第10話:『朝までふろんてぃあ☆れいでぃお』

 は〜い、こんばんは☆

 みんな聞いてるっ?


 土日の深夜恒例、今日も『朝までふろんてぃあ☆れいでぃお』はっじまっるよ〜!


 DJはお馴染み、どこかの前線基地で働いているかも、もしかしたら街で暮らしているかも、その正体がすべて謎の『MeowMeow』でぇ〜す。


 いやー、最近は東の方が騒がしいねえ。あそこで働いてる友人に聞いたんだけど、もうさ、ひっきりなしにファフが落ちてくるんだって。ファフりまくり。まー、そこまで街の『魔石』なんて欲しいかねえ。


 もっとこう、話し合いで解決するとかさ。そうだよ、『魔石』の恩恵に預かりたいなら、一緒にアンティキティラに住めばいいんだ。そうすれば防衛に回している動力も生活に回せるし、わたしってば、天才〜?☆


 って、やだ。そうしたら無職になっちゃうじゃん――、あー、わたしじゃなくて、基地で働いてる人たちがね? か、勘違いしないでよね!


 さてさて、それじゃあまず今日のコッペリアぷち情報のコーナーなんだけど、やっぱりみんな無二姫(ワンオフき)『ケレリタス』のことを聞きたいよね。聞きたいよね?


 でも、今日は世界最強のコッペリア『マグネス』の話をしちゃいまーす! なんてったってこのあいだの襲撃をすんでのところで食い止めたヒーローなんだから! かっこいいよね! 重厚で、鉄臭くて、一撃必殺で!


 (30分経過)


 それでね、それでね、あ、もうこんな時間? むぅ、まだ語り足りないけど、次は南のイプシィの機体って決めてるんだ。あれも『マグネス』に勝るとも勝てない変態な機体でさ。


 わかってるわかってる、次のコーナーだよね。それじゃあ、『MeowMeowのお悩み相談コーナー!』。投稿してくれた人のプライバシーは守るからね。


 それじゃ、今日のお便りはこちら☆

 えーっと。レイディオネームは『カレーなる密偵(スパイ)Cさん』。


 最近何かとお世話になっている人が、気になってるってわけじゃないんですけど、友人にも言われて、何か御礼をしたほうがいいんじゃないかって。それでお菓子を作ってみようと思ったんですけど、わたしコッペリアの操縦くらいしかちゃんとできることがなくて――。


 あー、ごめん、読んじゃった。忘れてみんな。


 わたしはあるひとつのことくらいしかちゃんとできることがなくて、料理なんて初めてだし、その男の子に美味しいって言ってもらうためにはどうしたらいいのかなって。


 か、勘違いしないでください。気になってるわけじゃないんです。ほんとに。ほんとに御礼って感じで。ああ、だったら、あんまり凝るのもダメかな。でも女の子らしいところを見せたいっていうか、他意はなくてですね!?


 (5分経過)


 ――ふぅ、めっちゃくちゃ文章が苦手だね、この子。


 でも、その本気さ?純真さ?は伝わってくるかも。あーっと、こういうこと言って良いのかわかんないんだけど、その友人知ってるかも。能ある鷹は爪を隠すがモットーの、完璧っ子だよね。知ってる知ってる。彼女のおかげで幾度と無く街が守られているようだよ。


 じゃあ、気を取り直して、お悩み相談だけど――。


 ※


 「聞いてるこっちが恥ずかしくなってくるわ」

 「ねえ、ロール。いまってケーキ流行ってんの?」

 「気づいてないの!?」

 「しぃー。寝てる人もいるから、静かに」


 ※


 昔の偉い人はこう言いました。


 『予の辞書に不可能の文字はないなぽ!』


 わたしはこの言葉がすごく好きでね。わたしも最近すっごく怖いことがあったんだ。いつも頼ってる子がいないのに、仕事をしなくちゃいけなくてね。でも、この言葉があったから、頑張ろうって気になれたんだ。


 だからさ、君も、一歩踏み出してみよう。残念ながら、わたしはケーキを作ったことがないから、これといったアドバイスはできないけど、もしかしたら、君の一番のお友達の完璧っ子が、知っているかもよ。一緒に手伝ってくれるかも。なんてったって、完璧っ子だからさ。


 おっともうこんな時間!? それじゃあ、また今度。『朝までふろんてぃあ☆れいでぃお』これにておしまい!


