第48話

 部室に入ると、私たちは靴を脱いでカーペットの上にみんなで輪になるように腰を下ろした。

「じゃあ…そもそも何で、今まで絶対に吹奏楽をやってこなかったアンクラさんが、吹奏楽も演奏できるようにしようってなったんだ?」

冷静になるように努めた様子で、遼弥りょうやくんは首藤すとうさんに尋ねた。一息置いて、首藤さんは口を開いた。

「最初のきっかけはね、去年の12月に重松しげまつさんが、アンクラを辞めて吹奏楽部へ入る、って言ってきたときだったんだ。それを聞いたアンクラの部員たちが、やっぱり私たちも吹奏楽がやりたい、でもアンクラにも残りたい、って言ってるのをちらほら耳にしたんだよね。そこで、じゃあ僕たちも今までのアンサンブルに加えて吹奏楽を演奏できるサークルにしよう、って幹部の中で計画を立てたんだ」

私たちは静かに、時折相槌を打ちながら首藤さんに耳を傾けた。首藤さんは続けた。

「だけど、これはあくまで幹部の中だけでの話で、他の部員たちには3月の終わりまでこの計画について話していなかったんだ。だから、卒業式と入学式で校歌をアンクラに演奏させてほしい、って学生課に交渉したことを部員たちの前で話したときには、嬉しい反面の驚きや戸惑いの声もあちこちから聞こえたね。そして、もうじきアンクラでも吹奏楽を演奏できるようになるってことを知る前に、吹奏楽部さんへ賛助に向かったメンバーたちから、アンクラを辞めて吹奏楽部へ入るって言い始めたから、これはいい機会だと思ってスパイを二人…うち一人は幹部の坪内つぼうちを送りこんだんだ」

首藤さんが話し終えると、坪内くんは懺悔するような口調で話し始めた。

「そして、僕はアンクラでの準備が整いつつあるから戻ってこないかと元アンクラの子たちに声を掛けろって首藤から連絡があったときに、同時に元々吹奏楽部だった子たちにもアンクラに引き込めそうな人がいたら声を掛けてみて、って指示を受けたんだよね。そしたら、まあなんといい機会があったと思って、失恋して落ち込んだ二人…坂下さかしたさんと寺尾てらおさん、それと坂下さんラブ一筋な吉良きらくんが僕の話に乗っかってくれたわけなんだ」

「そっか…それほどまでに華英ちゃんも桃ちゃんも慶太くんも想いが強かったんだね…。でも、さっきも言ったけど、なんでアンクラさん、もう一度私たち…吹奏楽部と一緒に一つのサークルに戻ろう、って考えなかったの?元々私たちはひとつのサークルだったのに!」

かなちゃんが問いかけると、首藤さんはゆっくりとうなずいてから答えた。

東野ひがしのさんが言うことも一理あるけど、僕たちも悩んだんだ。それは、アンクラと吹奏楽部さんが大きな仲間割れで二つに分かれたって経緯があって、今まで互いに関わらないようにしてきたのにいきなり…というのに抵抗があったのがひとつ。吹奏楽も演奏したいけどアンクラにも残っていたい、っていう子たちがいるのもひとつ。もうひとつ、編成の大きな吹奏楽はもうしたくないっていう子たちがいるんだよね。そんな子たちのことを考えると、吹奏楽部さんとまた一緒になるのは難しいのかな、って結果が、アンクラはアンサンブルと吹奏楽を両方できるサークルになろうって発想だったんだ」

黙って話を聞いていた私は、思わず胸が締め付けられそうになった。そして、首藤さんの答えを聞き終えて、私は気が付けば口を開いていた。

「首藤さん、アンクラさんの事情は分かりました。でも私、思うんです。同じ吹奏楽を演奏したい人たちなんだから、きっと互いに分かり合える、また同じ仲間になれる、って。15年前は大きな仲間割れによって二つのサークルに分かれた私たちだけど、今ならまたひとつになれる、いや、ひとつに戻るタイミングは今しかない!って、そんな気がします。だから首藤さん、また一つの吹奏楽部になって一緒に吹奏楽をしませんか?」

実梨みのりちゃんの言う通りだよ。それに、これからは吹奏楽部だから吹奏楽しか演奏しない、アンサンブルはもうしないってことはなくて、全部員の誰もが自由に大編成の吹奏楽も少人数のアンサンブルも演奏を楽しめる、そんなサークルであるほうがいいんじゃないかな?」

まもるくんの発言に、その場にいた全員がうなずいた。首藤さんはうっすらと涙と笑みを浮かべた表情で言った。

末広すえひろさん、宇高うだかさん…なんかジーンとなってしまったよ。本当、いろいろとごめんなさい、そして…よろしくお願いします!」

土下座する首藤さんに、坪内くんもつられて倣った。

 この後、私たちはそれぞれのサークルの練習に戻り、部室で話し合ったことを持ち帰った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る