第五話 問われる

【本文】

 その翌日の昼休み時間。

「ねえ、みくりちゃん。今日も忙しいの? 一緒に帰らない?」

 やはり麻衣ちゃんは話しかけてきた。

「ごめんなさい。今日もやることがあって忙しいの」

 私は昨日と同じように簡潔に断る。

「そう、なんだ。じゃあ、しょうがない、かな……」

 麻衣ちゃんは一瞬だけ寂しそうな顔をすると、次の瞬間には笑顔に戻って、

「じゃあ、また今度、声かけるね」

 と言った。彼女は背中を向けて、視界から消える。

 私は机の上に広げていた本に視線を戻した。

 どうして麻衣ちゃんが毎日飽きもせずに私に声をかけるのか、私には理解が出来ない。

 これだけ何度も断られているのだから、いい加減に断念してはどうかと思う。

 彼女に、無駄な手間をかけさせたり嫌な思いをさせたりするのは、本意ではない。

 私も、あまり嫌味な言い方をしたり、横柄な対応をするのは好きではなかった。

 だから、それなりに返事をするようにしていたのだが、それがいけないのだろうか。

 もっと「迷惑だから、もう話しかけないで」というオーラを出していれば、麻衣ちゃんは話しかけてこないのだろうか。

 それとも、彼女を怒らせることになって、嫌がらせをされたりするのだろうか。

 そうなっても別に私は困らないのだが、面倒臭いとは思う。

 私は「他の人との距離感」がよく分からない。

 電話で自分の母親と話をする時も、どういうスタンスをとればよいのか分からない。

 分からないから、淡々とした応対になる。

 普通の人が、自宅でどんな生活をしているのか分からない。

 研究するつもりでテレビのドラマを見ていた時期があるが、なんだか感情的なやりとりが多くて、疲れて見るのをやめてしまった。

 ドラマだから、かなり誇張されているとは思うが、仮に半分ぐらいが真実の姿だと仮定しても、こんな面倒な人間関係を維持するのは大変だろうな、と思う。

 自分が出来ることは自分でする。

 自分が出来ないことはお願いする。

 それだけで、大半のことは処理できる。

 他に何が必要なのだろうか。麻衣ちゃんは多分、その「他に必要な何か」を私との間に求めている。

 それがよく分からない。

 家に帰って窓際に置いたお菓子の空き缶を見つめる。

「ねえ、コレもん――」

 そこに転がっているふわふわとした毛玉に話しかける。

「ヒトはどうして関係を持ちたがるんだろうね」

 毛玉は答えない。どうやら昨日のように直接接続されないと、会話は出来ないらしい。

 そして、接続するにはエネルギーが必要だ。

 人差指で毛をつついてみる。毛は、いくらか曲がっては、ふわふわと元に戻った。


 *


 それからしばらくの間、コレもんが再びエネルギーの充填を終えるまで時間がかかった。

 道端で拾い上げてから直接接続できるようになるまでには、一日程度しかかからなかったのに、その接続が切れてからというもの、なかなか彼は戻ってこなかった。

 これは天候が影響している。

 ここしばらく雨が続いていて、陽光が差さなかった。

 彼が、陽光の何をエネルギー源にしているのか不明なのだが、雲に遮られるとエネルギーは貯まらないようだ。

 単調な日々が続いた。

 朝起きて、簡単な食事をして学校に行く。

 昼の給食を食べ終わった頃に麻衣ちゃんが私に話しかけてくるので、簡潔に断る。

 学校から帰って、家政婦さんと話をする。

 たまにママからの電話がかかってくる。

 夜ご飯を受け取って、お風呂に入って寝る。

 休日は学校の代わりに図書館が入る。

 麻衣ちゃんの代わりは入らない。

 他はほぼ一緒。

 生活が単調な分、考える時間がとれて非常に嬉しい。

 私は「オヴァクェ」について調べ、考えたかった。

 図書館の本やインターネットなどの一般公開情報は役に立たないので、パパやママの権限で非公開情報にアクセスする必要がある。

 しかし、同じ時間に同じ人が離れた二点で同時にアクセスするのはどう考えても危険だから、私の利用時間は「パパやママがアクセスしていない時間」に限られる。

 向こうの夜中であれば大丈夫かというと、そうでもない。

 自宅で徹夜していることもある。

 メールで写真を送った時に、こっそりとスパイソフトを同梱してみた。

 今のところ気づかれていない。

 これで二人のアクセス状況がモニター可能になったが、今使っていないからといって、急に使わないとも限らない。

 現地の時刻と、それまでの継続時間を勘案して、安全な時間をピンポイントで推定して、アクセスする。

 短時間で情報を引き出し、消える。

 それを繰り返して、現時点の「オヴァクェ」に関する概況は把握できたものの、最先端の研究成果は分からない。