 お別れはわたしことMeowMeowで、『ミュって恋して☆』、聴いてください!


 ※


 その日は朝から、この前線基地の上空を蒸気機甲が飛び交っていた。蒸気をまきあげて、三機のシルエットが交錯する。ぼくはその姿を呆れながら、デッキから見上げていた。


 ファフロッキーズの影はない。


 「最近、いちゃつき過ぎなのよ、このポンコツ姫!」


 外部スピーカーで聴こえてくるその声は、純粋なヴォイニッチ朱鋼でできた身体に身を包む少女、ロールだった。デュアルアイの代わりに、『ディラック』のモノアイを光らせて、無数のサブアームを展開しながら、『ケレリタス』に追いつこうとしている。


 「は!? 脚フェチのあいつが勝手に寄ってくるだけで、いちゃついてなんか!」


 『ディラック』の細いサブアームは、各種装甲の隙間からにょきにょき生えていて、ロールはそれらすべてを展開しているようだった。まるでそれは大樹のようにも見えて、また、何かの文様のようにも見えた。


 無二姫(ワンオフき)『ケレリタス』はその痩躯の機体で、『ディラック』を撒く。機体の性能もパイロットの技量も段違いであり、どんどん『ディラック』は引き離されていく。


 「ちょっと! 待ちなさいよ!」

 「待つもんですか! そんなチンタラしてるから、彼にも嫌われちゃうんじゃないんですかー」

 「ぐぬぬ!」


 と、そんなおり、『ケレリタス』の進路上を、可視化できるほどの熱の奔流が軌跡を描いていた。


 「もー。彼はボクが目をつけていたんだからねー。ふたりとも横取りしちゃだめだってー」


 そんな気の抜けたような声が聴こえるのは、『マグネス』。背中の日輪を展開した『グレートマグネス』の形態で放たれるその光線は、あのファフロッキーズすら溶かす威力を持っている。『ケレリタス』はとっさに軌道変更して躱すことに成功したが、少しでも触れていれば、その装甲の薄さから致命的なダメージを負っていただろう。


 「危ないわね!」

 「チッ、外した。ロール、もうちょっと気合入れて追い込んで」

 「共闘した覚えはないんですけど!」


 三人のそれぞれの叫びを空に響かせて、三機のコッペリアが舞い踊っていた。


 ぼくは頭を抱える。

 ああ、再びシィのシャワーを不可抗力で覗いてしまって、逃げるときにミューを押し倒して胸に手を置いてしまって、さらに逃げるときに、ロールにぶつかって、数字で言うところの69みたいな感じになったことが、こんなことになるなんて――。


 なんてトラブル続きなんだ。

 不幸に不幸は重なるようで、こんな喧嘩をしているさなかに、天に魔法陣が描かれる。漆黒の脚部がずずずと現れる。そして特徴的な尾。あれは、かつてほとんどのコッペリアを戦闘不能にしたという鵺型……!


 邪悪さしか感じない咆哮が街を震わせて――。

 「「「邪魔!」」」

 と、すぐに天に還されてしまった。


 ※


 「……夢か」


 ぼくはベッドから飛び起きた。なんて夢だ。となりでロールが寝息を立てていた。ぼくのほうが先に起きるなんて珍しい。時計を見ると、まだ日は昇っていないような時間で、ぼくは寝直そうとした。


 「うぅん、ゼペットー。棄てないでー」


 びっくりして振り返るが、どうやらロールの寝言のようだった。デュアルアイに被せられたバイザーに『Zzz……』と表示されているから、寝ているに違いない。


 「……寝れないなぁ」


 夢を見ることはわりと多かったのだけど、いつもは『蒸気機甲団第一部隊』に関わる一連の夢だった。この基地でいうところのシィの『ケレリタス』のような立場であるエース機、『ディラック』をぼくとロールで駆り、活躍をする、子供じみた夢。


