第六話 洋と鞠子と瞳子 その他ゲスト一名

 西園紅緒にしぞのべにおは動揺していた。

 笠井隆のほうから電話が、しかも午後十一時にかかってきたのは初めてである。

 その上、

「すまない。何も聞かずに部屋を貸してくれ」

 と、唐突に彼が言い出したためでもある。

「な、な、なんですって。ど、ど、どうして私が貴方なんかを部屋に――」

 何よこの馬鹿突然に、という怒りが半分。

 そんなまだ心の準備が、という戸惑いが半分。

 紅緒の頭の中で二つの想いが、ウロボロスの蛇のようにお互いを飲み込もうと虎視眈々とにらみあっていたところで、隆が言った。

「あ、ごめん。借りるの俺じゃない」

「は」

「俺の兄貴とその他三人」

「え」

「細かい事情は本人達から聞いてくれ。じゃあ、今すぐそっちに行かせる」

「な」

「有難う、恩に着る」

 紅緒は畳み掛けるタイプの物言いに弱い。隆の矢継ぎ早のセリフに対応しきれず、あたふたしている間に電話は切れてしまった。折り返し電話してみたものの、

「この電話は電源が入っていないか、電波の届かないところに――」

 というメッセージが流れて繋がらない。さては既成事実を作り上げてバックレるつもりだなと思い至ると、怒りが頂点に達した。

 手近なところにあった護身用の木刀が犠牲になる。

 そもそも、そんなものは紅緒には全く必要なかったのだが、襲ってきた相手が手に取って油断してくれるかもしれない、と穿うがった事情で置いてあったものである。

 紅緒は、それを怒りにまかせて真二つに叩き割った。

「次に会った時には、あなたもこうなる運命だからね。覚えておきなさいよ」

 未だ冷めやらぬ怨嗟えんさの炎に、室温が上がったような気さえする。

 まずは、あいつの兄貴に一言言わなければ収まらない――紅緒は手薬煉てぐすね引いて、待ち受けることにした。


 それから四時間ほど経過した午前三時頃。エントランスに来客があったことを告げるチャイムが、部屋に鳴り響いた。

 来たか――紅緒は微笑む。待ちきれずに腕立て伏せを三百回、腹筋を三百回、スクワットを三百回やった直後だった。しかし、玄関で恐れをなして逃げられたのではおもしろくない。

 そこで、

「どちら様でしょうか」

 という、最上級の愛想を豪華にまぶした応対をした。

 すると、インターホンから、

「夜分大変申し訳ございません。笠井洋と申します。弟の隆からご連絡は差し上げているかと思いますが、この度は誠にご迷惑をお掛け致します」

 という、落ち着いた男性の誠意に満ちた謝意の言葉が流れ出した。隆の兄のはずだが、随分物言いが違う。

 思わず、

「いえ、そんなことは御座いませんわ。今すぐ開けますから」

 と言いながら、オートロックの解除キーを押していた。

 この部屋はタワーマンションの最上階だから、エレベータで登ってくるのに多少時間がかかる。その間に、紅緒は消えかけた怒りの残り火を懸命にかきたてて、応戦体勢を整える。

 よし、来た。不動明王の業火ごうかもかくやという盛大さだ――そこで玄関のチャイムが鳴る。

「はあい」

 青白い炎が全身を包み込んでいるような気がしつつも、紅緒の言葉は平静である。女優としての研鑽けんさんは無駄ではなかった。ドアを開けたらまずは恨み事を一言。

 ノブを回す。

 扉が開いて――紅緒は声を失った。

 そこには、すっかり眠ってしまった小学生ぐらいの女の子を背中にしょって、なんだか申し訳なさそうな顔をしている白髪の中年男性と、日本人形のような綺麗な黒髪に富士額の落ち着いた女性、そして少々やつれた様子ながら、猫のような柔軟さを伺わせるショートカットの女性が立っていた。

