メイクのキラキラオーラ

第12話

 「実梨みのり先輩、お願いがあります!」

今日もいつも通りに練習が終わって、みんなで練習場に残って他愛もない話をしていた。そこで私がトイレのために立ち上がって部屋の外に出ようとしたときに華英はなえちゃんが追いかけてきて、もじもじしながらも唐突に、こう切り出してきたのだ。

 華英ちゃんは長身で、女性の平均身長に少し届かない私を見下ろすような形で話をしている。私は男性と話すときと同じような感覚で見上げて、はい何でしょう、と返した。

「私に…メイクの仕方を教えていただけないでしょうか!?」

そう言うと華英ちゃんは、やたら丁寧すぎるくらいに腰から一直線に、頭を45度並みに下げた。それだけ真剣にお願いされているのだろうか。

「それはいいのだけど、私の自己流でテキトーなメイクでも大丈夫?」

「全然構いません、それはもう!ありがとうございます!」

華英ちゃんは溢れんばかりに嬉しそうだった。

 しかし改めて考えてみると、私は何のためにメイクをしているのだろう?大学に入ったばかりのころの私は、メイクはおろかファンデーションすら塗っていなかった。だけど、必修講義で見かける同じ1回生だった女性たちが、決してみんなではないけれどメイクをしているのを見て、なんとなくすっぴんが恥ずかしくなった瞬間は今でも覚えている。もうすぐ梅雨、という時期だった。そのなんとなくから始まった私のメイクは、いつしか慣れとともに惰性が混ざるようになっていった。そんな私のメイクを、人に教えてよいものなのだろうか?そんなことを思いながら、私は夜風が冷えてきた中を自転車で走っていた。

 帰宅した私は真っ先に自分のメイク道具をローテーブルの上に広げた。その中には、日常的に使っていてだいぶ古されているものに、ここぞ、というときにだけ使うまだ新しく見えるものがあった。そういえば、ファッションやビューティについての記事が載った雑誌を読まないから、私も最初は吹奏楽部の先輩たちにメイク方法を習ったんだった。そこで、お金に余裕があるなら普段用に加えてスペシャルなメイク用もあった方がいいって言われて買ったのだっけ。ただ、スペシャルなメイク…勝負用、とも表現されてたけれど、その使い時がピンとこなかった私は演奏会のときにしか今まで使ってなかった。教えてくれた先輩たちはもう卒業されたけれど、こうして引き継がれるものもあるのかな。


 体育の日の前にある土曜日、練習が終わると私は街へ出て、ドラッグストアで華英ちゃんのメイク道具選びに付き合った。大学から街までは大きな通りを渡って、ロープウェー街と呼ばれるアーケードのない小さな商店街のような道を突き切るのが一番早い。だけど、この道は緩やかながらも坂になっていて、行くときは下り坂で楽な代わりが、帰りにツケとなって回ってくる。おかげで、10月のわりにやや暑い今日は、ロープウェー街を往復して華英ちゃんのマンションに着いたときの私たちが汗ばむほどだった。

 綺麗に片づけられたワンルームには、濃淡のあるピンクに少しのホワイトでまとめられたカラーボックスやファブリック。そんな華英ちゃんの部屋に、私はお邪魔します、と言って入った。

「では、実梨先輩、お願いします!まず、何からすればいいですか?」

ショッキングピンクのテーブルの前で一息ついた私に、華英ちゃんが尋ねてきた。

「そうね…まず、顔を洗おうか!」

華英ちゃんが終わると、私も洗面所を借りて自分のメイクを一旦洗い流した。汗だくでメイクが崩れかけているからというのもあるけれど、私が言葉で説明しつつ手を動かしているのを見てもらって、真似て自分の顔で試してもらう方が早いと思ったからだ。そして、メイク後の比較用に華英ちゃんを私がスマホで写真に撮ると、普段からファンデーションだけは塗っていたという華英ちゃんに普段やっているところまではしてもらった。

「できました!それで、今買ってきたものの中で一番最初に使うのはどれですか?」

「華英ちゃん、いきなりだけどスペシャル用アイテムの一つ…ハイライトパウダーが最初なのよ」

「わっ、いきなりスペシャルから!ワクワクします」

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