第9話:「ファフロッキーズは本当に『アンティキティラ』の街の魔石を狙っているのかな」

 「2日続けて、でも珍しかったのに、1日に2つも降ってくるなんて」

 「ロール君、君の考えていることを当ててあげましょうか」

 「結構よ。どうせ正解だろうから」


 『ケレリタス』が『タキオン』を発動させてまで勝利したその姿を見つめていたのは、ゼペットだけではなかった。前線基地、司教の部屋。白い髭を蓄えた老人と、真紅のロボット。


 再び描かれた魔法陣によって空中高く釣り上げられていくカエルを見つめながら、ふたりは話していた。『ケレリタス』は力を使い果たしてカエルの頭上から転がり落ち、ゼペットの駆る『器用貧乏』に抱きかかえられていた。その非力な細いアームだったが、装甲をパージし、いつも以上に軽量化した『ケレリタス』を支えるには十分なものだった。


 「さて、ロール君、もしいまあの『ケレリタス』がずっとカエルの頭上にいたらどうなると思うね」


 窓の外を見つめているロールのデュアルアイがぺかぺかと瞬く。彼女は司教を見つめ返さずに、『器用貧乏』に目線を合わせたまま答える。


 「あの魔法陣に引きずり込まれるんでしょうね」

 「その向こうにはいったい何があるのでしょう」

 「知ってるくせに」

 「おや、私は知りませんよ。だから、知りたいのです」


 ロールは司教のほうを見返さない。彼のすべてを知っているわけではないが、かつて『魔石』を街に封印したという『賢者』の末裔――、リウス司教。その野心に満ちた瞳が、ロールはなにしろ苦手だった。目の前の機械を目の前の機械として愛するゼペットとは正反対の、己の目的のための眼差しだ。


 「では、その逆はどうでしょう」

 「何を企んでいるのかは知らないけれど、ゼペットが思い出さないかぎり、わたしからは何も話すことはないわ」


 ロールはため息をつきかけて(口はない)、司教の部屋をあとにしようとする。ドアノブに手をかけたところで、司教の声が背中に投げかけられた。


 「では、その刻はすぐにやってくるでしょうね」


 ロールは特に返事をすることはなく、ドアを開けて、廊下へ脚を踏み出した。もしわたしがヒトの身を持っていたならば、きっと脚ががたがたと震えていたことだろう。ゼペット。ああ、あなたを守るためにはどうしたら。


 ――あ、でもヒトの身を持っていたら、ゼペットとあんなことやこんなこともできるわね。


 「ふふ、ふふふふ……。ぐふふ」


 とにかく、考えなければならない。異常なファフロッキーズの出現率。しかも目的はあの街の『魔石』だろうに、この前線基地ばかりに魔法陣が出現するその理由。


 赤髪ツインテールの勝ち気な騎士の少女のシャワーシーンを覗きかけて、決闘を申し込まれて――、という、どうかしているような理由だったけれど、ゼペットが彼女に出逢い、あの機体に乗ってしまったのだ。


 ため息はつけない。


 「わりと好きだったんだけどな、ここでの生活」


 この身体では、ため息はつけない。


 ※


 ファフロツキーズ(英語: Fafrotskies)もしくは怪雨とは、一定範囲に多数の物体が落下する現象のうち、雨・雪・黄砂・隕石のようなよく知られた原因によるものを除く「その場にあるはずのないもの」が空から降ってくる現象を指す。


 ファフロツキーズという言葉は、オーパーツ(OOPARTS)の命名でも知られる超常現象研究家、アイヴァン・サンダーソンが「FAlls FROm The SKIES」(空からの落下物)を略して造語した。


 現象としては、日本においても古くから知られ、江戸時代の百科事典、『和漢三才図会』には「怪雨」として記述されている。


 ファフロツキーズとは、その場にあるはずのないものが無数に降り注ぐ現象を指す用語である。飛行機からの散布や竜巻による飛来など原因が判明しているものを除き、「なぜ降ってきたのか分からない」ものを指す。語義からすれば単体でもファフロツキーズと呼べるはずだが、通常「多数が落下してくる」現象として認識されている。落下物に明確な共通性はなく、様々な事例が記録されているが、どういうわけか水棲生物の落下事例が目立ち、また混在ではなく単一種のみであることが多い。このような現象は古来世界各地で確認されている。


 英語圏ではFafrotskiesを、一般的にはRaining animals、Creature falls 、またはRain of fishのように呼ぶ。


 ※


 蒸気機関で動く街『アンティキティラ』の中心部、『魔石』が封じられている時計台に書かれている言葉だった。『魔石』の人体への影響を記載した文言とともに、地上の硬く閉ざされた門に書かれている。