 その意味の分からない取り合わせに、紅緒がしばし唖然あぜんとしていると、

「隆が無理を言ったようで、本当に申し訳ございません。昔から礼儀を知らないやつで。私、兄の笠井洋と申します。こちらは家内の鞠子で、もう一人は高段社の四月朔日さん。背中で寝ているのは私の娘の瞳子です」

 と、これまた矢継ぎ早に丁寧な挨拶をされてしまった。下手に出られては、そのまま玄関で談判する訳にもいかない。

「あ、その。まあ、ともかく部屋の中にどうぞ」

 紅緒はそのまま室内に案内してしまった。これでは隆の思う壺である。内心、しくじった、と思っていると、四月朔日という名前の猫のような女性が、紅緒の手を強く握った。

「本当に申し訳ございません。そして――とても助かりました」

 何やら深い事情のありそうな、真剣な眼差しに気圧されると同時に、俄然興味が湧いてきた。

 これはなにかある。

 トラブルの香りだ。

 ここで隆に貸しを作っておくのも悪くはない。

「さあ、お疲れでしょう。こちらにどうぞ」

 気持ちを切り替えた紅緒は、ホスト役に徹することにした。


「そんな――娘さんが人質に」

 紅緒のベッドを借りて瞳子を寝かせた後、洋は車を移動させるためにいなくなった。そのため、妻の鞠子から事のあらましを聞いた紅緒は、そのあまりの出来事に言葉を失った。

 まさかこんな大事件とは思わなかった。さぞかし四月朔日というこの母親は疲れていることだろう。

「大丈夫ですか」

 心からの労りの言葉をかけると、四月朔日は弱々しいながらも微笑んで、

「有難うございます。大丈夫です。こんなところで折れている場合ではありませんから」

 と言い切った。

 強い。自分とは別種の強さだ。これが母親という生き物の強さなのだろうか。

 残念ながら自分にはそれがよく分からない。

「しかし、あまり張り詰めすぎるのもよくない。今回はおそらく長丁場になると思うから」

 鞠子が冷静に、しかし冷たくならずに相手に配慮していることが分かるぐらいの穏やかさで言う。これも素晴らしい。なかなかこのような対応は、身につくものではない。

 聞けば元刑事だという。

 紅緒にとってはあまり望ましくない相手だ。彼女の表向きの職業は女優だが、裏は違う。そちらの職業は、国際的には条約があり合法であるものの、条約批准国ではない日本国内では微妙だ。

 黙認されているというのが実情であり、非合法と言えないこともない。だから、国家権力に対しては常に慎重になる。

 ところが、この笠井鞠子という女性は、そのような堅苦しいところがなかった。

 話をまとめてみると、要するに自分の夫が犯罪者に有利な情報を提供し、そのことが発覚しそうになったので捜査妨害をした上で、犯罪者の計画遂行を黙認していた、ということになる。

 それを聞かされてもなお、夫への信頼が小揺るぎもしないどころか、「彼がそう判断したのだからやむをえない」と、法を犯したことを追認したとしか思えない発言まで飛び出す始末だ。

 しかし、だからといって彼女が凡庸な警察官だと判断するのは間違いだ、と紅緒は感じる。

 説明する時の論点の整理の仕方や、異なる立場から見た場合の、事件の見え方の違いの的確な表現など、地頭の鋭さが推し量られる。

 それに、この眼。

 鋭いとは言えないが、何物も逃すことのないよう細心の注意が払われた視線。基本的に『捕食者』である猛禽類もうきんるいの眼。

 侮りがたい相手だ。

「そう――ですね。長丁場ですからね」

「休める時に休んでおかないと後が辛くなる。とはいえ、私が言えた義理ではないのだが」

 と、紅緒のほうを向いて鞠子は苦笑した。確かにここは紅緒の家である。彼女たちが好きに使っていい物は何もない。

「気にしないでください。そんなに物がないので、なにかと不便だとは思いますが、あるものは自由にお使い下さい。隆君からも数週間は厄介になるかもしれないと聞いていますから」

