葵くんの特別

第15話

 11月下旬の学園祭当日まであと1カ月を切った。今日は第2回のバザー代表者説明会だ。まもるくんと互いのパーソナルスペースを超えた至近距離になるのを想定して、思い切って今日はスペシャル…勝負用アイテムでメイクしてみた。って、ここまでして私、馬鹿みたい。まだ自分の気持ちが恋なのかですら、よく分かってないのに。

 今日は事前に、掲示板前の3号館側で、と打ち合わせしていた。なので、第1回のときのようなことは起こらない、はず。私のほうが早く到着して、ぼーっと行きかう人々を見ていた。今日は少し強めの風が吹いていて、夕焼け空に浮かぶ雲を流していた。すると、5分くらいで葵くんの姿が見えた。ところが、こっちに向かって歩いてきた葵くんは風に乗ってどこからかやってきたジュースの空っぽになった紙パックにつまずいてしまった。なんとか体勢を立て直して私のほうに近づいてくるけれど、私のほうからも葵くんに向かって一歩踏み出したのと同時くらいに葵くんは私の背後の掲示板に勢いよく右手を突いた。その拍子に、私は葵くんとぶつかってしまった。私は口から鼓動が飛び出そうなほどだったけれど、後ろによろける葵くんの左側から手を回して支えた。

実梨みのりちゃん、なんか心配かけた上に驚かせてごめん」

申し訳なさそうに葵くんが言った。私は葵くんを気遣った。

「いえ、それより足首や右手は大丈夫?」

「俺は大丈夫だよ」と言うと、葵くんはようやく普通に歩けるようになった。そして、教室に向かっている間も、互いに歩調を合わせていた。

 教室に入ると、私のほうから出入り口近くの列の奥側に座り、葵くんは私の左に座った。

しまった、今回は1マス分のスペースが葵くんとの間にできてしまった。それにしても、さっきのはまさに壁ドン、だった。まあハプニングからの偶然なんだけど。ぶつかったときは、私の胸のドキドキが葵くんに伝わっちゃうんじゃないかって思った。おっと、もうすぐ説明会が始まりそうだ。今日は真面目に聞かなければ。

 「ところで実梨ちゃん」

説明会が終わって席を立った葵くんが口を開いた。

「なんか今日…いつもと印象違うよね?」

やったあ、気付いてくれた。でもそれはそれでドキッとした。

「分かってくれたんだ?嬉しい!」

「いや、その、どこがどうなのかはよく分からないんだけど…でも、なんかいい感じだね」「ありがとう、葵くんは十分、違いの分かる男だね」

この後、私たちは吹奏楽部の練習に向かった。練習場の中に入った葵くんは、一瞬目を泳がせてから少し伏目になった。

「ん?まだ慣れないの?」と、私が葵くんに尋ねた。すると、葵くんは照れた様子で答えた。

「いや、遼弥はだいぶ目が慣れてきたっていうんだけど、俺はまだ直視できないや。なんかこう、みんなが眩し過ぎてさ」

そこに、華英はなえちゃんが笑いながら後ろから声をかけてきた。

「もう、葵先輩ったら。男性側の目が慣れてくれるまでは、女性側も緊張が解けませんよ」

「っていうけど、そもそものきっかけは華英ちゃんじゃないか」

そう葵くんに言われた華英ちゃんは、急にうつむいて、声をワントーン落として続けた。

「だ、だって…女の子は誰だって可愛く、綺麗になりたいですよ…ね、実梨先輩!」

私を呼ぶときだけ、華英ちゃんはまたハッキリとした声に戻った。私は微笑ましく思いながら、返事した。

「もう、私に振らないでよ、華英ちゃん」

 何が慣れる、慣れないって言っているのかというと、女性陣のメイクについてだ。体育の日に華英ちゃんが初めてメイクをして練習に来たのをきっかけに、その次の土曜日に私はメイク講座をもう一度開いた。そして月曜日に、それまでロクにメイクをしたことのなかった女性陣全員がメイクをして練習に現れたので、男性陣の葵くん、遼弥りょうやくんとしょうくんは揃って「みんながキラキラしすぎてまともに見れない」と言っていた。おかげで、みんなからは「男性陣が目を合わせてくれません!」と相談される始末だった。それから今日はまだ2回目の練習なので、男女ともに照れと戸惑いが残っているのも仕方がなかった。ただ、もっと前からメイクをしていた私だけは話が別らしいのだけれど。

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