第七話 洋と隆 その他ゲスト一名

 月見里美幸やまなしみゆきは「不思議な光景だ」と考えていた。

 物事に動じることのない彼女だが、店内の古ぼけたテーブルに向かい合って座った兄弟を見ていると、どうしてもこう考えてしまう。

「似ていないのに、どこか似ており、やはり似ていないのだが、なんだか似ている」

 どこかのラー油のような言い方だが、眼の前の光景はそういうものだった。

 姿かたちは全く似ていない。

 血の繋がった兄弟であれば、全体的な印象は別でも何か共通点はあるはずなのだが、見事にない。赤の他人と言われたほうが納得できるぐらい、ない。だから、おそらくは血の繋がりはないのだろう。

 しかし、佇まいは似ている。

 基本的な対人姿勢はどちらも「まずは信じる」のようだ。また、どんな場所であっても『自分の空間』を作り出して、昔からそこに座っているような気安さを周囲に撒き散らすところも似ている。

 そして、性格は似ていない。

 隆のほうは積極的に物事に関わろうとするタイプだが、兄の洋は距離を置いて眺めてから必要に応じて介入するタイプのようだ。さきほどから喋るのは殆ど隆で、洋は時折、数語だけ挟むだけである。

 だが、やはり似ているのだ。

 二人とも、外見上の穏やかさや気安さの裏側に、曰く言い難い『底知れぬ怖さ』を秘めている。これは分かる者にしか分かるまい。一般人だと思って安易に手を出すと、手酷い反撃を受けるタイプである。

 流石にあの爺さんの係累だ。侮れない。


「それで、兄貴は日中どうしているのさ。まさかあの狭い部屋にずっと籠っている訳じゃないんだろ。夏だし暑いし」

 隆がコップの水を飲み干しながら言った。

 彼は一応アルバイトの最中である。しかし、昼の二時を回った店内には兄弟の姿しかなく、美幸はあまり店員の躾にうるさいほうではない。それに隆もその辺は弁えている。

「ああ、そうだね、日中は図書館にいることが多いかな。国会図書館とか」

「国会図書館? あんなに近くにある日野中央図書館じゃなくて?」

「そうだよ。古い新聞なんかは国会図書館のほうが確実だからね」

 そう言いながら、洋はカレーライスを口に運んだ。

 あれは一般向けのやつだ。にもかかわらず洋は顔色一つ変えない。そして、そのことに隆が気づく。

「ああ、婆ちゃん、これって普通のやつじゃない!」

「そうだよ」

「そうだよ、って。兄貴も何で何も言わないで食べてるのよ。不味いでしょ、それ」

「そうなの」

「そうなの、って――」

 洋はまた一口、カレーライスを頬張ると、笑って言った。

「いやあ、これはこれで新ジャンルの味なのかなあと思って食べていた」

「そんな訳あるかよ。こんな不味いもの」

 やれやれ、アルバイトの店員が店のメニューを罵倒するとは。嘆かわしい限りだ。次の戦いでは、彼には少々大変な思いをしてもらうことにしよう――そう、美幸は心の手帳に記録する。

「そうかなあ。別に食べられるよ」

「そういう問題じゃないだろ」

「まあまあ、目くじら立てないで」

「だから、兄貴が目くじら立てなきゃおかしいだろ」

 それにしても珍しい。

 隆は積極的ではあるが、これほどポンポンと話をするタイプとは思っていなかった。兄という気安さによるものだろうか。

 客や他のアルバイトよりは自分に対して気軽に話してくれるようになったと内心思っていたが、どうやらまだまだ途中段階らしい。

 そこまで考えて美幸は苦笑する――本来、我々はそういう関係ではない。

「まったく。兄貴はそばを注文してうどんが出てきても、あまり気にせず食べてしまうんだから」

「ああ、それはさすがにやめました」

「えっ、なんで」

「もし、そのうどんがその日最後の一玉で、他のお客さんが実はうどんを注文していたのが間違って僕のところに届いたとすると、僕がそのままうどんを食べてしまったらそのお客さんはうどんを食べられなくなるでしょう。それじゃあ可愛そうじゃないですか」

