ラブラブオーラの裏側で
第45話
今日は新年度の講義が始まって最初の金曜日だけど、私は前期の金曜日には一つも講義を入れなかった。10時から14時までバイトをした私は一旦帰宅して一休みしてから着替えると、自主練習をしようと練習場に向かった。すると扉のほうへ歩くにつれ、ロングトーンをするチューバの音が大きく聞こえてきた。私は中に入り、「こんにちは!」とあいさつをすると同時に練習場にたった一人でいた
「葵くん、体調はどう?まあ、練習前に自主練するくらいだからもう大丈夫なんだろうけど!」
葵くんに近づきながら話しかける私の声はどこかぎこちなくなってしまった。この、片想いだったころに葵くんと話すのとは種類が違うドキドキとか照れを感じてしまうのは何だろう。だけど、どうやら葵くんも私と同じような様子だったらしい。葵くんは少し震えた声で、私と目を合わせたり一瞬反らしてはまた見つめてきたり…を繰り返しながら返事してくれた。
「うん、おかげさまで、もうすっかり良くなったよ。実梨ちゃんには本当に感謝してるよ、ありがとう。それより、一昨日の練習にチューバの見学の子が来たんだよね?あいにく俺が休んでたから会えなかったけど、今日も来てくれるといいな」
「大丈夫、明後日も来ますってその子言ってたから、きっと来るよ!」
そう言いながら、私は右手で葵くんの左肩をポン、ポンと優しく叩いた。
「だったら、なおさら一昨日休んでた分を取り返すくらい練習しなきゃな。しっかり後輩を引っ張っていくためにも、俺が頑張らないとね」
さっきまでの新鮮な緊張感はいつの間にか解けていて、私は笑顔をほころばせながら葵くんに言った。
「もう、頑張りすぎてまたダウンしないように、ほどほどにね?葵くん!」
「はーい、気を付けるよ。実梨ちゃんも、俺の風邪がうつらなくて本当に良かったよ」
葵くんのほうも、自然に笑ってくれた。
「それはもう、念入りに手洗いしてイソジンでうがいして早寝早起きしてバランスよくご飯食べて…って徹底的に健康管理に努めたもん!…て、葵くん?」
気が付くと、葵くんはチューバを床に置いて、いつになく真剣な表情で私の目をじっと見つめてきていた。そして両手を私の肩に置くと、葵くんはそっと私の身体を自分のほうに寄せてきた。これは…もしかして…と互いの顔が近づくにつれ、私は表情を準備していた。目は開けたままかな、それとも…と考えていると、エネルギッシュに「こんにちはー!」という声が聞こえた。葵くんと私は二人そろって入口のほうを見ると、すごい勢いで
「あー、葵先輩、元気になったんですね!良かったです!」
言いながら、桃ちゃんは葵くんと私の間を割って入るように立ち止まった。
「それより、実梨先輩、でしたっけ?私の葵先輩と何をイチャイチャしてたんですか!?私、葵先輩に話したいこと、まだまだいーっぱいあるんですよ?邪魔しないでくださいよ~!」
桃ちゃんは私を見下ろしながら、笑顔で毒を吐いてきた。私の葵先輩…かあ。二度も告白して振られているのにそこまで言えるとは、すごいなあ…と、私は桃ちゃんに違う意味で感心していた。しかし私の心には、どこか勝ち誇ったような余裕があった。こんな感情は、ここまでの人生で初めてだった。だから、どんなに桃ちゃんが葵くんにべったりでも、私は平常心で黙々と基礎練習台にスティックを打ち続けることができた。
練習後のミーティングが終わると、今日も桃ちゃんは一目散に葵くんのほうへ向かった。そしてチューバの見学に来ていた子と話していた葵くんの左手首を掴んだかと思うと、桃ちゃんは葵くんを部屋の中央に引っ張り出した。あれれ、桃ちゃんは
「葵先輩、もう一度、私から言わせてください。私は葵先輩を心の底から愛しています。だから…私と付き合ってください!」
頭を下げた桃ちゃんからセミロングでオリーブ系の明るい茶髪が垂れ下がった。数秒、室内に静けさが広まった。それから葵くんは、微笑みながらゆっくりと口を開いた。
「桃ちゃん、三度目の告白、ありがとう。でもごめんね。今回も桃ちゃんの気持ちに応えてあげられないんだ。それにね、今、俺にも好きな人がいるんだ」
そう言うと、葵くんは出入り口に近いところから状況を見ていた私を目で探して見つけて、私のほうにゆっくり近づいてきた。その少し後ろを桃ちゃんも付いてきた。葵くんは「実梨ちゃん」と優しく呼ぶと、私に右の手のひらを上に向けて差し出してきた。葵くんは私とつないだ手を離さないまま、再び部屋の中央へ戻って来た。桃ちゃんは少し離れたところで立ち止まった。全部員と見学に来ていた新入生たちからの視線を浴びて、私は熱くなった。葵くんの手からも熱が伝わってきた。葵くんは決心したように自分の胸に当てていた左手を下ろすと、ついに話し始めた。
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