第4話

「言ってくれてありがとう、美空みくちゃん。でも、賛助を呼ばないで私たちだけで演奏会をするって遼弥りょうやくんの提案に、麻乃ちゃんと翔くんが賛成しちゃったから、言いづらくなっちゃったんだよね?」

私が声をかけると、美空ちゃんは強くうなずいた。

「まさに実梨みのり先輩が言ったとおりです。例会のとき、あそこで私が本音を言っちゃうと、話が難航するとかみんながやりたいのと違う方向にいっちゃうとか考えて、それなら私が我慢したほうがって思いました。そのうち、なんだか部活に行きたくなくなって、辞めようかなって考えになりました」

そこに、ずっと黙って聞いていた麻乃あさのちゃんが美空ちゃんに語り始めた。

「美空ちゃん、なんかごめんね。語弊があったみたいだから分かってほしいことがあるの。確かに私も翔くんも遼弥先輩に賛成したよ。でも翔くんもだけど、私は編成の大小にこだわってなくて、ただ楽器をみんなで演奏できるだけで嬉しいの。それができるなら、私は遼弥先輩が言ったような賛助を呼ばずに自分たちだけでっていうのでもいいって、そういう趣旨だったの」

切れ長でぱっちりした目を見開いて麻乃ちゃんに耳を傾けていた美空ちゃんは、ああっ、っていう表情をしたあとに口角を下げてしまった。すると、遼弥くんがどこかホッとしたように口を開いた。

「美空ちゃん、実は渚ちゃんと奏も、例会以来の練習に来てないんだ。きっと2人も、美空ちゃんと同じように悩んで来れなくなってるんだと思う。だからどのみち、改めて例会を開く必要があるんだ。そのときは、俺ももっとしっかりしてみんなの意見が反映されるように頑張るから。だから、吹奏楽部を辞めないでほしい。これはみんな思ってるはずだぜ」

そう言うと、そうだよな?と、遼弥くんがみんなの顔を見回した。うん!と葵くん、麻乃ちゃん、翔くんと私の声が勢いよく重なった。

 そこに、外側から扉がゆっくりと開いた。そして、見知らぬ女性が顔をそうっと覗かせた。

「すみません、ここは吹奏楽部の練習場で合ってますか?」

遼弥くんが、はいそうです、と答えると、その女性は失礼します、と言って私たちのいる方向に数歩、近づいてきた。

「あの、私、入部しようかなと思って見学に来ました。かまいませんか?」

みんなの顔の口角が、嬉しそうに上がった。遼弥くんが溢れんばかりの笑顔で答えた。

「もちろん、大歓迎です!あ、俺はテナーサックス担当で最近主将になったばかりの経営学科2回生、松前まつまえ遼弥です。えっと、あなた、名前は?」

「はい、経営学科1回生、キヤスサアヤです。楽器は、中高とパーカッションやってました」

「さあやちゃん、か。よろしくお願いします!おっと、パーカスなら、ほら、実梨!」

遼弥くんにほれ、と押し出されたので、私はさあやちゃんの前に出た。

「さあやちゃん、初めまして。私は社会学科2回生、末広すえひろ実梨です。今パーカスは…というか、全部のパートが各1人ずつしかいなくて、パーカスは私なの。よろしくね」

私の発言にびっくりしたさあやちゃんは、少し戸惑った様子だった。

「え…ということは、あの大編成のオーメンズが出来ない、ですよね…」

「ん、オーメンズ、って何だっけ?」

遼弥くんが首を傾げたので、私が助け舟を出した。

「それって、オーメンズ・オブ・ラブ、のことだよね。T-スクエア、ってフュージョンバンドのが原曲の、吹奏楽でも有名な曲でしょ?」

「そうです!私、オーメンズが大好きで、でもまだ演奏したことがないから、いつか演奏してみたいなって思ってるんです!だけど…こんなに人少ないんじゃ無理かな…」

楽しそうに話していたさあやちゃんは、元気をなくした。

「あ、美空ちゃん!」

突然、葵くんが声を上げた。

「よかったね、美空ちゃん。大編成でやりたい仲間が、また増えるかもしれないよ。だから、どうやったら部員が増えるか、これからみんなで考えよう、な?」

美空ちゃんが元気を取り戻した。

「はい!じゃあ、私、吹奏楽部を退部するの、やめます!あ、さあやちゃん、初めまして。実は私も経営学科1回生のトランペット担当、友近美空です。さっきまで吹奏楽を辞めようと悩んでたんだけど、まもる先輩、このメガネの人が言ってたみたいにこれからどうやって部員増やすか考えるらしいから、よかったらさあやちゃんの夢も叶えられるように互いに協力し合おう?」

「あ、はい、よろしくお願いします!」

 そして、みんなのLINEに、喜安紗絢、を登録した。

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