第35話

「よし、次は、それで“立派な演奏”が出来上がったとして、どうやって学生課に証明するのか考えないとな。何か意見ある人!」

遼弥りょうやくんの投げかけに、かなちゃんが応えた。

「それなら、私たちなりの“立派な演奏”を完成させて、学生課の人に見に来てもらおうよ!」

そこに、私もひとつ提案した。

「奏ちゃんの言ったことを実行するなら、アンクラの押しに負けちゃう前に、できるだけ短期間でやるべきだよね。そう…あと1週間後には見せられるくらい、かな」

「じゃあ、そうなると、これから1週間は練習の日を増やさないといけないな。でも、アンクラに勝つためなら頑張れるよな!」

遼弥くんが言うと、みんなと私は「うん!」「はい!」と力強く反応した。

 そして私たちは、学生課の人を呼ぶ1週間後の金曜日までに本来の練習日は今日を除くとあと3回だけど、前日の木曜日も加えて4回に増やすことを決めた。さらに、短期間で音量を鍛えるためには具体的にどうするか考えて練習メニューを組んだ。それから練習場に戻り、他の10人にも話し合いで決まったことを伝えた。遼弥くんが「アンクラに勝つぞ!」と声を張ると、私たちは「オー!」とグーにした手を上へ伸ばした。何だろう、この、まるで吹奏楽コンクールへ出場するかのような気合いと団結力は。でも、私たちにとってはアンクラに勝つことが、コンクールと同じくらい熱いことだった。


 金曜日に学生課の人に私たちの演奏する校歌を見てもらってから、週が明けた。管楽器のみんなは今日も音量強化のためのトレーニングメニューを続けていて、今は中腰でマウスピースに息を吹き込んでいる時間だった。そこに、遼弥くんが学生課から戻って来た。遼弥くんは「注目!」と叫んで、私たちは手や口を止めた。

「卒業式と入学式での校歌演奏の件だけど、アンクラとの勝負は引き分けってところになりました。具体的には、俺たち吹奏楽部全員にアンクラからの賛助を足して演奏する方向でまとまったそうです。サックス以外の管楽器全パートに1人ずつ、ホルンとトロンボーンは2人、賛助が来ると思っといてください」

言い終えた遼弥くんの表情は、安堵と悔しさが混ざったようで複雑に見えた。

 「実梨みのり、ちょっとこっち来い」

練習終わりのミーティングの後、私は遼弥くんに呼ばれた。奏ちゃんとまもるくんも呼ぶと、遼弥くんは私たちを部屋の隅のほうへ寄せた。

「アンクラのことなんだけどな、俺はちょっと気になることがあるんだ」

遼弥くんの一言に、私たちは激しくうなずいた。

「アンクラはどんなに部員が増えても、今まで絶対に編成の大きな吹奏楽をやってこなかったこと、だよね?」

奏ちゃんが言うと、葵くんも続いた。

「それなのに突然、俺たち吹奏楽部の代わりに校歌を吹奏楽で演奏させろ、と学生課に交渉してきた。そこに何か、アンクラの意図があるんだろうかって引っかかるね」

「アンクラって、時々私たちと対立はしたけど、極力お互いに関わらないようにしてきたよね。だけど、今はちょっと注意深くアンクラのことを見ていたほうがいいかもね」

私の発言に、みんなは首を縦に振った。

「悪意のなくアンクラから吹奏楽部に移ってくれた杏理ちゃんには悪いけど、何かアンクラの動きとか気になることがあったら、俺たちで共有しておこうな」

遼弥くんがそう締めくくって、私たちは解散した。

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