第25話

 それから、届いたばかりの楽譜をパートごとに分けて麻乃あさのちゃんから配ってもらった。すると、私が持っている楽譜を背後からのぞき込んできたかと思うと、紗絢さあやちゃんがすごく嬉しそうにニヤニヤしながら「実梨みのり先輩!これって!」と声をかけてきた。

「これ!小編成だけど“オーメンズ・オブ・ラブ”じゃないですか!やったあ、嬉しい!」

そう、急激に部員が増えたことで、私たちはなんとか、最低限の小編成吹奏楽が成り立つ人数になった。おかげで、紗絢ちゃんの夢の第一段階を叶えてあげることができたのだ。

「それで、紗絢ちゃん、ドラムと鍵盤、どっちがいい?せっかくだから、好きなほうを選んでいいよ」

私の言葉に、「わあ、迷うなあ」と紗絢ちゃんは楽しそうに悩んだ。そして、口角と目尻を思いっきり上げて、「鍵盤にします!」と答えを出した。

「でもやっぱり、いつかは大編成のオーメンズもやりたいです!その時が来るといいなあ!」

そんな紗絢ちゃんの顔には希望が満ちていたように、私からは見えた。

 「それじゃ、今が18時5分なので、各自18時40分までに大街道入口への移動をお願いします!」

しょうくんがみんなに呼びかけると、私たちは雑談もほどほどに練習場を出て駐輪場に向かった。これから、一度に7人も増えた部員を歓迎し、親睦を深めるための今年度二度目、4月の末にも一度あったはずの吹奏楽部での新歓コンパをすることになっている。そのために土曜日にしては練習開始時刻を遅くして、終わったら一斉に会場へ移動するようにしたのだった。

 今日はお酒を飲むのが前提なので、2回生はみんなで路面電車に乗って大街道へ移動した。そのとき、私は意図せずしてまもるくんの右隣に座った。わずか10分ほどの時間だったけれど、特に何か会話したわけでもなかったのにドキドキした。時々、電車の揺れで肩がぶつかると、なんだか私の気持ちが伝わっちゃいそうな感覚になった。

 「はーい、これで全員揃いましたね!では移動しますよ!」

翔くんを先頭に、私たちはぞろぞろと歩き始めた。そういえば、電車を降りた流れで、私は葵くんのすぐそばを歩いている。電車ではかなちゃんと話していたけれど、これって葵くんと話をするチャンスかもしれない。

「ね、葵くん、今日って20歳になってからお酒飲むの、最初?」

私は思い切って声をかけてみた。

「うん、そうだね。別に自分で市販の缶入りビールやチューハイとか買ってないし、こういう機会でもなければなかなか飲まないし」

葵くんはいつも通り、落ち着いて話した。でもなぜか、なんとなくだけど若干照れているようにも見えた。

「じゃあ、なんかオトナの仲間入りって感じだね!」

私がこう言うと、葵くんは頭をポリポリ掻きながら笑って返事した。

「いやあ、そんなたいそうなものかな。でもまあ、俺は一応、今日まで一度もお酒に口を付けたことがないからね」

そんな葵くんの横顔が、今はすごく愛おしく見えた。私は葵くんを褒めてみた。

「わー、葵くんって超優等生だね!お酒デビュー、ドキドキじゃん!」

「そうかな。まあ、初めて飲むお酒、楽しみだよ」

そうかな、と言った時の葵くんの照れ笑いに、私は思わずキュンとなった。

 「じゃあみなさん、席決めるんでくじを引いてください!」

そう言うと、なぎさちゃんは数字が書かれたくじの入ったレジ袋を一人ひとりに差し出し、みんなが順番にその中に手を入れて紙切れをつかみ取った。その結果、私の席は右隣に知奈ともなちゃん、左隣に真織まおりちゃん、真向いに華英はなえちゃん、右斜め前にバリトンサックスの新入部員の慶太けいたくん、左斜め前に葵くん、という場所になった。

 幹事の渚ちゃんと翔くんが注文を聞いて回っている間、私はどうするかしばし考えた。ここは新入部員たちとの親睦を深めるチャンス。でも近くに葵くんがいて、だけどその隣が華英ちゃんで…。と考えているうちに、私の目の前に抹茶ミルクカクテルが運ばれてきた。葵くんを見ると、人生初のお酒は瓶ビールだった。

「葵くん、ビールだね。いきなりオトナにジャンプしたね」

私は茶化しを入れた。葵くんはくしゃくしゃに笑いながら言った。

「いやあ、ビールってなんか飲めたらカッコいいなー、なんて単純な憧れだよ」

そんな葵くんに、華英ちゃんが「きゃー、カッコいいー!」と、突っ込んだ。

「まあ、華英ちゃんもハタチになったらね。とりあえず俺がどのくらい大人になったか、これで試してみるよ」

その葵くんの発言は、やたら眩しく見えた。

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