「いやいや、だからそれはおかしいって。自分が食べたいものと違うものが来たんだから、変えてもらうのが普通でしょ」

「あ、僕にはそばでもうどんでも大した違いはないから」

「だから、そういう問題じゃないでしょ」

「えっ、じゃあどういう問題なの」

「えっと、何の問題だっけ」

 見ていられないので口を出す。

「自分が『食べたい』と思ったものを選択して店に注文したのだから、それの選択を尊重して食べるのが当然。そもそも『どれでもいいや』なんて曖昧な気持ちで食べるのは店側に対して失礼」

 言ってから、しまったと思った。相手のペースに載せられてしまった。洋と隆がこちらを見つめている。彼らは同時に同じことを言った。

「「そう、それ!」」

 隆と洋の話を聞いていると、つい脇から合いの手を入れたくなる。相手を自分たちのペースに引っ張り込んで、いつのまにか言わなくてもよいことまで喋らせてしまう。

 それが、彼らの『いつもの手』なのだと分かっていたにも関わらず、美幸は見事につっこんでしまった。

 さすがはあの爺さんの息子たちだね――外見は仏頂面で、内面的には苦笑しながら、美幸は調理に戻った。隆と洋も本来の話に戻る。

「それで、兄貴の調べ物のほうは進んでいるの」

「ああ、そうだね。だいたい国会図書館で調べられることは調べ終わったと思う」

 洋は、残り少なくなったカレーを食べながら答えた。

「じゃあ、そろそろ次のステージだね」

「そうだね」

「でも、兄貴も鞠子さんも仕事をやめたんだろ。これからの軍資金とかどうするのさ。退職金とかもらってあるの?」

「いやいや、退職金はそんなに簡単に払えるものじゃないし、急に退職届を提出しなければいけなかったから、書類の手続きすらできていないよ」

「えーっ、じゃあどうするんだよ。子供もいるのに無職じゃあ、生活が成り立たないだろ」

 隆は立ち上がって天井を見上げながら言った。

「無計画にもほどがあるよ。兄貴のことだから、先に手は打ってあるものと思っていたのに」

「その点はなんとかなるって」

「なんともならないって。今までの貯金があったとしても百万単位にしかならないだろ」

「あるよ」

「まったく、資金のあてなしで逃亡するなんて、どうかしているよ。それじゃあ瞳子ちゃんがかわいそうだろ。俺もそんなに余裕はないけど、いくらか貸せるよ。爺さんには連絡したの?」

「だから、あるって」

「――あるって、何が?」

「だから、貯金が」

「もしかして、百万単位ってところ?」

「そう。桁は違うけど」

 隆が絶句している間に、洋は最後のカレーを口に放り込む。隆は立ち上がったまま前かがみになると、急に声を潜めて言った。

「えーっ、どうしてそんな金があるんだよ。まさか、どっかから盗んできたとか」

「そんなことしてないって」

「そりゃあ兄貴のことだからしないのは分かってるさ。でも、どうやったら千万単位で貯金できるのさ」

「あ、ごめん。そこ、ちょっとだけ間違ってる」

「どこだよ」

「千万単位のところ」

「――どういうこと?」

「桁が違ってる」


 なんだか話がまた逸れているようね――客席のほうを眺めながら美幸は思った。隆はなんだか項垂れており、その前で洋がにこにこと笑っていた。

 お兄さんのほうが一枚上手という訳か。しかし、一子相伝が原則じゃなかったかね――美幸は頭を捻ると、最後の仕上げにかかる。


「――何でそんなにあるんだよ」

「いやあ、全然使う予定がなくて」

「そうじゃなくて。普通、会社員と公務員のダブルインカムで、あまり買い物をしないからって、そんなに貯金がある訳ないだろ。非合法活動か、株取引や外為ぐらいしか方法ないじゃない」

