第6章 思いと思い、アンサンブルな予感

チャンスは今しかない!

第47話

 吹奏楽部幹部の2回生たちの前で「3回生の幹部でアンクラに直接交渉してくる」と遼弥くんが言ってから週が明け、月曜日になった。

「じゃあ、そろそろ行くか。杏理あんりちゃん、よろしくな」

遼弥りょうやくんの決意をあらわにした口調に、杏理ちゃんは真剣なうなずきで応えた。今はちょうどアンクラの練習が始まってから30分が経ったところで、杏理ちゃん以外のアンクラから来た吹奏楽部員と華英はなえちゃん、慶太けいたくん、ももちゃんはもうすでにアンクラの部室へ向かっていた。それからあえて少し時間をずらして行こう、というのが私たちの作戦だった。私たちは1階にある吹奏楽部の部室を出ると、同じサークル棟Aの中を移動してエレベーターで3階に上がった。それから杏理ちゃんのあとをゆっくりと付いていって、アンクラの部室の前で立ち止まった。「では、呼んできますね」と言って杏理ちゃんはアンクラの扉の中へ入っていった。バンド系サークルのロックミュージックや合唱部の発声練習がそれぞれの部室から漏れて入り乱れる空間で、私たちは無言でじっとアンクラの扉を見つめていた。やがて、視線の先がゆっくりと動くと、長身でがっちりした明るい茶髪の男性が姿を現した。アンクラの扉から上半身だけを見せた男性は私たちを見た瞬間、目を丸くして動揺した様子だったが、ほどなくしてフッ、と笑うとこう言った。

「おやおや、君たちもアンクラに入部希望なのですか?それなら大歓迎ですよ」

その発言に遼弥くんは目つきがより鋭くなって、はっきりとこう返した。

「何がアンクラに入部希望、ですか。僕たちは吹奏楽部の活動を守るためにあなた方に直接交渉に来たのですよ。あなたが首藤すとうさん…アンクラの主将、ですね?僕たちは吹奏楽部の幹部の3回生、僕は主将の松前まつまえです」

「ああ、そうです、僕がアンクラ主将の首藤です。吹奏楽部さんには、うちの子たちが大変お世話になりましたねえ。松前くんはじめ、皆さんのことも聞いてますよ。でも、もう大丈夫です。これからは僕たちも吹奏楽を演奏しますから、うちの子たちがわざわざ吹奏楽部さんにいる必要もなくなるのです」

首藤さんは扉から出てきて、どこか余裕たっぷりな態度でこちらを挑発してくるように私たちを見下ろしながら言った。

「どこが大丈夫なんですか!それじゃあ僕たちが大丈夫じゃなくなるんですから!」

挑発に乗ってより強く返答した遼弥くんを、かなちゃんは「遼弥くん、落ち着いて」と宥めると、首藤さんになるべく刺激しないような優しい口調で尋ねた。

「あの…首藤さん、それってアンクラさんも吹奏楽を演奏したいってこと、ですよね?だったら…なんで私たち、吹奏楽部と一緒にしよう、もう一度吹奏楽部とアンクラさんが一つのサークルになろう、って思わなかったんですか?」

すると首藤さんはさっきまでの態度とは打って変わって、答えを詰まらせて「それは…その…えっと…」とおどおどし始めた。

「…ここで立って話すより、僕たちの部室で話しませんか、首藤さん?」

まもるくんの提案に首藤さんはすんなり応じてくれた。そして、その前にちょっと、と言って扉の向こうへ消えた。そしてすぐに戻ってくると、首藤さんの後ろには見覚えのある顔がいた。

「おまえ…坪内つぼうちじゃねえか!」と遼弥くんが驚嘆したような声で言った。黒い短髪で小柄ないわゆる細マッチョな体型をした坪内くんは、私たちを見回すと、どこか申し訳なさそうに言った。

「うん、僕、本当はアンクラの幹部だったんだけど、みんなが一斉に吹奏楽部へ行くってときにスパイとしておまえも行けって首藤から言われて…なんかごめん!」

「いや、坪内がスパイなのは俺たちとっくに気付いてたからな?とにかく、行こうぜ」

何をいまさら、という表情で遼弥くんが言うと、私たちは再びエレベーターに乗って1階に降り、吹奏楽部の部室へと向かった。

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