 自分が何者か知らないまま、ここで作業員として働くぼくだったが、こころの奥深くで、コッペリアに乗りたいという想いはずっと燻っていた。だから、構造やシステムを理解するためにコッペリアの整備はほとんど完璧に行うことができるし、シィのようなセンスの面を除いては、ロールのサポート込みで一通りの操作ができると自負している。


 まさか、シャワーを覗いたことで、それが実現するとは思わなかったけどさ。


 「ん?」


 寝言をぶつぶつ言っているロールを起こさないようにベッドから降りて、顔を洗いに行く。カレンダーには、『朝までふろんてぃあ☆れいでぃお』とはちがう色で、丸が打たれている。今日は、シィがお詫びをしてくれると言っていた、その日だった。


 『わたしの部屋に、その、来ない? ケーキとお茶くらいなら出すわ。お詫びで。そう、お詫びで』


 とはいえ、最近はファフロッキーズの出現率も異常なほど上がっており、この基地の補充要員も検討されているくらいだった。体力的に負担の大きいミューの『マグネス』が出撃することはほとんどなく、シィが『ケレリタス』で対処をしているのが現状だった。


 ぼくも『ディラック』でロールと一緒にスタンバって入るけれど(そもそもファフロッキーズ相手に戦えるかどうか不安だけど)、シィひとりで対処ができているため、出撃の機会はなかった。『タキオン』モードのパージされた外装を、無数のサブアームで拾って、装甲の隙間にポケットのように入れて、基地に持ち帰るというのが主な仕事だった。


 「そんなに無理しなくていいのに……」


 最近のシィは明らかにふらふらだった。あと何か戦闘を急いでいるような気がする。ファフロッキーズの戦術が増えているとはいえ、そんなやすやすと使っていいモードではないはずだ。


 「ぼくもきちんと乗れればな」

 「大丈夫」


 そんなことを言いながら着替えていると、後ろから急に話しかけられて驚いてしまった。ちょうどパジャマのズボンを作業着に替えようとしているところで、眼を醒ましたロールが局部をガン見していた。


 「朝から元気!」

 「生理現象です」


 ロールが両手を頬に当ててぷりぷりしているが、いわばお母さんのような立場の彼女にそんなことをされると、わりかし死にたくなってしまう。ぺかぺかとデュアルアイを光らせて、彼女は被っているナイトキャップを脇においた(なんでナイトキャップなんてしてるのか知らないけど)。


 「大丈夫、ゼペットはきちんと『ディラック』を動かせるわ」

 「ロールのサポートがあるからでしょ?」

 「サポートはサポート。あれはあなたの機体なんだから」

 「ぼく、の? デッキの片隅でほこりかぶってた『器用貧乏』が?」


 ロールは、慌てて首を振り始めた。


 「ほら、もうわたしたちで登録認証されてるでしょう。それにあのシィに一泡吹かせられたんだから、きっとうまく乗りこなすことができるわ。だから、頑張っていきましょう、一緒に」


 『ディラック』

 この基地に配備された三体のコッペリアのうちの一体。ほとんど『ケレリタス』が稼働していたことと、その機体の強みがわからなかったことから、一度も起動されなかった機体。


 ずんぐりむっくりとした外見。多重装甲に、その隙間にみっしりとしまわれた細いサブアーム。それは殴打にするにはあまりに貧弱で、武器を持たせるには数が多すぎる。


 蒸気機甲コッペリアは、小型の魔石炉をはじめとしてほとんどが再現不能のロストテクノロジーで構成されている。ほとんどオーパーツと言ってもいい代物で、街にあの魔石を封じた賢者たちが遺したものと言われている。


 だから、あの機体には何かしらの意味があるはずなのだ。対ファフロッキーズに特化した何かが。忽然と姿を消した賢者たちが伝えようとした何かが。


 「せっかく早起きしたし、『元気』なんだから、朝ごはんはゼペットが作って」

 「えー」

 「ほうれん草買っといたから、卵と一緒に焼いちゃって」


 結局ふたりとも早起きをしてしまって、二度寝をするような感じでもなかったので、ご飯を一緒に食べてから、デッキに向かった。少しでもまともに『ディラック』が動かせるように、デッキに向かうぼくたちだった。