 オリジナルのその文書は、賢者の持っていた『石版』に降りた託言なのだという。先史時代に特別な宗教的な意味があったとされる『林檎』がそこには描かれていて、不思議な力で光り輝いていたという。すでに失われて、解読が必要な単語も多いけれども、この街の重要な礎の一つだった。


 「『ケレリタス』、出ます」

 「しかし……」

 「出ます」


 あれから『ファフロッキーズ』の襲来はとどまるところを知らなかった。かつて、週に一度でも降りてくれば多い方、というペースが嘘だったかのように、外敵は『魔石』を求めて降ってきた。


 そのたびに、神速の騎士は蒸気を捲き上げて駆けていった。F型、S(蜘蛛)型、S2(ナメクジ)型、はたまた『跳ねる』ことしか憶えていないようなF2(魚)型まであった。ペースは平均して、1日に二匹。時間はランダム。だから、この前線基地の疲弊は凄まじかった。


 当然、もっとも負担を受けているのは彼女で――。


 「ねえ、ロール。どうして急にこんな」

 「どうしてだと思う?」


 『ディラック』のコックピット内、ぼくはハッチを開けて、外を見つめていた。ロールは何やら複雑気なコンソールを触りながら、こちらを振り向かずに答える。


 「……やっぱりまだか」


 ボソリと呟いたロールの言葉を聞き返そうと思ったのだけど、その瞬間、いま外で激しい戦闘が行われている『ケレリタス』が危ういところで、それどころではない。


 「シィ!」


 今回、現れた『降り立つ者』は、蜘蛛型。カエル型についでありふれた型であり、その細い脚で図体を支える構造は、『ケレリタス』にとって有利な相手のはずだった。物理的な大ダメージを期待できない機体だが、要所要所への小さなダメージへの蓄積は得意。脚さえ砕けば、移動不能に成り、『街』へたどり着かないと判断されるのか、魔法陣で吸い込まれるのがいつもだった。


 が、今回は、ちがう。このあいだのカエルのように、新規の技を繰り出してきたのだ。脚をすべて砕いた『ケレリタス』は、蜘蛛型が吐き出した糸に絡め取られてしまう。


 『……この』


 もはや蜘蛛型は動けないはずだったが、粘着性の糸で絡め取られた『ケレリタス』を複数の眼を光らせて、顎を開いた。もともと神速を重視するあまり、防御を度外視している彼女にとって、この攻撃は致命的で――。


 「シィ、いまいく」


 ぼくはコクピットハッチを閉めて、つま先の『ToeIC』を機体に認証させる。『ディラック:ゼペット&ロール』という音声が、狭いコクピット内に響く。


 『来ないで、っていったでしょ』


 『ケレリタス』からの通信が響き、不機嫌そうな彼女の声が聴こえた。瞬間、『タキオン』という音声コードが聞こえて、『ケレリタス』の外装のパージとともに、無二姫は蜘蛛の糸から自由になる。


 『踊れ、わたしのコッペリア!』


 一分もしないうちに、蜘蛛は土煙をまきあげて地面に崩れ落ち、天空に魔法陣が描かれる。『タキオンモード』、魔石炉と推進器だけ残して、速さだけをより追求した状態。神像のようなその機体は、蜘蛛から少し離れた場所で、立ち尽くしていた。


 「あの子は何を焦っているのかしら」


 ロールがノイズ混じりの声でそういい、『ディラック』を推進させる。『ケレリタス』は自分で帰投することができるが、パージされた外装は拾い集めなければならない。20メートルの蒸気機甲の装甲は人で回収するにはあまりにも大きすぎて、こうして別のコッペリアが借り出される。非力だけれども、無数のアームを備えている『器用貧乏』にはうってつけの仕事だった。


 「シィはきっとこの街を守りたいんだと思う。街の守護者として『ケレリタス』を好きで居てくれる住人たちのために」

 「……それだけじゃなさそうだけどね」


 ロールの言葉には返事をせず、ぼくはぼくに割り当てられた分のマニピュレータをわしわし動かしていく。ずんぐりむっくりなこの機体は、『マグネス』とはちがい、中に空洞が多い。まるでそれは作業員の工具ポーチのようで、『ディラック』は次々とそこにパージされた装甲をねじ込んでいく。


 シィが何かに焦っているのは確かに感じている。これまでの戦いやあの決闘で味わったスマートさが欠けているように思うのだ(ぼくの力量は棚に上げておいて)。予想外の蜘蛛の一撃があったとはいえ、『タキオン』までも使って、そう、できるだけ戦闘時間を短くしようと、ゴリ押しをしているように思えるのだ。


 「『魔石』の毒が……」

 「あの子、気づいたのかしらね」


 『マグネス』のように『魔石』の出力に頼りきった戦い方ではなく、テクニックで勝ちを拾いに行く『ケレリタス』は、『魔石』の影響は少ないはずだった。けれど、度重なる運用や、過負荷をかける『タキオン』の使用で、彼女の身体にも影響が出始めているのかも知れなかった。


