第16話

 ふと、まもるくんと話している華英はなえちゃんに目をやった。長身でスタイル抜群の華英ちゃん。同じく長身でモデル体型な葵くんと並んだ姿がやたら眩しく見えた。整った顔立ちの二人が、絵になる、というかお似合いって感じがした。あ、何やってんの、私。もしかして、華英ちゃんに嫉妬…してる?

「あー、もしかして実梨みのり先輩も葵先輩のこと、気になってるんですか?」

突然、左耳の近くで紗絢さあやちゃんのささやきが聞こえた。

「さ、紗絢ちゃん。私は、別に、その…」

「もう、うかうかしてると華英に葵先輩を持っていかれちゃいますよ?」

そう笑いながら、紗絢ちゃんは練習に戻っていった。そうだ、私も練習しなきゃ。書道パフォーマンスと歌に合わせる、大事なビートを私が担っているのだ。

 しかし、ドラムセットの前に座っても、私の心はどこか楽譜とは違う方向にあった。やっぱり、どう考えても華英ちゃんは葵くんのことが好きだ。それで、もっと素敵な自分を魅せようと頑張っている。では、私は?確かに、何度も葵くんにドキドキしてるし、なんとなく意識してしまうことも多かった。それに、葵くんが華英ちゃんと絡んでいるところを見ると、どこか心が落ち着かなくなる。現に、今もそうだった。完全に、華英ちゃんにヤキモチを焼いてしまう。これは…恋なのか?それとも違う何か?だとしたらこの感情にはどんな名前が当てはまる?駄目だ、ドラムを刻みながら考えても正常な判断が出来るはずがない。もしかしたら、また自分のリズムに増幅させられているだけかもしれない。

 「じゃ、俺は一足先に帰って準備するから」

練習が終わると葵くんは、談笑する私たちから離れて練習場を後にした。これから、葵くんの家を借りて学園祭のバザーで出すタコ焼きとホットケーキの試食会をすることになっていた。ついさっきまで同じ空間にいて、バザー説明会まで一緒だったのに、私はなんとなく寂しくなった。どうせまたすぐに会えるのに。葵くんの準備の都合で、いつものように使用可能時間の終わる21時ぎりぎりまでみんなと戯れていたけれど、その間も私の思考は練習場からどこか離れたところ…一足早く葵くんの家に行っていたようだった。

 葵くんの家は大学から見て南西にあたる、東西に伸びる平和通りと南北に走る本町通りという大きな2つの通りの交差点が近いところにある。交差点の北東に7階建てで築20年くらいの、茶色いマンションの5階、階段やエレベーターに一番近い部屋だ。以前一度だけ何かの機会で行ったことがあるけれど、大学生が一人暮らしするには広すぎるくらいの1DKで、しかもインテリアもお洒落だったと記憶している。

「でも俺は知ってるぜ。葵の部屋の洒落たインテリア収納の裏に秘密が隠されていることをな」

茶色いマンションに到着して自転車を止めながら、遼弥りょうやくんがニヤッと笑って1回生たちに話した。それを聞いたしょうくんは目をこれ以上ないくらいに開いて食いついた。

「何、何ですか!?知りたいですよ!」

「秘密って、そんなたいそうなものでもないよね?」

かなちゃんが苦笑いした。そういえば、私はそんなの聞いたことがなかった。

「え、奏ちゃんも知ってるの!?」

「そっか、実梨ちゃんは知らないんだっけ。なんというか、大げさなものではないけど、ちょっと意外なことかな」

何だろう、ものすごく気になる。私の知らない葵くんの一面、かあ。すごく知りたくて、ドキドキする。

「まあ、のちに分かるさ」と遼弥くんが言っているうちに、小さなエレベーターが1階に降りてきた。一度に9人全員は乗れそうにない。葵くんの部屋を知っている2回生は二手に分かれ、遼弥くんと奏ちゃんが先に翔くんとなぎさちゃん、麻乃あさのちゃんを連れてエレベーターに乗った。それを見送った私は華英ちゃん、紗絢ちゃん、美空みくちゃんと次を待っていた。

「あれ、そういえば、紗絢ちゃんと美空ちゃんは家が遠くなかったっけ?帰れるの、おうちの人は大丈夫?」

心配して私が尋ねると、紗絢ちゃんがにこっとして答えた。

「大丈夫です、私たちは華英の家に泊まることにしてます!」

「親には言ってあります、心配ありがとうございます」

美空ちゃんも満面の笑みで言った。

「今日はパジャマで一晩中ガールズトークですよ、めちゃくちゃ楽しみなんです!」

そう華英ちゃんが言うと、紗絢ちゃんと美空ちゃんもイエーイ!と言いつつ、エレベーターに乗った。

「なんなら実梨先輩もどうです?私たちのパジャマパーティ!」

華英ちゃんからのまさかのお誘いに、私は遠慮しておいた。あら残念、と紗絢ちゃんが少ししょんぼりしていると、5階でエレベーターの扉が開いた。

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