 「ほうれん草が消し炭みたいになっていた」

 「ごめん、ロール」

 「目玉焼きをあんなに下手に作る人初めて見た」

 「……記憶喪失だから、ぼく」


 この基地にはコッペリアのパイロットだけではなく、多くの人間が詰めている。もともとぼくの仕事である作業員も数多くいるし、人間の生活リズムを考えずに降りてくるファフロッキーズのせいで、交代要員も多く控えている。


 廊下の向こうから、2人の男性職員の声が聞こえてきた。


 「シィ様、コッペリアから降りるとすぐに部屋に戻ってるんだ」

 「ほとんど寝てないとも聞いてるよ。ふらふらだもんなあ。やっぱりコッペリアの毒か。ってか、あれだけバッサバッサ倒すからこんなに忙しくなるんじゃねーの。あーあ、他の基地に異動したいわ」


 ぼくたちの顔を見つけて、気まずそうに沈黙する彼らだった。軽い挨拶を交わして、すれ違っていく。彼らもそうだが、ぼくとロールも黙りこんだまま。


 ――シィがあんなに頑張っているのに。


 いつのまにかぼくは両手を握りしめていた。が、ぼくの冷静な部分は、それは筋違いだと指摘している。彼らには彼らの事情があるのだ。例えば恋人、例えば家族。シィが、『ケレリタス』という存在にアイデンティティを賭けているように、彼らにとって本当に戦うべき戦場は他にあるかもしれない。


 「昔から優しいね、ゼペットは」

 握りしめた手をぎゅっと上から包み込む、ロールの手。特殊な金属の無機質な感触だったけれども、優しく包み込まれているような感触がしたような気もする。


 「『ディラック』を戦えるようにしないと」

 「そうね、頑張らないとね」


 シィと約束をしている午後三時まで、ぼくたちはデッキで『ディラック』の整備に勤しんだ。デッキには発着の都合で水蒸気が充満していることが多いため、まずは金属部品の点検から始める。ロールと協力しながら、錆びてたり疲労したりしている部品の検索にとりかかる。


 「これ、いつ終わるのかしら」

 「こんだけ数が多いと、さすがにきついね」


 『ディラック』のサブアームの数は尋常ではなく、そして一つの腕の関節の数もまちまちだった。短い腕でも二箇所、長い腕となると十箇所近く関節が用意されている。装甲の隙間に潜りこみながら、潤滑油とタオルを手に這いずりまわるぼくたちだった。


 「整備性が悪すぎる。これだけ細かいギミックがあるってことは、衝撃にだって弱い。そのわりに、きちんと操作するための複座が用意されてる。いったいなんなんだ、この機体は」

 「逆に言えば」


 肩のあたりの装甲の隙間から、ぴょこりと顔を出して、油に塗れたロールがこちらを見下ろした。


 「わざわざ、それだけのことをする理由が、この機体にはあったということよね」


 ――賢者の意図。

 遺された民であるぼくたちには、いまだ理解できないその意図。そもそもファフロッキーズを撃退するためならば、もっと合理的な選択肢もあったはず。


 例えば、パイロットは使い捨てるとして、『マグネス』を大量生産して配備するとか。ただ街の魔石をファフロッキーズから防衛するためなら、そうしたほうがいい。SFのロボットものじゃあるまいし、これだけばらばらな機体を残す必要はどこにもない。部品や予備パーツの流用も利かず、メンテナンスのノウハウだって共有されない。


 「ん?」


 ロールが変な声を上げたのは、『ディラック』の隠された能力が明らかになったとかそういうわけではなくて、デッキ内に見慣れない人影を見つけたからだった。


 「誰だろ」

 「さぁ」


 大きなトランクケースを手に抱えた女性が、きょろきょろとデッキの機体を見回していた。

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