 その領域はセキュリティが厳しいので、短時間ではアクセスできないからだ。

 「オヴァクェ」そのものについては、本人に聞くのが手っ取り早いのだが、彼は「疲れて、寝て」いる。

 質問したい項目だけが積み重なっていった。


 *


 コレもんが復活したのは一週間後だった。

 学校から帰ってきて、窓辺に置いた箱のほうを眺めると、昨日までより明らかにふっくらと盛り上がっている。

 そうに違いないと思って、みくりはコレもんを頭の上に乗せると、


 急に世界が変わる。


 今日は学校の教室のようなところだった。

「この間は大変失礼した。最後に急に力が抜けてしまった」

 教壇の上、空中に浮かんだコレモんは、謎の生命体にしては律儀なことを言う。

「この間、街角で拾った時よりも回復に時間がかかったようだけど」

「過去の出来事の再生に、思った以上のエネルギーを使ったようだ。今日は極力、概念伝達だけに絞ってみよう」

「つまり、講義形式というわけね。それじゃあ早速質問があるのだけれど」

「なんだろうか」

 私はここ数日疑問に思っていたことを整理すると、まずは最初に感じたものから質問を開始する。

「オヴァクェはどうして人間を怖がらせるのかしら?」

 人間の研究によって、前述の通りオヴァクェは「人間の脳で生じている電気シナプスおよび化学シナプスの流れと共振することでエネルギーを摂取しており、その中でも恐怖によって生じる共振が彼らにとっての大好物」らしいということは分かっていた。

 単にそれを本人に確認してみたのだ。

「我々は、外界のエネルギーと共振・共鳴することでその存在を維持している。その源としてもっとも吸収効率がよいのは人間の精神エネルギーだ。中でも「恐怖」の感情が現時点でもっとも吸収効率がよい。言い換えれば『おいしい』ということになる」

 コレもんは公式見解と同じような説明をした。

「ふうん。こっちの世界と向こうの世界を行き来しているようだけど、蜜蜂みたいなものなの」

「ちょっと違うが、大差はない。確かにこちらの世界で得た『栄光』を、向こうの世界に運んでいる」

「なんだか効率が悪いと思うのだけれど」

「人間の感覚からするとそうかもしれぬ。過去に『伝説の勇者』と呼ばれた存在が、一度に膨大なエネルギーを得たことがあったといわれているが、原因は分かっていない。なにしろ、その量に耐え切れずに彼は自壊したから、源泉が分からなかった」

「あまり多すぎても困るということか。ところで、『栄光』というのはエネルギーらしいから、つまり、コレもん自身もエネルギー体ということかしら」

「いや、一応は実体がある。極めて小さいがね。おかげでこちらの世界の物質に同化したり、その物質の間を摺りぬけたりできるのだ」

「物質に同化できるということは、人間にも同化することが可能なの? この間は映像で追体験しただけだけれど、リアルタイムで一緒に経験することもできるのかしら」

「それは可能だ。先日は概念を借りて世界を構築し、それに出来事を再生したわけだから、同化した状態とは少々間隔が異なる。物質的に同化することで、その物質に流れるエネルギーを直接お借りすることもできるから、一方的に世界を構築して説明を行うよりは効率が良いし、長持ちになる」

「私の持っているエネルギーも利用することで、この間よりは長い時間、話ができるということね。概念的にはわかるけど、実感としてはよく分からないな」

「では、実際に試してみるか」

 私は少しだけ考えこむ。

 果たして、謎の生命体と一心同体になることにリスクはないのだろうか。

 彼は、特別なことではないような口ぶりだが、同化を認めた途端に体が乗っ取られて私が脇に追いやられてしまう可能性はないのだろうか。

 コレもんは目の前、教壇の上でぷかりぷかりと浮いている(姿を構築している)。


 彼のことを信用しても本当に大丈夫なのか。


 みくりはその邪気のなさそうな姿を見つめる。

 見た目に騙されてはいないかと自分に問う。

 そして、腹を固めた。私一人を乗っ取ったところで世界は変わらない。

 私が私でなくなっても、誰かが悲しんだりするわけではない。

「そうね、試してみましょう」

「では、同化してみよう」

 コレもんは空中を漂って、私に近づいてくる(姿を構築している)。

 私は何か特別な演出はないかと期待する。

 光が急に強まるとか。

 高い熱を感じるとか。

 逆に冷たい風が巻き起こるとか。

 しかし、そんなものは一切なかった。

 彼は無造作に私の前まで漂ってくると、淡雪のように私の頭に入って――


 同化する。


 みくりは、ただ座っていたが、なんだか普段よりも身体が軽くなったような気がした。

(気のせいかしら――そうではない)

