第4話:「ずっと君の脚のことばかり考えていたんだけど」

 「ねえねえ、こっちとこっち、どっちがいいかな」

 「うーん、同じに見えるけど」

 「もぉ、ゼペット、しっかり考えて!」


 『アンティキティラ』の街は円形に築かれた城壁の中にある。中央には巨大な蒸散塔が建てられており、その蒸気動力が地下のギアシステムを通じて、街中に配給されている。それぞれの家にはそれを受けるためのギアが配置されていて、様々な生活に役立てられているのだ。まさに街の心臓部といったところ。


 そのため、この街はいつだって水蒸気に覆われていて、『霧と歯車の街』とも呼ばれている。


 「これは?」

 「それでいいんじゃない?」

 「もぉ」


 ロールがぷりぷりと怒る。

 中央通りのマーケットは、芋を洗うような大混雑だった。その中で見つけたアクセサリーを扱う出店にロールは興味を惹かれ、奇妙な装飾の着いた鍵やゼンマイを見つけては、似合うだのかわいいだの訊いてくる。


 ぼくとしては正直回せればなんでもいいわけだし(ぼくの指でもよかったわけだ)、どれがゼンマイ回しとして良い性能でどれが悪いのかさっぱり検討がつかないため、適当な返事しかできない。するとグーパンで腹を殴られる。


 店主のおばさんがそれを見て笑っていた。


 「どれもお似合いですから困ってしまいますよねえ、奥様」

 「おおお、お、奥様だなんて、そんな!」

 「仲も良くて、羨ましい限りですわ」


 珍しくロールが動揺してデュアルアイをぺかぺかさせていた。「こ、これ全部ください!」と動揺したまま差し出したものだから慌てて止めようと思ったのだけど、店主のおばさんは神速で会計を済ませていた。ああ、ぼくのお給料……。


 「毎回違うゼンマイ回しを使うというのも良いかもしれないわ。実際、使ってみないとわかんないし」


 と、紙袋を渡されたロールは、ほくほく顔で振り返った。ロールに預けていた財布の中身を数えながら、ぼくは店先に並んでいたあるものに気がついた。


 「これって……」

 「ああ、この『街』の守り神さ。あんたも知ってるだろう?」

 「無二姫『ケレリタス』」


 それは真鍮細工で出来た成功なモデルだった。話を聞けば、店主のおばさんの手作りであり、生産が間に合わないほどの人気があるという。


 「神速でファフロッキーズを屠るコッペリア。わたしゃ、もう何十年もここに住んでいるけれど、こんなに頼もしいコッペリアはあれくらいなもんさ」

 「そう、なんですか。そうですよね」

 「きっと乗っている子も聖女みたいな方なんだろうねえ」

 「……ええ」


 早とちりで負けず嫌いな子でしたが。


 「うちの娘達もコッペリアに乗って『ケレリタス』みたいに活躍したいっていうんだけどねえ、やっぱり親としては素直に喜べないよ」


 それは、ファフロッキーズとの戦闘によって生命を落とす可能性があるから危険だ、という理由ではない。事実、コッペリアを駆って、ファフロッキーズによって殺されてしまった者の数は非常に少ない。それ以外の理由に比べれば、無視できるレベルだ。


 おばさんの悲痛な顔が見るに耐えず、ぼくは話を逸らす。


 「あ、これ、ぼく知ってますよ」

 「おや、珍しい。さてはマニアだね」


 『ケレリタス』の隣に置いてあったのは、木彫の彫像だった。ずんぐりむっくりした茶色の機体で、それを支えるための幅広の脚部と無数のスカートバーニア。上半身からは枝を利用した細工の、隠し腕が十本ばかり生えている。

 おばさんはそれを愛着のある表情で見つめる。


 「『ケレリタス』に比べると全然売れないんだけどねえ、おばさんは一度だけ、この子が戦ってるところを見たことがあるんだ。もう五年くらい前になるわ」


 『器用貧乏』と言われて、デッキの片隅で埃を被っていた機体。無数の隠し腕はあるが、鈍重で、対ファフロッキーズとの戦いには明らかに向いていない機体だ。


 「他のコッペリア好きから言わせるとあまり人気はないんだけど、わたしはこの武骨なかたちが好きだね。もちろん『ケレリタス』も好きなんだけどさ」

 「あの、そのときって誰が乗っていたんですか」


 あの機体、ぼくが『ディラック』と名付けたあの機体の、最大の特徴にして問題点は、複座であることだ。このあいだの決闘のときにはロールが基本的な処理のほとんどをこなしてくれたからよかったものの、ふつうの人間が2人で乗り込んで操縦できるものとも思えない。


 「さあ。でもそれっきり見ないからねえ。ああ、でも」


 おばさんは何か思い出したかのように手を叩いた。


 「あんなに重そうに見えて意外と空中戦はイケるんだねえ。だって、わたしが野次馬に駆けつけたときは、ファフロッキーズと一緒に空中にいたんだ。まるで一緒に『魔法陣』から呼び出されたような――」

