第30話

 私とまもるくんは一枚1000円のゴンドラ券を割り勘で購入し、あまり順番を待たずに観覧車に乗ることが出来た。少しずつ目線が高くなっていくゴンドラから西側を眺めると、さっき葵くんと並んで自転車を押していた花園通りのライトアップがキラキラと輝きを放っていた。北側に見える松山城もライトアップしていて、そんな眩しい松山の夜景に囲まれながら私たちは頂点へ向かっていった。互いに眺望を堪能している間の沈黙さえも私には心地よく感じた。最初の5分くらいが経った頃、私は向かい合って座っていた葵くんを呼んだ。何か考え事をしながら遠くを眺めていたのか、葵くんの名前を3回呼んでようやく気付いてくれた。

「葵くん、今日は来てくれてありがとう。私、すごく嬉しかったよ」

葵くんは照れた様子で反応した。

「ああ、俺も楽しかったよ、ありがとう」

「私、また葵くんと二人でこんな景色を見られたらいいなって思うよ。ううん、もっと他にもいろんなところに葵くんと行きたい!」

私の発言に、葵くんがどことなく身構えてしまっているのが伝わってきた。いよいよ、この一文を告げるときが来た。この瞬間のために、ここまでの全てがあったのだ。なんだか緊張してきた。


「葵くん、私は葵くんのことが恋愛感情として好きです。だから…私と真剣にお付き合いしてください!」


ああ、言っちゃった。もう元には戻れない。すごくドキドキしている。葵くんも顔が真っ赤に染まっている。私の想い、伝わったかな。

実梨みのりちゃん、ありがとう。実梨ちゃんの気持ちは確かに受け取りました。でもごめんなさい。今は…まだ付き合うとか、そういうことを俺が考えられないんだ」

葵くんは静かに答えた。うなずく私を見ながら、葵くんは続けた。

「実梨ちゃんとこんな風にしていることは楽しいし、嬉しいよ。だけど、それは恋愛的なものとはまだ何か違う感情…な気がするんだ、俺の中では。それは、華英はなえちゃんに対しても同じことが言えてて、だから余計に自分の気持ちが分からない。なので、自分の気持ちがはっきりするまで、もう少し待って欲しいんだ。それで…いいかな?」

葵くんの答えを聞き終えたときには、ゴンドラはもう頂上から下り始めていた。

「私は、いつでも待ってるよ。葵くんが私とその気になってくれる日が来ること。だから、急がなくてもいいから、ゆっくり答えを出してね。私の気持ちを受け止めてくれて、ありがとう」

葵くんにそう言い終えた私は、ショックというよりはむしろホッとした。ある種のモヤモヤから解放されたからだろうか。

 それからの葵くんと私は、特に気まずい雰囲気になることもなく、ただとりとめのない話をしていたかと思えば突然静まり返ったり、またどちらからともなく話し始めたりという具合で地上に戻ってきた。そして、行って来た道を戻って、私は葵くんと別れた。楽しかったようで切なく、でもこれからまた葵くんの本命になれるように頑張ろう、という決意を、家路につきながら冬の夜空へ誓った。

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