第十二話 覆面怪盗の罠(九月十六日 鞠子)

 日曜日。

 鞠子が昨日の出来事を刑事課長に報告したところ、警備部経由で市内の宅配業者に捜査への協力依頼が流された。

 今日、福岡家に届けなければならない荷物があった場合には、警察にも連絡をしてもらうことになっているが、今のところどこからも連絡はない。

 鞠子が朝から福岡家に張り付いていたところ、午前十時に郵便が届いた。

 警備部は宅配業者に絞って協力依頼をしたらしい。あまり大げさなことはしたくない、ということだろう。

 意味なく態度の大きい郵便配達人は、鞠子が身分証明書の提示を求めると激しく抵抗した。

 すったもんだのやりとりの後で、郵便局長経由警察署長に抗議すると言いながら、郵便配達人は帰っていった。


 犯行予告の時間が迫る。

 福岡家は、周りが一軒家やマンションに囲まれているので、夜も九時を過ぎると辺りに人の姿はない。時折、こまくさ道路を走ってゆく車の音が聞こえてくる以外は静かなものだった。

 夜の二十二時三十分。

 鞠子の耳にかすかにスクーターらしきエンジン音が聞こえた。どうやら、こちらに近づいてくるらしい。

 彼女が窓から外を伺うと、そこにはちょうど到着したばかりらしい寿司のデリバリー業者がいた。

 信州の九月中旬の夜である。外気温は既に低い。

 寒そうに身を縮めた彼は、店名が派手に書き込まれたボックスの中から寿司桶を取り出している。

 鞠子の背筋を冷や汗が伝う。

 玄関のチャイムが軽やかに鳴った。

 鞠子が代表して玄関に向かいドアを開けると、信濃大学の学生らしき、とても体格の良いバイトの男性が、

「お待たせしましたぁ。本日は銀シャリ寿司をご利用頂きましてありがとうございまぁす。上寿司五人前、お届けにあがりましたぁ」

 と、鼻を赤くしながら元気よく言った。

「ちょっと、靴を脱いで中に入ってくれるかしら」

「は? あの、でも」

「いいから」

 状況が飲み込めない男性を急き立ててリビングに誘導すると、その配達員は応接室の入口で立ち竦んだ。

 当たり前である。室内には目付きのよくない男達があちらこちらにいて、自分を凝視しているのだ。

「私達は警察です。詳しくは説明できないけど犯罪の捜査中なのよ。話を聞かせてもらえないかな」

 鞠子は彼をソファに座らせると、前にしゃがみこんで言った。

 大学生以下の男の子は、この位置関係で女からたのみごとをされると断ることができない。彼は顔を赤らめて、こくこくとうなずいた。

 彼は三好という信濃大学の学生で、アルバイトで宅配寿司の配達員をしている。

 福岡氏の名前で注文が入ったのは当日の午前中で、時間指定の配達依頼だった。注文を受けたのは昼のシフトのアルバイトなので、電話の相手の情報はない。

 必死になって電話を受けた女の子を弁護しているところをみると、彼はその子に好意を抱いているらしい。

 ひととおり話が終わると、三好はもぞもぞと身体を震わせて申し訳なさそうに言った。

「ところで、僕はいつ帰れますか?」

「忙しいの?」

「いえ、夜のシフトが終わる時間が二十三時なんです。松本市のデリバリーは、だいたいそうなんですよ」

 その言葉を聞いて鞠子は嫌な予感がした。

 窓に駆け寄って外を見る。

 そこには派手なカラーリングのデリバリーピザのスクーターが停車したばかりだった。

 さらに、遠くからかすかに複数のスクーターの排気音が近づいてくるのがわかった。

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