 「おばさん、『ケレリタス』ひとつくださいな」


 サングラスをかけたツインテールの少女が横から割って入ってきた。背中には大きなリュックを抱えており、ぱんぱんに荷物が入っている。こことは違う店で買ったであろう『ケレリタス』のキットがはみ出ていた。


 「嬢ちゃん、この『ケレリタス』は人気だから高いよ。こっちの『器用貧乏』はどうだい?」

 「そっちは勘弁、虫唾が走るの! でも、『ケレリタス』ならいくらでも出すわ! 頂戴!」


 普通のその年頃の少女では躊躇うはずの金額をひょいと支払い、彼女はそれをリュックにぎゅうぎゅうに詰めていく。そしてポケットから手書きのメモらしきものを取り出して、左右をきょろきょろと見回している。もしかして、次の店を探しているんだろうか。


 ぱたぱたと走っていく彼女を、ロールの眼が追っていた。


 「……なんなの」

 「いったい、何=ライトロードさんなんだろうね。あ、そうだ、前から確認しようと思っていたことがあったんだった。思い出した」

 「なに、裸?」

 「ちがうって!」


 とりあえずは変装している(であろう)彼女の意志を尊重して、ある程度、距離をおいてつけていくぼくたちだった。彼女は予想通り、様々な店で『ケレリタス』のモデルを探しては買い集めていた。場合によっては複数個買っていたあたり、もしかしたら買い占めているのかもしれない。


 「ねえ、ロール。もしかして、あのおばさんが、『ケレリタス』がすぐ売れちゃうのって言ってたのって」

 「……転売でもする気なのかしら」


 そのまましばらくつけていく。その間にぼくはさっき確かめようとしていたことを意識して、彼女の行動を見つめていた。さすが『ケレリタス』のパイロットというべきか、複雑な人混みの中もダンスを踊るようにして、するするとかわしていく。決闘するまでは、直線軌道が主だと思っていたのだけど、それはちがう。彼女は円軌道を主としており、それがあまりにも合理的で最小限の動きで行われるものだから、何も知らないと直線的に見えてしまうのだ。


 やっぱり思った通りだ、だとすると――、ぼくは予想が当たったことが嬉しくて、若干興奮を隠しきれなくなってきた。


 「ゼペット、視線がエロい。なに、ミニスカート? ニーハイソックス? わたしもそういうのした方がいい? ツインテはちょっと難しいけど……」


 なんかよくわからないことをぶつぶつと呟いているロールのことは放っておいて、彼女の後を追う。『アンティキティラ』第八ブロックメインストリート『クロックワイズ大通り』から、第七ブロック中央マーケット『フェレスリュンクス貴族館』まで。


 さて、そのあたりで、彼女のリュックはもうぱんぱんを通り越していて、両手に大きな袋を抱えて歩くサングラスの不審者に成り果てていたのだが、きょろきょろとしたまま、どこにも進まなくなってしまった。東に数ブロック歩いては頷いて、そのまま一番大きな建物の前に戻ってくる。


 「どこからどうみても」「迷ったね、あの人」


 ぼくたちが目を合わせて頷き合っているあいだにも、謎のサングラスコッペリアオタク少女は、手書きの紙の地図をくるくると回している。


 「あのー、すみません。シィさん」

 「ひゃい!?」


 ピンクのツインテールの飛び跳ねっぷりが、その驚きのレベルを示していた。ずれかけたサングラスを直しながら、「シィって誰のことでゲス?」みたいなことを言うものだから、2人揃って溜息をつく。すると、おずおずと、彼女はサングラスを外した。


 「どうもこんにちはおひさしぶりねっ!」

 「もしかして、迷子になりました?」

 「……あなたたちには関係ないでしょう!?」


 「あなたたちの手は借りない」だの、「そ、そもそもわたし迷ってなんてないし」だの、ぴーちくぱーちく言っていたが、「ちょうどぼくたちも帰るところだから、一緒に帰ろうよ。基地でしょ?」と言うと、しぶしぶ頷いた。


 「あ、そうだ。シィ、実家とかに寄ったりするかな?」

 「ないわ」


 即答だった。


 「ないの。幼いころに亡くしたわ。基地が突破されて、この街ぎりぎりまでファフロッキーズが迫ったことが五年前に一度だけあったそうよ。わたしはそのときの被害区域の唯一の生き残り」


 彼女がファフロッキーズ討伐に命を燃やす理由がわかったような気がした。そういう過去があったということは教科書レベルで知っていたことだが、実際にこうして目のあたりにすると重みが違う。


 「そのあと司教様に拾ってもらった。だから、わたしの帰る場所は、あの基地しかないの。あそこで暮らして、あそこで死ぬわ」

 「それで帰れなくて困っていたんだね」

 「ぐぬぬ」


 ぼくももともとこの街の生まれではないし(仮にそうだとしても記憶を失っているし)、何度もロールと一緒に迷子になったことがある。そこで役立つのが、街のどこにいても必ず目に入る蒸散塔だった。各方角に特徴的な突起があるから、まずはそれで方角を。次に、この街は塔を中心とする同心円を描くように区画が整備されているから、近くの交差点のブロック数を見れば、距離が算出できる。それを踏まえて現在位置を確認すればいい。