 同化しているので、思考は断絶せずにそのまま説明、理解へと至る。

 実際に動きがよくなっている。

 人間は誰もが高い身体能力を持っているが、普段は自分で制限をかけているだけなのだ。

 そうしないと、自分の力で自分の肉体を壊してしまうことになる。

 今はその機能をフルに使っても問題ない。

(私――わたしはコントロールできる)

 みくり=コレもんのコレもん側は、同化がみくりにとって未知の状態である点に若干の危惧を抱く。

 しかし、みくり=コレもんのみくり側は、家の中だけでは能力の限界がよく分からない。

 だから、外に出てみることにした。


 初夏なので、まだまだ外は明るかった。

 時刻は午後十七時にもなっていない。

 みくり=コレもんは、玄関を開けて通りに出る。

 二階にある自分の部屋の窓から外に飛び降りてもまったく支障はなさそうだったが、無駄なエネルギー消費は極力避けたかったのでやめた。

(復活に時間がかかると困るからね――そうだな)

 家の向いにあるマンションのエントランスには、常駐の管理人さんがおり、ちょうどこちらを眺めていた。

 彼が、

(いつもならは大人びた会釈を返してくる子が、今日はなんだか上の空で出て行ったぞ)

 と、若干戸惑いを覚えながら私の後姿を見送り、

(まあ、特に追いかけて事情を聴くまでもなかろう)

 と、テレビ番組に視線を戻したところまでの感情の流れを、みくり=コレもんは把握する。

 知覚可能な範囲が拡張されていた。

 人間の感情と同調してエネルギーを獲得する種族らしいなと、みくり=コレもんのみくり側は考える。


 *


 みくり=コレもんは歩いて、近くにある公園に向かった。

 通りには他にも歩いている人がいる。

 多くはなかったが少なくもない。

 一応、彼女が住んでいる地域は高級住宅街の中心に立地している。

 駅などの公共交通機関の便も良かったから、住んでいる人や遊びに来る人は多かった。

 通行人一人一人の動きはランダムなものであったが、みくり=コレもんにはその運動が重なりあう中で、最も効率的な移動経路が見えていた。

 ほぼ直線上を他の人の歩きに邪魔されることなく進んでゆく。

 その動きを注視している者がいれば、彼女の滑らかな動きの不自然さに気がつくはずだったが、そのような視線の交叉点も回避しながら進んでゆく。

 十分ほどで自宅の近くにある公園に出た。

 走ればもっと短縮できたが、目立つことは避けたほうが無難だ。

 ここはよく整備された公園で、平日でも乳幼児をつれた母親の姿がよく見られる。

 しかし、夕方の時間に差し掛かっていたため、今はまばらであった。

 その残り少ない家族も、いそいそと帰り支度を始めていた。

(さて、どうしましょうか――やってみよう)

 みくり=コレもんは、公園の端にある前方後円墳の下までやってくる。

 すっかり景色に溶け込んでしまって、文化財のはずなのだが、小さな丘状の遊び場と同じように無造作に扱われている。

 上に昇る階段があった。

 みくり=コレもんは勢いをつけることもなく、いきなり三段ずつ駆け上がる。

 息を切らす間もなく、あっという間に頂上に昇っていた。

 そこには誰もいない。

 都合がよいので、普段ならば絶対試みない後方宙返りを試してみる。

 みくり=コレもんは、足を軽く曲げて勢いをつけると、滑らかに後方宙返りする。

 そして、コンクリート敷きの古墳山頂に危な気なく立ち上がった。

(すごい――これぐらいは普通だ)

 古墳に枝を投げかけている桜の木の、枝に飛び乗る。

 体重でかなりしなったが、折れはしなかった。

 枝が元に戻る勢いを使って、隣の木の枝に飛ぶ。

 同じく枝がしなり、元に戻る。

 みくり=コレもんは無造作に飛んだ。

 何度かそれを繰り返して、最後には地面すれすれのところまで降りる。

 残り二メートルぐらいのところで、やはり無造作に地面へと飛んだ。

 着地の衝撃は、膝で柔らかく吸収する。

(すごい――これぐらいはやはり普通だ)

