これ以上、誰も辞めないで…
第3話
8月下旬、臨時例会から10日が経った。今日は例会後から3回目の練習日だ。ところが、例会が終わってから一度も練習に顔を出さない部員が3人もいることに、来ていた私たち5人は気付いた。1回生の
「どうしたんだろうな。例会のときは誰も決まったことに対して異議がなかったのに」
「なあ遼弥、例会のとき、3人とも一度も発言しなかったよな。それでいて、どこか浮かない顔してたし」
「そりゃお前も同じだろ、葵」
遼弥くんが苦笑しながら突っ込みを入れた。
「それ言われたらおしまいだけど、俺は今のところちゃんと練習に来てるだろ?とにかく、本当は3人には何か、決まった方針に対する不満があるんじゃないかな」
「不満、か。でもなんで、それなら例会のときに言ってくれなかったんだろう?」
遼弥くんが文字通りに頭を抱えているところに、私は口を開いた。
「ねえ遼弥くん、麻乃ちゃんと翔くんは遼弥くんの意見に賛成してたし、自分はどうしたいって言ってたでしょ?なんとなくだけど、きっと3人とも、麻乃ちゃんや翔くんとは違う考えを持っていて、それを言っちゃったら吹奏楽部が余計に乱れるとか、そういうこと考えて悩んじゃってるのかも」
なんとなく、でここにいる私によく言えたもんだなあ、と我ながら思った。すると、私が言ったことを少し離れたところから聞いていた
「私、悪いこと言っちゃったんですか?」
「俺も、もう少しみんなのこと考えて言えばよかったです」
少しばかりしおれた様子の2人に、遼弥くんが元気づけるように言った。
「いや、できるだけみんなの意見を取り入れたいし、言ってくれて俺は助かったよ。本当は、乱すとか考えずにがんがん3人にも言ってほしかったんだけどな」
「それができないタイプの子もいるんだって、遼弥くん」
私の発言に、ああそうか、と反応した遼弥くんは、再び頭を抱え始めた。
「だったら、事態がこじれないうちに3人をどうにかしてやりたいな。本人たちと俺たちの両方のためにも、な」
そこに、誰かが入ってくる音と、こんにちは、という声が聞こえた。みんなと私が一斉に入口のほうを見ると、美空ちゃんがいた。
「美空ちゃん、みんな心配してたんだ。言いたいことがあるなら遠慮せずに言っていいからな」
遼弥くんが美空ちゃんのほうに足も声も駆け寄った。すると、美空ちゃんは一呼吸おいて、口を開いた。
「今日は、退部のあいさつに来ました」
先にいたみんなの顔がええっ、とか、はへーっ、という表情で凍り付いた。私も口と目を思いっきり開いてしまった。気を取り直したように、遼弥くんが美空ちゃんに問いかけた。
「美空ちゃん、それは本気か?」
「はい、本気です」
はーっ、と息と肩を落として、遼弥くんは黙り込んでしまった。それを見て、葵くんが遼弥くんの左肩に手を置いて、代わりに美空ちゃんに話しかけた。
「美空ちゃん、ちょうど今みんなで話してたところだったんだ。もし決めた方針と違う考えなら、そうと言ってほしい。言いづらかったかもしれないけど、どうして退部を考えるまでにため込んでしまったんだ?」
すると美空ちゃんはさっきまでのはっきりとした受け答えから一転、目を伏せて、それは…、と口をもごもごさせてしまった。
「大丈夫。美空ちゃんが何を言っても、俺たちは受け止めるから」
葵くんの言葉に、美空ちゃんは意を決したように向き直り、再び話し始めた。
「私、本当は大編成の吹奏楽曲がやりたいんです。そう、せめて35人はいるようなのが…。その一方で、一般の市民楽団って確かに大編成だけど、夏のコンクールに出るところばかりですよね。私、もうしばらくコンクールとは関係ないところで吹奏楽をやっていたいんです。その点、この吹奏楽部はコンクールに出ない方針で、それがいいと思ったから入部しました。だけど、ここではしばらく大編成の吹奏楽ができないと思うと物足りなくて…」
美空ちゃんはまたうつむいてしまった。
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