 隆は低い声で言った。非合法活動のほうが先にくるのはいかがなものかと思うが、株や外為は兄の性格からするとさらに有り得ないと、彼は考えている。

「あれ、言わなかったっけ」

「何を」

「私が作家もやっていること」

「聞いてないよ! というか、いつからよ!」

「もう十年ぐらいになるかなあ」

「かなあ、じゃないよ。どうしてそんな額になるんだよ」


 作家の所得の源泉は、作品の原稿料と印税が基本である。他にも講演やサイン会の出演料があるが、覆面作家である洋の場合、ここからの所得は生じない。

 その他に、人気が出てアニメ化や映画化されることになれば、その版権収入やグッズ販売による著作権料収入なども生じるが、どちらかといえば地味な作風でマニア受けするほうだったのでごくわずかしかない。 だから、ここでは印税が所得の殆どであると仮定して、計算してみる。

 印税というのは、本が売れた場合に作家に支払われるマージンで、だいたい価格の十パーセント程度であるから、例えば五百円の本が十万部売れたのであれば、単純計算で五百万になる。

 洋の場合、児童文学方面の著作だけを年間四作品ずつ発表していたので、合計で三十冊になっていた。そのほとんどが新書版で、単価が平均して千円前後である。

 それが平均すると二十万部ほど売れている訳だから、それだけで単純計算で『六億円』となる。実際には原稿料その他もろもろも含まれるので、さらに残高が膨れ上がっている。

 そして、それを殆ど使わずに口座を分散させて預金しているという。


「……確かになるね」

「なるだろう?」

「だったら、どうしてサラリーマンやってたの? 別に働かなくてもいいじゃん」

 隆は馬鹿馬鹿しくなって洋の前の椅子に座りこんだ。

「いやあ、鞠子さんに言ってなかったもので」

「奥さんに内緒で、数億円のへそくりってどうなのよ」

「ああ、もう話してあるから心配ない」

「鞠子さんの反応は」

「ああ、そうなの、助かったわ、だそうだ」

 隆は机の上に突っ伏す。

 その彼の頭の先に、何かが置かれた。

「はいよ」

「あの、カレーしか注文はしていませんが」

「さっきは知らなかったからいつもの出したけど、知り合いだからサービスだよ」

「ああ、すいませんです。有り難うございます」

 美幸と洋がほのぼのと会話を続けている中、隆だけが驚愕していた。

「この香り、まさか――」 

 海南鶏飯ハイナンジーファン、あるいはカオマンガイ。

 日本では『シンガポールチキンライス』のほうが、名前の通りはよいかもしれない。茹でた鶏肉のスライスとその茹で汁で煮た米飯を同じ皿に並べて食べる、マレーシアからタイにかけて見られる料理だ。

