第46話

ももちゃん、そしてみんな。俺は、実梨みのりちゃんと付き合い始めて今日で4日が経ちました。これからも、実梨ちゃんと俺をよろしくお願いします!」


遼弥りょうやくんとかなちゃんに続いて、みんながまもるくんと私を暖かい拍手で包んでくれた。だけど、部屋を見回すとそこには、浮かない顔をした桃ちゃんと…華英はなえちゃん、それに、小さくガッツポーズをした慶太けいたくんが見えた。しかしそんなことはおかまいなしに、遼弥くんと奏ちゃんが私のほうに歩いてきた。

「実梨ちゃん、これで晴れて葵くんと堂々といちゃつけるね!」

奏ちゃんの一言に、私は恥ずかしくなって照れ笑いをした。それは葵くんも同じみたいだった。

「どうやら、俺と奏からのラブラブオーラのおすそ分けが効いたみたいだな!とにかくおめでとう、実梨、葵!」

笑顔で威張る遼弥くんに、私は葵くんと揃って「ありがとう」と微笑みながら言った。


 その翌日の土曜日、本来ならある練習が今日はもともとない予定だった。なのに、私も含めて吹奏楽部の幹部…去年のサマーコンサート後に残っていた8人…が遼弥くんからの招集を受けて、いつもの練習が始まるころには部室に集まっていた。

「遼弥、一体どうしたの?今朝、いきなりLINEで招集して、よく8人全員来れたよね」

葵くんからの一言に「みんな、本当に急でごめん。そして、ありがとう」と見回しながら言った遼弥くんは、一息つくと、こう告げた。


「実は…アンクラが、これまでのアンサンブル活動に加えて吹奏楽も演奏できるサークルになろうとしてるらしいんだ。それに伴って元アンクラ部員の吹奏楽部員たちに、吹奏楽部を辞めてアンクラに戻ってこないか?って声がかかったそうだぜ。しかも…華英ちゃんと慶太くん、桃ちゃんもついていくって言ってるらしい、とか…」


「それって、この伊予文化大学に吹奏楽部がもう一つある状態ができるってこと!?」

私が思わず、語尾の弱くなった遼弥くんに強めの口調で問いかけた。

「そこになんで、もともと俺たちのところにいた華英ちゃんと慶太、もう入部届を出した後の桃ちゃんも着いていくってことになってんですか!?」

しょうくんが身を乗り出すように発言した。

「そもそも、その情報はどこから来たんですか!?」

いつもは大人しい麻乃あさのちゃんも、今回ばかりは驚きで遼弥くんに質問する声が大きくなった。

「まあまあ、みんな落ち着けって。それだけ熱くなるのも分かるし、俺もこれらのことを知ったときは驚きと戸惑いで熱くなったさ。今から順を追って話すから、みんな、よく聞いてくれよ」

遼弥くんは一息つくと、再び口を開いた。

「まず、卒業式と入学式にアンクラから賛助として来てくれた中から6人も、アンクラを辞めて吹奏楽部に入ってきたよな。3回生の間では、絶対その中にスパイがいる!と思って神経を張り巡らせていたんだけど、それは本当だったんだ。元々、アンクラで少し前から企んでいたこと…吹奏楽もできるサークルにするってことを実現するヒントを得るのと、あわよくば吹奏楽部からもアンクラに引きこもうっていう意味だったらしいぜ。そのスパイに、準備が整いつつあるから元アンクラ部員たちに戻ってくるよう声を掛けろって連絡があったのが今週の水曜日。そして、昨日の葵と実梨の交際宣言…あれを受けてショックな桃ちゃんと華英ちゃん、それに華英ちゃんを好きでどこまでも華英ちゃんを追いかける気で満々な慶太が、スパイからアンクラに来ないかと誘われて、今は3人とも誘いに乗るつもりなんだとさ。それに、華英ちゃんは元々、小編成の吹奏楽部だからって理由でうちに入ってくれただろ?最近少しずつ部員が増えてきて、辞めようか迷っていたらしいぞ。これらの情報すべてが、昨日の練習が終わって俺が家に着いたころに杏理あんりちゃんからLINEで送られてきたんだ」

話し終えてた遼弥くんは、珍しく落ち込んでいた。部室の中はしばらく静まり返り、小型冷蔵庫のモーター音だけが響いていた。そのうち、美空ちゃんがハイ、と挙手した後、遼弥くんにこう尋ねた。

「あの…スパイ以外の元アンクラ部員たちは、アンクラへ戻ることに乗り気なんですか?」

遼弥くんは難しそうに顔をくしゃくしゃにした後で答えた。

「そこ、なんだよな。少なくとも杏理ちゃんと愛佳あいかちゃんは吹奏楽部にいたい…と悩んでるらしくて、杏理ちゃんはそれで俺にLINEをくれたんだ。だけど、問題は元アンクラ部員だけじゃなくて、吹奏楽部員からもアンクラについていきたい人がいることだな」

「あのー、さっき実梨先輩が言ってた問題も忘れてませんか?」

なぎさちゃんが空気を読んでそっと入ってきたかのように発言した。

「何があっても伊予文化大学に吹奏楽部は私たちひとつだけ!アンクラが吹奏楽も演奏するようになっちゃったら、私たちの活動が脅かされますよ!」

「そうだな。そこで、だ。俺たちの吹奏楽部を守っていくためにも、葵、奏、実梨と俺…つまり幹部の3回生でアンクラに乗り込んでこようと思うんだ。協力してくれるよな?」

遼弥くんからの要請に、私と奏ちゃん、葵くんの「うん!」という力強い声が合わさった。遼弥くんは続けた。

「俺たちでアンクラの幹部に直接交渉してくるから、2回生のみんなは待っててくれるか?」

2回生たちも3回生に負けないくらい力を込めて「はい!」と返事をした。

 このままでは、私たちの吹奏楽部が危ない。私たちは、絶対に自分たちの活動を守り続けるんだ、と誓った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る