 「ふぅ……」


 おおむねの装甲板を拾い上げて、帰投しようとする『ディラック』。デッキの中には、片膝をついた『ケレリタス』からシィが降りてくるところだった。地面に降りた瞬間にふらついて、そばに居たミューに支えられる。支えられる――というよりは、小柄なミューが押し潰されているような感じだけど。


 「ロール、ファフロッキーズは本当に『アンティキティラ』の街の魔石を狙っているのかな」


 ロールがこちらを振り返って、デュアルアイで見つめる。


 「どういうこと。外敵ファフロッキーズは、膨大なエネルギーを持つ魔石を狙っているんじゃないの? 機体の運用、機体の転送、ファフロッキーズにだってコストの概念はあるでしょう。でなければ毎秒送り続ければいいわけだから。でも、それをしないのは、コストの概念があるからで、かつ、そのコストをペイできる見返りがあるから」

 「――と、思っていたんだけど」


 さっきの蜘蛛の動きは、理にかなわない。もしこれが巨大な機体同士の戦いを見せたいだけのSF小説だったらいざ知らず、あのときのあの蜘蛛にはそんな行動をする必要がなかったからだ。


 「どういうこと?」

 「『ケレリタス』を倒す必要がないんだ。脚がすべて砕かれた時点で、ファフロッキーズの目的はもう果たせない。ならば、天空の魔法陣で回収するのが正しいのであって、『ケレリタス』に止めを刺す必要はどこにもないんだ。コッペリアでなく、街の『魔石』が目的ならば」

 「でも、『ケレリタス』が目下、排除すべき目標なんじゃないの? 街への侵攻が不可能だと判断されたから、二の策として、コッペリアの破壊を試みた」


 たしかにそれも考えた。こちらに遺されているコッペリアは少数でかつ代替不可能なものだ。ほとんどオーパーツであるあの機体たちは、修復することは可能であっても、建造することは不可能に近い。ならば、コッペリアの数を減らすことに、意味はある。


 けど。

 「それもよくよく考えれば、おかしいんだ。だったらこんな極端にこの前線基地に進撃してこなくてもいい。避けることができるんだ」


 東西南北、街を守るために築かれた前線基地。そのそれぞれに数機のコッペリアが配備されている。その中でも、無二姫(ワンオフき)『ケレリタス』は最強との呼び声も高い。ファフロッキーズがコストを気にするのであれば、他の基地を重点的に攻めるべきだ。


 なのにこの数日、この基地ばかりが襲撃される。


 「この前線基地が狙われているんじゃないのか」

 「コッペリアの魔石炉? それにしたって、ここは『ケレリタス』がいる分、機体数は少ないわ。ここを狙う理由にはならない」


 無表情なロールのデュアルアイが何かを訴えているような気がするのだけど、ぼくにそれを汲み取る能力はなかった。閉じられていく魔法陣を見つめ、胸を抑える。ロールは何を知っている。ぼくは何を忘れている。


 ※


 「それじゃ、寝るよ、ロール。あ、明日はシィに呼ばれてるから。ケーキ食べさせてくれるんだって。お昼でかける」

 「……わたしも行く」

 「シィから、ロールだけは絶対に一緒に来させないでというお達しが」

 「どんなイヤらしパーティが開幕するのよ……。ああ、ゼペットのを生で挿入られるのは、わたしの鍵穴だけだというのに……」


 もだもだベッドの上で手足を動かしたロールは、ふてくされてしまったようで壁側に寝返りを打ってしまった。デュアルアイがぺかぺかしてるのが、壁の反射でわかる。


 ケーキを独り占めしてしまうのがそんなに悔しいのだろうか。ロールが何か食べ物を食べているところを見たことはないし、想像もできないのだけど、少しタッパーに入れて持ち帰ってやるとしよう。


 「あ」

 「なによ?」


 卓上に置いてあるカレンダーがふと目に入った。そこにはシィとの約束の日付はもちろんだが、毎週土日には赤ペンで丸が打たれている。最近のファフロッキーズ襲撃で曜日感覚がなくなっていたけれど、ぼくとロールが楽しみにしているそれは、週末土日の深夜にやってくる。


 「今日、ラジオだ」


 ぼくはベッドの脇にあるボタンを押す。するとその隣のランプがついてザザー、ザザー、というノイズ音が流れる。これもオーパーツな技術。どのようにして距離の離れた前線基地間で音声のやり取りをしているのかはわからないが、コッペリアと同様、わからなくても使うことができるモノ。


 ※


 は〜い、こんばんは☆

 みんな聞いてるっ?

 土日の深夜恒例、今日も『朝までふろんてぃあ☆れいでぃお』はっじまっるよ〜!

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