ライバルはエネルギッシュ全開!?

第42話

 今日は初めて入部希望の1回生たちに見学に来てもらう練習日だ。新歓期に配ったビラには、今週の間は南門の近くに部員が立っているから、場所が分からない人はそこに来て、と書いていた。その通りに、私はまもるくんと一緒に「ようこそ吹奏楽部へ」と書かれた小さな横断幕を持って、1回生たちを待っていた。葵くんと2人でひとつのものを持っている、と思うと嬉しくなる一方、両端を持っている分、葵くんとは横断幕のサイズ…間にもう一人入れそうなくらいのスペースだけ離れていた。私はちょっとばかりもどかしくなった。夕焼けに流れる雲の下、横断幕がそよそよと揺れた。

「少し風が吹いてきて寒いね。実梨みのりちゃん、大丈夫?」

くしゃみをしつつも葵くんが気遣ってくれて、それだけで私は暖かくなった。そんな心で、私は返事した。

「大丈夫よ、ありがとう。葵くんのほうこそ、風邪をひきかけてるんじゃないの?大丈夫?」

「うん、大丈夫だよ、ありがとう。今はとびきりのパワーで1回生たちを歓迎しようと思うと、風邪なんか引いてる場合じゃないよ」

そう言ってはにかんだ葵くんが、私には愛おしく見えた…と同時に、もう一つ見えたものがあった。私たちから少し離れたところに、アンクラの看板を持った男性が。「実梨ちゃん、どうしたの?」と葵くんに聞かれたけれど、何でもない、と平常心を装った。

 そうしているうちに、私たちのほうへ女性2人が、緊張した面持ちで歩いてきた。そして、

「あの…吹奏楽部ですよね…?」と、力み気味に声をかけてきた。そうよ、と私が答えると、2人の女性は少しほどけた表情で笑みを浮かべて顔を見合わせた。そんな2人に、葵くんは優しく話した。

「そんなに緊張しなくてもいいよ。それより、2人は楽器を持ってきてくれたんだね。2人とも…クラリネット…かな?」

「あ、私はクラリネットですけど…違うよ、ね」と言って栗色のミディアムボブの女性が、隣にいた黒いセミロングの女性のほうを向いた。

「よく間違えられるんですけど、これ、オーボエです!」

ごめんごめん、と葵くんが少し頭を下げていると、一人、また一人と緊張した足取りで私たちのところに来てくれているのが見えた。すると、トロンボーンらしきものを背負って小走りでこちらに駆け寄ってくる女性が、「葵せんぱーい!」とエネルギッシュに叫んだ。あまりの勢いに、先を歩いていた2人は立ち止まって、道を開けてしまった。そして、クラリネットとオーボエの2人の間を割って入るように立ち止まった彼女は、「葵先輩、お久しぶりです。ずっと会いたかったんですよー?」と溢れんばかりのエネルギーで葵くんを見つめながら言った。

「モモちゃん…久しぶりだけど、相変わらず元気だね」

苦笑いする葵くんと、モモちゃんというらしい女性をポカンとしたまま交互に見ていた私に、葵くんはああ、と説明してくれた。

「実梨ちゃん、この子、俺の高校の後輩なんだ。一緒に活動してたのはたった3カ月なのに、すごく俺を慕ってくれてるんだよ」

「もう、私なりに愛情表現してるっていうのに、やっぱり鈍いなあ、葵先輩は」

そんなモモちゃんの一言に、私は胸騒ぎがした。この子…モモちゃんも、葵くんに恋をしているのだ。そう察知したことは心の奥底にしまって、私は笑顔を取り繕った。そして、呆気に取られている他の1回生たちを見渡しながら、私は「みんな、本当に来てくれてありがとう」とありったけの感謝を伝えた。

 そうして、6人の1回生とともに練習場へと歩き始めた私は、葵くんにずっとべったりなモモちゃんとアンクラの看板の男性からの視線に板挟みで、気が気でなかった。しかし、そんな感情はすぐに閉じ込めた。私はモモちゃんにかかりっきりになってしまった葵くんに代わって、他の5人の緊張をほぐすように気を配って話しながら、練習場に到着した。

 練習後のミーティングが終わると、モモちゃんはトロンボーンを片付けることもせずに一直線に葵くんのところへ駆け寄った。そんなモモちゃんに気が気でないことを平気な顔で装ってパーカッションパートへ見学に来てくれた子たちと話をしていると、少し離れたところからかなちゃんと遼弥りょうやくんが私のほうをみて手招きしていた。そのまま私は練習場の外に連れ出されると、奏ちゃんが私の両手をギュッと握ってきた。その唐突さに私が動揺していると、奏ちゃんは「実梨ちゃん、ピンチだね?」と言って顔を私に寄せて見つめてきた。のけぞる私に、遼弥くんはオイオイ、というような表情で「動揺してる場合じゃないだろ」と言った後で一息つくと続けた。

「実梨、このままじゃモモちゃんに葵を取られるぞ?実梨は葵から告白への返事が来るまでアタックをほどほどにセーブしてきたけど、モモちゃんはそんなのおかまいなしに再会した瞬間からガンガンイケイケで葵に好きですビーム送りまくってるだろ?このままだと葵、モモちゃんに押し負けて心が傾きかねないぜ。だから」

体勢を立て直して「だから?」とやや困惑気味に反復した私に、遼弥くんは奏ちゃんと目を合わせてニヤリ、とするとこう言った。

「俺たちのラブラブパワーを実梨に分けてやるからよ!」

そうして遼弥くんは奏ちゃんに握られた私の両手の上にさらに手を重ねてきた。

「これで大丈夫。実梨ちゃん、今までよりも少し強気にアプローチしてみてよ、葵くんに!」

奏ちゃんと遼弥くんの言葉に心強くなった私は、力強くガッツポーズをして笑みを浮かべて見せた。

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