第17話

 私がインターホンの呼び鈴を鳴らすと、玄関扉が開いて出てきたのは遼弥りょうやくんだった。「えーまもる先輩じゃないんだー」と華英はなえちゃんがクスッと笑った。「悪かったな、俺で」といじけ笑う遼弥くんは、私たちが全員中に入るまで外から扉を引っ張っていてくれた。

 葵くんの居室は、ブラックとホワイトにグレーが絶妙なバランスで配色された、クールでモダンな印象だ。そこでしょうくんとなぎさちゃんが部屋中をきょろきょろと見回して、一生懸命に“秘密”を探していた。

「ねー、ここが怪しそうだよ、翔?」

渚ちゃんが、備え付けクローゼットの隣に2つ並べて置かれていて一段ずつにグレーの布でカーテンをかけられた黒い3段カラーボックスを指さした。

「だよなー、俺もさっきから思ってたんだ。葵先輩、ここのことですか?」

翔くんにそう聞かれた葵くんは、「秘密なんかないって」と苦笑する。

「ピンポーン、大当たり。そこにはな、エロ本…じゃなくて、各種ゲーム機やアニメ、漫画が隠されているんだ」

遼弥くんからの暴露に、へえー、と1回生たちが目を見開いた。知らなかった。落ち着いていてしっかりしていて優しい、みんなのお兄さんって感じの葵くんが、いわゆるオタクの部類に入っているなんて。本当に意外だなあ。

「別に隠してるとか、秘密にしているつもりもないんだけど。ただ、部屋をスッキリと見せるためにこうしてるだけだよ」

そう言いつつも、葵くんはどこか恥ずかしそうに笑っていた。

 それから私たちは、試作&試食会を始めた。まず、タコ焼きとホットケーキのミックスそれぞれに卵を割って入れるところから始めたのだけど、これがなんとなぎさちゃんの手つきの慣れ具合に思わず見とれてしまった。

「だって、趣味でお菓子を作るのに卵は欠かせないじゃないですか!」

そういえば、渚ちゃんは時々、お菓子を作っては練習に持ってきて私たちに配ってくれていた。その一つひとつが美味しいわけだけど、そういうわけか。そしてタコ焼き用のキャベツは、これまた料理が趣味というかなちゃんが手際よく刻んでくれたので、ここまででは私の出る幕がなかった。

 そして、2台のタコ焼き器を並べて、片方ずつタコ焼きとホットケーキのたねを流し入れた。すると、私は後輩たちから感心を浴びることになった。

実梨みのり先輩、タコ焼きをひっくり返すのすごく上手じゃないですか!」

そう、生粋の愛媛育ちの両親がいる私の実家ではなぜか定期的に、タコ焼きを作って食べていたのだ。そのせいか、必然的に私はこの作業が上手くなってしまった。

「あ、それ私もそうでした!」

見ていると、麻乃あさのちゃんがひっくり返したタコ焼きやホットケーキも、とても美しい。

「じゃあ実梨ちゃんと麻乃ちゃんは、当日は作るの専門だね!」

葵くんに言われて、私はなんだか照れてしまった。

 しかし、ここで気が付いた。長方形をしたテーブルの長辺の端に座る私の向かいには葵くんがいるけれど、その隣、短辺側に華英ちゃんが座っていた。華英ちゃんは狙ってそうしているの?それとも偶然?いや、華英ちゃんは葵くんのことが好きなんだから、きっと狙って、だよね。それに、私がメイクをレクチャーしてからの華英ちゃんは、とても積極的に葵くんにアタックするようになった。おまけに葵くんと一緒にいるときの華英ちゃんはすごくキラキラしている。これが、恋する威力なんだね。

 深夜1時を過ぎて、私たちはお開きになった。平和通りには昼間の喧騒の面影もなく、それでも時々は車が通りすぎる。そんな通りを私は自転車で東に走った。歩行者信号が赤で止まったときにふと、紗絢さあやちゃんにささやかれた声が頭をよぎった。

「もう、うかうかしてると華英に葵先輩を持っていかれちゃいますよ?」

みんなのお兄さんの葵くんが、華英ちゃんの特別なものになる?それって、なんとなく寂しい。いや、なんとなくじゃなくてすごく。その特別なものに、葵くんから見て私がそうなることはできる?華英ちゃんは、できないかもしれなくともそうなるための努力をしている。それなら、私にだってできるはずだ。私が、葵くんの特別になりたい。そうだ、これは恋の予感だ。もう予感じゃなくて恋かもしれない。ううん、そんな言葉でごまかすのはやめよう。私は葵くんを好きで、恋をしているんだ!

おぼろ月のグラデーションに照らされながら、私は自分の気持ちに正直になった。

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