき変だったみたいで、気を使わせちゃったみたいだね」

「うん、葵くんもありがとうね。大丈夫、こうして私といてくれるだけで嬉しいわ」

すると、葵くんがそっと私の隣に移動した。葵くんは私の背中に片手を回し、もう片方の手で私を引き寄せた。そして、松山の空中で、葵くんと私の唇がゆっくり重なった。私も手を葵くんの背中に回した。葵くんの唇から伝わるぬくもりは愛に満ち溢れていて、それが私の身体の隅々まで行きわたった。全身の細胞がとてもみずみずしくなったような気がした。

 観覧車を降りたあと、私たちはデパートの前にある松山市駅前の電停から路面電車に乗り、再び木屋町に戻ってきた。車中では互いに黙り込んではたまに視線を合わせて逸らす、を繰り返していた。

 「実梨ちゃん、さっき夜市で買ったもの、俺の家で一緒に食べようよ」

自転車を手押ししながら、葵くんが言った。これはまさか、と私は観覧車の中よりも胸が高鳴った。

「じゃあ、お言葉に甘えようかな。その前に一旦、私は家に戻ってから行くね。その間に片付けでもしていてよ」

私は慌てて帰宅して、着ていた衣服を脱いだ。そして、赤い生地と白いレースの下着セットを身に着けると、元通りに脱いだ服を着た。何しろ葵くんから夜市に誘われたのは今日の練習に来てすぐのことだったので、私は普段使いのものを着用していたのだった。それから念のためと思い、明日の本番の荷物や着替えを大きなトートバッグに詰め込み、自転車の前かごに乗せた。

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