 付け合せは、胡瓜とトマトのスライスであることが多い。チリソースやナムプラーなどを付けて食べることもある。

 いや、そんな講釈以前に――

 日本国東京都のJR中央線『豊田』駅南口にある、今にも潰れそうな個人経営の中華料理店が、何気なく「サービス」と言いながら出してよい料理ではない。

「婆ちゃん、これ!」

「今日のはカオマンガイ風ね」

「そうじゃなくて!」

「美味しいですね」

「ちょっと兄貴!」

「そうだろう、自信作だから」

「おい、おい、待ってくれよ」

 隆は息を切らしながら話に割り込んだ。

「婆ちゃん、これが噂に聞いていたチキンライスか?」

「そうだよ」

「なんで兄貴に?」

「いや、大事な客だから」

「俺には?」

「あんたは店員だから」

 当然だろう、という顔で美幸は言い切る。

「これって、かなりレアな料理じゃなかったっけ」

「そう。調理に手間はかからないんだけど、時間がかかるからね」

「さきほどのカレーライスとは、随分とその――個性が違うようですが」

 さすがに洋も言葉を選んだようだが、意味は間違いなく伝わっている。

 どうしてこれだけ美味しいものを作ることができるのに、先程のカレーライスのような中途半端な品を出しているのか、と言う意味である。

 美幸は程よく皺の寄った顔を綻ばせると、

「それはね、お客さんが多くなると面倒だから、あまり出したくないんだよ」

「そうなんですか。なんだか『プータンズ・ガーデン』みたいな話ですね」

「おや、アンドリュー・ヴァクスを読んでいるとは珍しいね。でも、あれより私たちのほうが早かったと思うけどね」

 そんな話をしながら笑う二人を見ていると、隆は頭が痛くなってくる。


 *


 その日の夕方、バイトを早めに切り上げた隆と共に、洋は紅緒のマンションに向かった。

 瞳子が心配するといけないので、洋はこの二週間の間に、毎日とはいかないものの中二日以上は開けないようにして、紅緒のマンションを訪れては、鞠子や四月朔日と情報交換をしていた。

 それによって自分達の松本での生活を奪おうとしている存在について、そしてその存在が隠し続けている謎について、だいたいの目途がついた。

 従って、これからは第二フェイズに移行する。今日はそのために少しだけ早い時間から移動していた。

 紅緒は今日、本業のほうで外出していたが、既に用件は終わって自宅に戻っていると連絡があった。紅緒はいろいろと盛大に言い訳をしながら、隆の携帯電話のメールアドレスをもぎ取っていたのだ。

 豊田駅からJR中央線で一本、吉祥寺駅で降りるとそのマンションは既に見えている。

 駅前の商店街を抜ければ、目の前にマンションのエントランスが出てくるので、隆は入口のボタンで紅緒の部屋のナンバーを押そうとしたところで――

「えっ、笠井さん!?」

 という声を聞いた。

 やばい――と、隆は即座に反応して振り向きざまに身構える。すると、洋の向こう側にいた二人連れのうち、左側にいた縮尺がおかしいほどデカい女が、殺気に反応したらしく身構えた。

 しかしながら――隆は即座に方向転換する。

 本当に面倒な相手は右側である。あの、驚いた顔をしているぼんやりとした女性は、俺が振り向いた途端に足を組み替えた。まだ間合いにすら入っていないから、取りあえず様子見というところか。

 しかし、あの足捌あしさばきはまさか――背筋を汗が伝う。この緊張感は――

「ああ、山根先生と斎藤さんじゃありませんか。しばらくぶりですねえ」

 洋の長閑のどかな声で、一触即発の緊張感は粉砕される。

「こいつは僕の弟の隆です」

「ああ、道理で反応が速いはずだね」

 そういって『変にデカい女』が構えを解いた。隆はそこでやっと気がつく。

「あれ、女子プロレスラーのアマゾネス斎藤さんじゃあ?」

「そうだよ」 

 これは洋。

「そうだよじゃなくて、なんで知り合いなのさ」

「話せば長くなるんだけどね――」


「あら、山根先生と斎藤さん?」

 そこに今度は、エレベータから降りてきた鞠子と四月朔日が遭遇する。

「それにパパと隆君まで。なんだか都合がよすぎるわね」

 鞠子のやはりのんびりとした台詞せりふに、隆は最前までの緊張感が消し飛ぶのを感じた。

 だいたい、兄貴と俺がつるんでいるのがよくないんだよ――彼は、全員と談笑する洋のほうを恨めしそうに眺めた。俺たちは面倒な事件に遭遇するようになっているんだから……


 要するに、西園紅緒とアマゾネス斎藤は、同じマンションの違う階に住むご近所さんだった。

 そして、紅緒は実はアマゾネス斎藤の熱狂的なファンである。同じマンションの中に、部屋を現金決済で購入したつわものの女性がいるということを、紅緒も噂では知っていた。

 そして、

「へー、凄い一般人がいるんだなぁ」

 と、斎藤と同じように感心しただけであった。

 さすがに斎藤がどこに住んでいるのかという情報は『非公開』である。

 ファンクラブの幹部クラスであればアングラ情報で仕入れることもできたが、紅緒はあまり表立ってファン活動ができる立場ではなかったので、その恩恵に預かることもできない。

 だから、まさか文字通り『同じ屋根の下』にいるとは想定もしていなかったし、二人の生活サイクルが見事に食い違っていたことから、いままでエントランスですれ違うことすらなかった。


 さて、その憧れの存在であるところのアマゾネス斎藤を「これから部屋に連れていく」と隆に言われた途端、紅緒は壊れた。

(な、な、なんですって! 隆、今なんつった? というか、何を仰ったのかしら隆君、おほほのほ)

 紅緒はインターホンの前でキャラが作れずに混乱している。横で隆と紅緒の会話を聞いていた瞳子が、不思議そうな声で言った。

(えー、斎藤さんがどうしてここにいるの?)