 もちろん、そんなことは全く聞いていない。

 ただ、今までの話の内容から紅緒にも推測できた。これは簡単には終わらない。

 そして、なによりもすべてを聞いてしまった以上、紅緒の性格からして彼女たちをまた外に放り出すことなど、できはしないのだ。

 それが自分の弱みである。そして、自分が依って立つ最後の核でもある。

「そう言ってもらえると助かります。足りないものは数日中に自分たちで調達させてもらいます。また、厄介をかける以上、できる限りの生活の雑事は任せてほしいと思います。それぐらいしかできませんが――」

 と、そこで鞠子は、非常に申し訳なさそうな顔をする。

「ところで、四月朔日さん」

「はい」

「料理は得意でしょうか。私は、その、とても人様の前で披露できないような、その、酷い有様なもので――」

 これまでの切れの良さが嘘のように、歯切れが悪くなる。しかし、事実を包み隠さず伝えたいという、その率直さは伝わってきた。

 四月朔日はここにきて初めて笑顔を見せながら、言った。

「私も本職じゃありませんが、まあ、なんとかできると思います」

「それではお願いします。夫がいればよかったのですが、さすがに女性の中に男性が一人というのは気が引けたようで、隆君のところに居候すると言っておりましたから」

「え、あの散らかった魔窟に二人で、ですか。旦那さん、私と身長が同じくらいでしたから、だいたい百七十五センチぐらいじゃないですか。それじゃあ満足に足も伸ばせないだろうし――」

 そう、勢いよく言ってしまってから、紅緒は

「しまった」

 と思った。見ると、大人の女性二人は笑いをこらえるのに必死だ。

 はて、どう状況を説明したらよかろう。

『一晩、一緒に過ごした』ことがあるのは事実だし、『雀の鳴き声で目が覚めたら、あの男の顔が目の前にあった』のも事実ではあるのだが、しかし、普通、そのシチュエーションであれば伴われるはずの二人の深い関係が、ない。

 そんなロマンチックなものは微塵も、ない。それどころかむしろ殺伐とした事情がその裏にはあるわけだが、それを部外者に正直に説明してしまう訳にもいかない。

 紅緒が頭を抱え込んでいると、どうにか笑いを抑え込んだらしい鞠子が、目尻の涙を拭きながら言った。

「その、隆君からは『いろいろ面倒な背景があるので、彼女が自発的に話すこと以外は聞いてくれるな』と言われているので、私達からは決して質問はしません。それから『まあ、決して悪いやつじゃないので安心して』とも言われたけど――」

 急に真顔で、柔らかな視線になって鞠子が言う。

「それは直ぐに分かりました。宜しくお願いします」

 そういって頭を下げられる。

 この間合い、この距離感。なんとも伸縮自在で、しかも適切だ。

「こちらこそ宜しくお願い致します」

 紅緒も素直に頭を下げていた。


 ということがあって、二週間が経過した。

 部屋の数は十分だったし、もともと有り得ないぐらい贅沢な作りになっている家だったので、女性が四人で暮らしていても窮屈な感じは一切しない。いや、むしろ空虚さが薄れて以前よりも快適だった。

 紅緒が朝起きると、四月朔日がシンプルな朝食を準備してくれている。ハムエッグにトーストだったり、鮭にお味噌汁だったり――ところが、これが破壊的に美味しい。

 女優の仕事のない日――むしろある方が珍しい――はアルバイトに出ているのだが、それ用にお弁当まで準備してくれる。バイト先が飲食店なので賄が付いているものの、それがなんとも言えないほど不味い。