 ――ということを、シィに伝えたんだけど、いまいち伝わっていないようだった。


 「いや、そんなきょとんとされても」

 「よくわかんない。ねえ、それにあの塔は何のためにあるの? ファフロッキーズの監視塔? でもそれならあの基地があるわよねえ」

 「……マジで言ってるの?」

 「なによ、馬鹿にして」


 呆れてものもいえなかった。どうやらこのシィ=ライトロードという少女はパイロット適正以外はからっきしなのかもしれない。これほど整然と構築された街で迷子になるくらいだから。


 「かつて古の『賢者』が『魔石』をこの街に封印した、これは知ってる?」

 「うん、司教様に教わったわ。馬鹿にしないでよね!」

 「その『魔石』は『賢者』たちの制御魔法によって、あの蒸散塔の地下深くに埋められている。そこには巨大な水槽があって、『魔石』の力で沸騰させられているんだ。その蒸気を羽根風車で受け止めて、動力とし、地下を通じて、街中にギア動力が配給されている」

 「……やかん?」


 ものすごくきょとんとされた。


 「まあ、そうだよね。『賢者』たちのころは水蒸気が塔を昇るにつれて冷やされて、別経路でまた水槽に戻る仕組みだったらしいけど、いつしか壊れてしまって、こうして霧の街になったわけ。だから水守という、水を絶やさずにいるための職の人がいるんだ。彼がサボると、この街すべてが止まる。どころか、熱暴走して、『魔石』も使えなくなるって言われてる」

 「燃料はなくならないの?」

 「『魔石』はそれだけ強力な力を秘めているんだ。直接近づくと人体に影響があるくらい。だから地下に埋めているんだけど、逆にぼくたちがお湯を沸かす程度だけど、ほとんど消費されていないんだって」

 「へえ、賢いのね、ゼペット」


 素直に感心してくれるシィだった。紙袋を抱えたロールの目線が若干気になるが、悪い気はしない。というか、幼児に物事を教えているような気にもなってくる。


 それにしてもどうしてこんなにも物事を知らないのだろう。ぼくだってほとんどが司教様に教わったことばかりなのだが、彼女はあまり教えてもらえなかったんだろうか。


 「コッペリアの中にも小型の『魔石』が封ぜられているんだ。いわば小型の『アンティキティラ』ともいえる動力で動いている。コッペリアの量産が出来ないのはそれが理由で――」

 「コッペリアの中にも!?」


 シィはこれまでぼくの発言に対して、いちいち子供らしいリアクションを起こしてくれた。それは話している此方側としては気持ちのいいものだったが、さすがにいまの言葉に驚かれるのは、意味が違う。そうだ、それは無邪気と評するべきものじゃなくて、もっと深い意味を持っている。


 それを知らないなんてことは、コッペリアに乗る以上、ありえないからだ。とすると、理由はただひとつ、司教があえて教えなかったということ。


 ロールも同じことを思ったらしく、ぼくに目配せをする。シィはポンコツだから気づかないだろうけど、ぼくとの短い会話の中で、推測材料は既に出揃っている。


 ひとつ、ファフロッキーズに対抗するために、コッペリアには尋常ならざる動力が必要であったこと。そのためにかつて『賢者』は小型の『魔石』をコアとして封じ込めた。そして、『魔石』はそのエネルギー故、直接近づけば人体に悪影響を及ぼすということ。当然、長時間そこに乗って戦う生活を送れば影響を受ける量も多くなる。


 ――あの基地に大人のパイロットがいないのは、そのためだ。


 通常、コッペリアのパイロットは三年持てばいいほうと言われている。だからあの基地のパイロット候補はほとんど孤児であるし、コッペリアにあこがれているあの雑貨屋さんの子どもたちに、おばさんがその道を薦めないのはそのためだった。


 ――司教がわざと。


 そこから先はただの推測になってしまうから、いったんその悪い思考を停止する。突然立ち止まったぼくたちに、シィが不審な眼を向けている。


 ロールがどうにかその場を取り繕ってくれた。

 「あー、そういえば、ゼペット。ほら、シィに確認したいことがあるって言ったじゃない。ここまで色々教えてあげた見返りに、訊いてみたら? なに、うまい操縦の仕方? トレーニングの予約?」


 頼りにされて嬉しいのか、少女のツインテールが跳ねた。


 「なんでも聞きなさい。わたしのほうが先輩なんだからね!」


 ふたりの少女に見つめられて、とりあえずぼくは先の黒い推測のことは忘れることにした。そうだ、シィに直接確認したかったことがあった。それはあのコッペリアの決闘のときに不意に感じた違和感で、さっき雑踏の中の彼女の姿を見て、若干確信に至ったことのなのだけど――。


 「ずっと君の脚のことばかり考えていたんだけど」

 「ふぇ?」

 「ゼペット!?」

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