第50話

「初めまして、吹奏楽部の宇高うだかです。僕たちは皆さんと約束します。アンクラの皆さんと吹奏楽部の一人ひとりにとって居心地が良くて楽しい場をつくるって。それに、これからの吹奏楽部ではアンサンブルも大編成の吹奏楽も自由に演奏できるサークルを目指します。つまり、アンサンブルがしたい皆さんの自由もきちんと保証される、ということ。だからお願いです、まずは僕たち吹奏楽部との話し合いに来てください」

まもるくんが話し終えるのを見計らって、私はアンクラの部員たちに想いが通じるように願いながら言った。

「吹奏楽部の末広すえひろです。まずは華英はなえちゃん、ももちゃん、本当にごめんなさい。私たちの関係で気持ちがつらいのはとても分かります。でも、吹奏楽を好きな気持ちはまだ残っているよね?少しでもそうだったら、私たちとの話し合いに来てほしいです。それから、アンクラの皆さん、さっき宇高くんが言ってくれた、これから吹奏楽部が目指す姿は絶対に実現します。それは、皆さんの強い想いがあってこそ、です。だからもう一度、私たちと手を取り合いませんか?」

 すると、アンクラの部員の男性で背の高くてふくよかな方が一人、私のところに歩いてくると、私に右手を差し出した。私も右手を差し出して、彼は「お願いします」と言って固く握ってくれた。そして彼は私の手を離すと、部屋の外に出ていった。そんな彼を見て、また一人、また一人とぞろぞろと部屋の外へ向かって歩き始めた。最後に部屋に残ったのは首藤すとうさんと葵くん、私に華英ちゃんと桃ちゃん、慶太けいたくんだった。吹奏楽部からアンクラに来ていた3人は葵くんと私のところに来て、頭と声を揃えて「すみませんでした。また、よろしくお願いします」と腰を曲げた。それから私たちも部屋を出て、吹奏楽部の練習場へと向かった。

 練習場には80人以上が集まった。まず、吹奏楽部、アンクラで吹奏楽も演奏したい人、アンサンブルを主にやりたい人、の3つのカテゴリーに分かれてまとまって座ってもらった。そしてアンクラで2つのカテゴリーの人数を数えると、「吹奏楽も演奏したい人」が37人、「アンサンブルを主にやりたい人」が24人いた。数え終えた首藤さんは、みんなに向けて言っているような独り言ともとれることを、ぼそり、とつぶやいた。

「うーん、もともと僕たちは仲間割れで二つのサークルに別れてしまったわけだけど、アンクラにも独自の風土が形成されていたんだね」

すると、遼弥くんがアンクラの部員たちに向かって話し始めた。

「アンクラの皆さん、ちょっと聞いてください。僕から見ても分かる通り、吹奏楽部が仲間割れして立ち上がったアンクラも、今は立派に独立した組織として成り立っています。だけど僕たちは、もう一度手を取り合いたいんです。ただ、学生自治会にも確認したところ、今更2つの組織が一つになるのは少し難しいらしいんです。そこで、両方のサークルの幹部で話し合った結果、吹奏楽も演奏したいアンクラの部員の皆さんには、アンクラと吹奏楽部を兼部してもらう、という方法が最も現実的だということになりました。これなら、吹奏楽もアンサンブルも自由に演奏することができて、吹奏楽部ともう一度関係を築きなおすことにもつながります。その上、吹奏楽ではなくアンサンブルを演奏したい皆さんにも居場所が残る。吹奏楽部とアンクラのそれぞれ一番あるべき姿がこうだ、という結論です。アンクラの皆さん、これでどうでしょうか?」

遼弥くんは話し終えると、これで伝わったのだろうか、というような不安げな表情になった。アンクラの部員たちは辺りをきょろきょろと見回していた。自分以外のみんなの様子を互いに探り合っているようだった。そしてある時、アンクラの女性が2人―アンサンブルがしたいカテゴリーにいた2人、立ち上がって遼弥くんのほうを向いて拍手を送り始めた。それに続くかのように、両方のカテゴリーにいたアンクラの部員たちが次々と立ち上がり、最終的にはアンクラの部員全員がその場で立って遼弥くんへ拍手していた。遼弥くんは安堵した様子で、笑みがこぼれた。遼弥くんが吹奏楽部にも立ち上がるように促して、首藤さんと遼弥くんが固く握手しながら「お願いします」と言葉を交わすと、吹奏楽部の練習場全体に「お願いします」の声が響き渡った。

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