 飲食店であるにも関わらず、である。なので、お弁当は正直助かった。

 夜は夜で、いわゆる家庭料理が待っている。紅緒はすっかり胃袋を掴まれてしまった。

 例えば、ある晩はカレーライスだった。

 この、生まれてからこの方、散々食べてきた定番メニューが、また驚くほどに美味しい。

 聞けば特殊なものではないものの、隠し味がいくつか適量で入っているとか、野菜を炒める際の寸止めのタイミングが絶妙とか、そんな細かくて面倒なテクニックの積み重ねだという。

 明日からバイト先に連れて行きたいぐらいだったが、彼女は今回の事件のターゲットであったから、日中に外を出歩くことは避けなければならなかった。

 夜、偵察と調査のために外出する場合も、この真夏に大きな帽子とサングラスで顔を隠している。そして、その際は一人ではなく必ず鞠子が同行していた。

 元本職だから、尾行の有無などを確認する方法や、それを撒くテクニックも手慣れたものらしい。

 紅緒がバイト先から午後五時ぐらいに帰ってくると二人が外出して、午後十一時ぐらいに帰ってくると、いうサイクルが出来上がっていた。

 もちろん、紅緒の帰宅時間はバイト先の配慮による。不足分の人出は隆が補ってくれていた。そう、紅緒と隆はバイト先が同じなのだ。バイトになった理由は別だが。


 ということで、夕方以降は娘の瞳子と二人きりになることが多かった。

 この娘がまたなんともよい。

 基本的に本さえあれば大丈夫な娘で、朝一番に紅緒が近くの図書館で一度に十冊の本を借りてくると、それを一日ですべて読み終える。

 それで、翌日か場合によっては一日に二回、また紅緒が本を借りに行くという生活で、読んだ本が二週間のうちに二百冊近くになっていた。

 本の種類はなんでもよいらしい。多少難しい本でも辞書があればなんとかなるという。紅緒は辞書すら持っていなかったので赤面した。

 さて、だいたい午後八時ぐらいになり、その日読むべき本が終わってしまうと、途端に瞳子は挙動不審になる。

 紅緒に話しかけそうになるのを、途中で堪えてみたり。

 紅緒の携帯電話を、じっと見つめてみたり。

 要するに、両親から質問することを禁止されているために、質問したいけれど質問できない状態で、右往左往しはじめるのだ。

 本来はとても好奇心旺盛で、なんでも知りたがる子なのだろうが、両親の言いつけを守ろうと頑張っている。見ていて非常に面白いものの、さすがに数日たつと気の毒になってきた。

「瞳子ちゃん」

「あ、はい。なんでしょうか」

「あんまり無理をすると、体に悪いわよ」

 瞳子は、何を言われているのかすぐに気がついたらしい。ぱっと表情が明るくなるが、その直後、眼を伏せると言った。

「でも、パパとママと隆兄ちゃんに約束したし――」

 隆兄ちゃんときたか。

 隆にはそこを退いて頂き、立場を入れ替えさせて頂きたいものだ――と、紅緒は考える。

「いいのいいの。子供は正直になったほうがいいのよ」

「本当にいいの」

「いいのよ」

「わー、紅緒お姉ちゃん、有り難う」

(う、お、お、お姉ちゃんだってよ)

 紅緒は、よだれが出そうになるのをこらえる。

「本当はとっても辛かったんだ。気になるのに聞いちゃいけないのって」

「そうでしょうとも」

「だから教えてもらえませんか」

「なんなりと」

「隆兄ちゃんと紅緒お姉ちゃんは、どんな関係なの」

 真正面からの右ストレート。ガードががら空きのところ、にまともに入った感じ。

 それはそうだわな、気になるわな、と納得する一方で、果たしてどう説明したものやらと思う。

 正直に、正確に説明すると「初対面で殺し合いをするつもりが、スカされた。それ以来は下僕の位置付け」ということになるのだが、これが背景説明なしではなんとも理解しづらい。

