第26話

 このあと、主将の遼弥りょうやくんが簡単に挨拶して、「カンパーイ!」の音頭を上げた。それに合わせて、みんなも「カンパーイ!」とグラスを上げた。私もまもるくんとグラスを合わせたけれど、一番に華英はなえちゃんと乾杯していたのには胸が締め付けられる思いだった。

「うえっ…これが…大人の味、か…俺はまだまだ子どもだな…」

人生初のお酒に自らビールを選んだ葵くんは、とても渋そうな顔をした。

「葵くん、オットナー!」と私ははやし立てた。華英ちゃんも「なんか階段登りましたね!」と半分からかった。

「だから…全然…大人じゃないって…早くこれ飲んで、次の美味しそうなヤツを飲みたい…げふぅ」

そう言って、葵くんは最初の一杯の残りを一気に飲み干した。

 ふと左を見ると、真織まおりちゃんが飲んでいたのはカルピスだった。「あれ、真織ちゃんって未成年?」と私が尋ねた。

「あ、私ね、誕生日は12月半ばなの。だからあとちょっとの辛抱なんだ。実梨みのりちゃんはもう飲めるんだね、お酒!」

「私は、誕生日が6月だから、とっくにね。まあ、ビールとか日本酒は苦手で、専らチューハイやカクテルだけど!」

それから私は、真織ちゃんが穂香ほのかちゃんと同じ高校出身でしかもそれが超進学校かつ吹奏楽の実力校だということを聞いて、ほへぇ、となった。しかしその間も、度々チラリと葵くんのほうを見ていた。すると真織ちゃんは、クスッと笑いながらこう言ってきた。

「なに、実梨ちゃんって恋する乙女、なわけ?」

いきなりストレートに打たれたその言葉を聞いて、私はただカクテルを飲んだだけじゃないほどに顔が熱くなった。なぜだか葵くんまで顔が真っ赤になっていた。初ビールの酔いが回ってきたのか、それとも真織ちゃんの発言に動揺しているのか。

「わあ、実梨ちゃん、分かりやすくて可愛いわー!」

真織ちゃんはさらに私を過熱させた。なんだか私のリアクションを楽しんでいるようにも見えた。するとそこに、知奈ともなちゃんが嬉しそうに口を挟んだ。

麻乃あさのから聞いてましたが、これが噂の、実梨先輩の恋するキラキラパワーなんですね!想像以上に眩しいです!」

「ええー麻乃ちゃん、そんなこと言ってたの?恥ずかしいじゃん!」

私は穴があったら入りたいくらいの気持ちになった。むしろ華英ちゃんのほうが輝いているような気がするのだけど。

「それで、実梨先輩に負けないくらい華英ちゃんもキラキラしてて、それが部内に伝染してみんなメイクでキラキラし始めたって、メイクをした麻乃に初めて会ったときに聞いてました!」

知奈ちゃんの言葉の続きに、私は全身がやけどしそうだった。ああ、これは駄目だ。

「よし、それなら僕が華英ちゃんをもっともっと眩しくしちゃいますよ!」

唐突に、じっと聞いていた慶太けいたくんが目を輝かせて言った。

「僕、学園祭のコラボステージ見てて、華英ちゃんに一目惚れしちゃったんです!それで、華英ちゃんと一緒ならまたサックス吹きたい、吹奏楽やりたいって思って入部したんですよ!不純な動機ですみません、ってことで華英ちゃん、よろしく!」

そう語る慶太くんもまた、とても熱くて直視できなかった。華英ちゃんは微笑みと苦笑いが混ざったような表情で、「慶太くん、ありがとう」と言った。

 そんなみんなのキラキラが合わさってギラギラしている様子を、葵くんは「ああ、これうめえ」とホッとした顔でファジーネーブルを飲みながら見ていた。私は葵くんに声をかけた。

「葵くん、美味しい?初めてお酒飲んでしんどくない?」

「ああ、うん、こんなジュースみたいなお酒なら普通に飲めるよ。やっぱり俺の味覚はまだまだ子どもみたいだ。ちょっとだるくなってきたから、これで今日はお酒やめとくよ。ありがとうね」

そう話していたときの葵くんの優しい笑顔に、私はまた胸がドクンドクンし始めた。葵くんへのときめきが、お酒に乗って体内を巡っているようだった。そして私の視線を葵くんから右に逸らすと、華英ちゃんが切なそうにこちらを見ていた。なんとなく勝利したような、でも苦しいような複雑な気分だった。

「あー、なに葵先輩見てるの、華英ちゃん?そのキラキラ視線ビーム、もっと僕に向けてよー!」

慶太くんは言いながら華英ちゃんの左手首を優しそうに掴んだ。

 私たち吹奏楽部は、また一段と賑やかに、そして眩しくなりそうだ。

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