第41話

 ダンス部が撤退するのと入れ替わるように、私たちは合奏の隊形に並んだ。そして、穂香ほのかちゃんの指揮に合わせて、私たちは小編成編曲の“オーメンズ・オブ・ラブ”を演奏し始めた。ダンス部のときからその場を動かずに聴いてくれる人もいれば、演奏が始まってから足を止めてくれた人もいて、ダンス部と同じくらいとまではいかなくとも、多くの人たちが私たちの“オーメンズ”に耳を傾けてくれた。演奏し終えると、遼弥くんに続いて、みんなで両手いっぱいにビラを持った聴衆に向かって「ありがとうございました!」と頭を下げた。

 楽器を片付けて再び拠点に戻ると、そこに座っていたなぎさちゃんと杏理あんりちゃんが5、6人は集まっていた新入生たちの応対をしていた。

「あー、先輩たち、大変なんですよ!」と、渚ちゃんが嬉しそうな悲鳴を上げた。

「さっきから、どこか違う“オーメンズ”に惹かれて私たちのところに来てくれる人たちがいるんですけど、今2人じゃ応対しきれなくて!」

杏理ちゃんが助けを求めてきたので、私とかなちゃんも新入生の応対に当たった。どうやら、私たちの意図した「みんなが知ってる大編成のとは違う“オーメンズ”で興味を引こう」という作戦は大いに功を奏したようだった。

 そのとき、私たちの後ろ…4号館のほうから、何やら音楽が聞こえてきた。見てみると、そこには吹奏楽で使われる楽器が木管から金管まで15人ほど揃って、何か演奏していた。もちろん、足を止めて聴いている人もいた。

「あの…あれも吹奏楽部ですか?」

1回生の女性が私に尋ねてきた。私は答えを知っていたけれど、戸惑って上手く回答できずにいた。そこに、杏理ちゃんが説明してくれた。

「ああ、あの人たちはアンクラ…アンサンブルクラブっていうんだ。吹奏楽ではなく、その名のとおりアンサンブルを演奏するサークルなの。実は私も数カ月前までアンクラにいたんだけど、私がいたときはああいう、吹奏楽を小さくしたようなことはしてなかったのよね。だから、私たちもみんな驚いているの」

杏理ちゃんが話してくれている間に気を取り直した私は、付け足すように1回生たちに言った。

「最近、アンクラがぱっと見、私たち吹奏楽部と区別がつかないようなことをしてきてるんだけど、この大学にある吹奏楽部は正真正銘、私たちだけよ。だから、もし吹奏楽をしたいって思ってくれたんだったら、私たちのところに来てくれたら嬉しいな!」

 この後、私は幹部の3回生で集まって、アンクラの動きについてあれこれ話をした。7号館での演奏中に渚ちゃんにも残ってもらっていたのは元アンクラの杏理ちゃんだけだとアンクラから何か仕掛けられそう…という心配をしてのことだった。渚ちゃんからの特に変わったことはなかったという報告はあったけれど、それを差し引いてもあのアンクラにしては大人数でのパフォーマンスにはみんなで頭を抱えていた。そんな中、ふと、奏ちゃんがハッとしたように口を開いた。


「ねえ…もしかしてアンクラも、やっぱり吹奏楽がしたいんじゃないかな…?」


それを聞いて、私の頭の中に、難しいパズルが解けたときのようなスッキリしたものが降ってきた。

「奏の言うことも多少はあるかもしれないな。だけど、だったらなんで直接、俺たちのところに掛け合ってこないんだろうな?」

深くうなった後で遼弥りょうやくんが言うと、私はなんとなくの推測でこう言った。

「それは…アンクラがかつて吹奏楽部での大規模な仲間割れが起きたときに出来たものだっていう歴史があるし、今まで互いに関わらないようにしてきたから、それを気にしてるんじゃない?」

「じゃあ、恐らくいると思われるアンクラからのスパイの意味はなんだろうね?」

渋い表情と落ち着いた声で、まもるくんが私たちに投げかけてきた。

「まだ俺たちには分からないことが多いな。じゃあさ、仮にアンクラが俺たちと一緒に吹奏楽をしたいって言ってきたら、俺たちとしてはどうすべきなんだろうな?」

遼弥くんの問いかけにしばし考えると、私は思ったことをそのまま述べた。

「きっとね、アンクラのほうも悩んでいると思うの。私としては吹奏楽を一緒に楽しめる仲間が増えるから嬉しいけれど、単純に再び吹奏楽部とアンクラがひとつになって終わり、ではなさそうだよね。それより、アンクラのこともだけど、私たちと一緒に吹奏楽を演奏したいっていう新入部員が一人でも多く来てくれることを祈りましょう!」

この私の発言に、一同がにっこりと笑ってくれた。なんとなく、私は嬉しかった。今日の会合はここでお開きになった。

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