「あら、その声は瞳子ちゃんじゃないですか」

(あれれ、その声は山根先生じゃないですか)

 紅緒の混乱した笑い声と、瞳子の元気な歓声がインターホンから漏れ出す中、隆はドスの効いた声で言い放つ。

「紅緒――いいから早く開けろ!」


 紅緒が斎藤の顔を、目をハートマークにしながら見つめる中で、洋はこれまでの出来事を(ショコラ・デ・トレビアン関係を除いて)、山根と斎藤に語った。

「そんなことがあったんですか」

 背景を理解して、山根は溜息をつく。洋は、

「まあ、今は紅緒さんのお陰で一息ついているんですが――」

 と言って、瞳子のほうを見た。

「どうやら、それどころではない者もいるようなので。瞳子、お待たせしました」

「せ、先生、聡子ちゃんは元気?」

 大人達が目を細めて眺める中、瞳子は息を詰まらせながら言った。

 山根はにこやかに笑うと、

「夏休み中だから頻繁に会えるわけではないけれど、元気そうに見えましたよ。ただ――」

「ただ――何ですか?」

 瞳子は身を乗り出した。山根は少しだけ眉を潜める。

「寂しそうな様子を見せまいと、我慢していたけどね」

「そう、ですか」

 瞳子も寂しそうな顔をした。

 鞠子は、そんな瞳子が不憫になって洋のほうを見つめる。

 すると――洋は微かに笑っている。

「パパ、話が回りくどくなっているよ」

 鞠子が眉を潜めて嗜めると、洋は苦笑しながら言った。

「ああ、ごめんごめん。ちょっとくどかったね」

「どうしたの、パパ、ママ」

 瞳子は不思議そうな顔で洋と鞠子に質問する。

 洋は普段の柔らかい表情で、

「いやね、そろそろ反撃に出てもいい頃だな、と思ってね」

 と、言った。

 あまりの何気なさに全員が(まあ、そろそろそうかな)と納得しそうになっていると、

「あの、いや、先生ちょっと待って下さい。それは無茶です、というより無理です! 相手を何だと思っているのですか!」

 四月朔日が取り乱して制止する。

「危険です。危険すぎます。相手がどれだけの力を持った団体なのか見当もつかないのに――」

「ああ、それは調べてだいたい分かりました」

「え? でも、個人の力では太刀打ちできないほどの相手ではありませんか?」

「まあ、一般的にはそうなんですが。こちらもいろいろと準備したら、まあ勝てない相手でもないなあと」

「そんな……やはり、いくら考えても個人の力では無理があります」

 なおも反論を試みる四月朔日に、洋は優しく言った。

「貴方は相手の強大さをよく分かっていらっしゃる。しかし、だからといって諦めていい局面ではありません」

「それは……そう、ですが。でも、どうやって――」

 ここで、洋は伝家の宝刀を抜く。

「私を信じて下さい。大丈夫ですから」

 隆と鞠子、瞳子はよく知っている。彼がこう断言した場合、それは確実に勝算があってのことなのだ。

 四月朔日はそこまでの確信は持てないものの、

「はい、分かりました。その、有り難うございます。そして、ご免なさい。私が始めたことで皆さんを苦しめることになってしまって」

 と言うと、項垂れて静かに涙を流し始めた。洋は困ったような顔で、

「まあ、四月朔日さんが活動を開始していなくても、いつかはこうなったと思いますけどね」

 と言う。それから全員を見渡して、いつもの穏やかな表情でこう言い放った。

「まあ、売られた喧嘩ですからね、相手が泣いて謝るまで私はやめませんよ」

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