 むしろ誤解不可避の地雷ポイントが無数にある。紅緒は腕組みをしてしまった。

「えっ、えっ、ごめんなさい。答え辛い質問でしたか。それならば変えます。変えさせて頂きます」

「あ――いいのよ。別に隠したい訳じゃないんだけど、人にできれば正しく理解してもらおうと思うと、説明がやたら難しくなることってあるじゃない」

「はい。あります」

「特に、大切なことであればあるほど、誤解されたくないじゃない」

「そう、ですよね。大切なことであれば――」

 と、そこで瞳子が真っ赤になった。紅緒は、またもや地雷原のど真ん中を迷いなく正確に踏み抜いたことに気がつく。

「あ、あ、いやその、何と言いますか」

「ごめんなさい、お姉ちゃんごめんなさい」

 慌てる紅緒と謝る瞳子。それが三分ほど続いた。


「隆君とは、そうね、初めは敵同士で、それから友達になって、今はお互いに味方同士、と言えばよいかな」

 紅緒は当たり障りのない表現で答えた。

「敵――ということは、隆兄ちゃんがまた何か変な事件に巻き込まれて、濡れ衣かなんかで悪役になっていた、ということでしょうか」

「えーと、なんでそんな風に思うの」

「だって、紅緒お姉ちゃんは、女優さんで、スタイルがよくって、とても格闘技系な人には見えないし、そもそも悪人なわけがないし、隆兄ちゃんは変な事件に巻き込まれて誤解されるタイプだし」

 悪人なわけがないと断言されて、少々くすぐったい思いがする。しかし、そこはスルーしないと盛大に墓穴を掘りそうだ。

「前にもあったの、誤解されるようなこと」

「しょっちゅうです。その度にパパに相談しているから、私もだいたい知っていますが、そうですね、二か月に一回は変な事件に巻き込まれているかも」

「ああ、そうかもね」

「なんとなく分かりますか」

「うん、わかる。そういえば最近は二か月に一回ぐらいだわね」

「何か御存知なんですか」

 しまった。ガードをかわしての右フック。あばら骨直撃タイプ。

「そ、そうじゃないの。そういえば、バイトをそのぐらいの間隔で休んでいるなあと」

「バイト先が同じなんですか」

 バックに避けたつもりが、むしろ近づかれてクリンチにきた。

 まずい。彼女の瞳がなんだか子犬のようにキラキラ輝き始めている。

「それで知り合いに――って、でも、それじゃあ何で敵だったり味方だったりするんだろう。隆兄ちゃんは食堂でバイトしてるって前に言ってたから、紅緒お姉ちゃんがライバルの食堂かなんかで働いていて、二人で料理対決したとか」

 惜しいぞ瞳子。近い、図式はだいたいその通りだ。

「まあ、そんなとこ」

「ふうん、大変でしたね。それで隆兄ちゃんが負けてメデタシメデタシと」

「あ――そ、そうねえ。そういうことにしておいたほうがよいかも」

「違うんですか」

「ちょーっと違うけど、まあそんな感じ」

「そうなんですか、それで友達になったと――」

 そこで急に瞳子の言葉が途切れ、二呼吸分ぐらいの間が開く。

「どうかしたの」

「その――」

 瞳子の顔は下を向いているので見えない。しかし、その肩が震えているので、紅緒にも分かった。

 これは間違いなく泣いている。

「どうしたの、なにか私、不味いこと言っちゃったかな」

「そう、じゃ、ないんです――」

 顔をあげると、名前の通りに大きい瞳から、ぽろぽろと涙が流れ落ちた。

「友達の、ことを、考え始めたら、どうしても、止められなく、なっちゃって。二週間ぐらい、会えないことは、前にも、あったけど、次いつ会えるのか、ぜんぜん分からない、というのは、初めてで。で、我慢して、抑えて、いたんだけど、外れると、もう全然、閉まらなく、なっちゃって――」

「いいのよ」

 紅緒は、穏やかに瞳子の体を引き寄せる。

「子供なんだから、泣きたい時にはちゃんと泣きなさい」

 午後八時半から暫くの間、吉祥寺に局所的な豪雨が発生した。

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