 動物の飼育小屋がある横を歩いて、表の大通りに向かう。

 さすがに車を相手に力を試す訳にはいかない。大騒ぎになる。

 みくり=コレもんのみくり側はさほど気にしてはいなかったが、コレもん側が抑制する。

 木立を抜けて公園出口から左に折れる。

 駐車場の隣を五メートルほど進むと、大通りの横断歩道に出た。

 交差点の向かい側を何気なく眺めてみると、ちょうどそこに笹原麻衣ちゃんの姿があった。

 そして、彼女も私に気が付いたらしい。

 こちらを見て、笑顔で手を振っている。

 しかし、彼女は全く気が付いていない。

 私たちは気が付いている。

 時間感覚が遅延してゆく。

 緩やかな左カーブから直線に入る道路を、速度超過の車が駆け抜けようとしていた。

 その車の運転席には酔った男性が座っていて、無謀な速度によりコントロールを失った車のハンドルを握りしめている。

 彼の視点から車の進行方向に、麻衣ちゃんが立っているのが見えている。

 交差点にいる人々の中から、そのおかしな挙動の車に気が付いた人々が出てくる。

 安全圏まで離脱するために行動を開始した人も出る。

 物音や気配から異常に気が付いた麻衣ちゃんが車のほうを見つめる。

 しかし、もう遅かった。

 今から彼女が身体を動かし始めても、遅い。

 それに、むしろ彼女の身体は硬直している。

 恐怖がゆっくりと彼女の顔に浮かび上がった。

 そして――


 私と麻衣ちゃんとの間に稲妻のような流れが現れる。


(これが恐怖エネルギーの吸収なの?――その通り)


 項(うなじ)と両腕の産毛が、ちりりと逆立ってきた。

 みくり=コレもんの時間感覚がさらに遅延してゆく。

 それと同時に、麻衣との間に生じた稲妻のような気の流れが、徐々に頭のてっぺんに移動していき、そこから新しい力が次々と流れ込んでくる。

 麻衣が今感じている「恐怖」――それが流れ込んでいるのだ。

 無論、その「恐怖」はみくり=コレもんに向けられたものではなかったが、ここまで強烈だと指向性は問わないらしい。

 麻衣の周りにいる人々の恐怖も、同じように稲妻のような奔流となって流れ込んできた。

 家電を急速充電するような感覚、といえばよいのだろうか。

 身体中に新しい力が急速に行き渡り、知覚可能な範囲が急激に拡大してゆく。

 暴走車は、左カーブを曲がり切れずに対向車線の先にあったガードレールに激突して跳ね返った。

 完全に横向きの状態となって制御は失われている。

 運転席の男の瞳孔は開いていた。

 彼はハンドルを強く握りしめて小刻みに動かしていたが、その行為には何の意味もない。

 車は横向きになって滑っている。

 その前方には麻衣が立ち竦んでいる。

 もう誰も、何もできない。


 彼女=彼以外には。


 みくり=コレもんは、麻衣が立っている位置に向って走り出す。

 ただ、さすがに物理法則を無視することはできない。

 地上で高速運動すると、

(大気との摩擦熱が生じる――分かったわ)

 そんなに速度を出してしまうとみくりの身体が耐えられない、ということか。

 では、通常の五倍程度の速さならば、

(大丈夫だ――間に合うわ)

 みくり=コレもんは横断歩道を渡る。

 手前の車線に他の車の姿はなかった。

 実に運が良い。

 もちろん、車がいても余裕で避けられるのだが、面倒は少ないほうがよい。

 麻衣の傍らに辿りついた時点で、既に横倒しの車はその目の前に迫っていた。

 みくり=コレもんは、急いで影響範囲を計算する。

(麻衣ちゃんだけをその線上から離脱させれば――他の人には影響ない)

 そこで、麻衣だけを歩道の片隅へと誘(いざな)う。

 コントロールを失った車は、その横、寸前のところを流れてゆく。

 すべての危険が去った瞬間に――


 時間は唐突に元の流れに戻る。


 車が歩道を越えて駐車場の柵に激突する破裂音がした。

「――えっ?」

 麻衣は、今自分に何が起こったのか理解することができない。

 横断歩道の向こう側にある公園にみくりの姿を見つけて、手を振った。

 その時、右のほうで車の甲高いブレーキ音がした。

 驚いてそっちのほうを見ると、車が自分のほうに向かって横になって滑り込んでくる。

 頭が真っ白になった。

(それから、それから――)

 気が付くと、みくりに抱きかかえられて歩道の端に立っていた。

 車は、さっきまで自分が立っていたと思われる辺りを通り過ぎて、その先で歩道に乗り上げていた。

 駐車場の柵に深くめり込んでいる。

 車体はすっかり横向きになっていたが、幸いなことに巻き込まれた人はいないようだ。

 運転手本人も意識はあるらしい。

 窓から助けを求めるように手が飛び出してひらひらと揺れている。

 被害者がいなくてよかった。

(――いや、今考えるのはそこじゃない)

 みくりがいなかったら、自分はあの車の下敷きになっていたはずなのだ。

 今更ながらに涙が溢れ出す。

「あっ、あっ、あっ……」

 麻衣は何か言いたかったのだが、身体全体が震えてしまい、声にならない。

 その身体をみくりが抱きしめており、

「もう大丈夫。もう危険なことはないから」

 と優しく囁いている。

 麻衣はその声を聴きながら、それでもぶるぶると身体を震わせて、涙を流し続けていた。

 現場は騒然としていた。

 携帯電話を取り出して救急車を呼んでいる者。

 横倒しになった車のドアに取りつく者。

 これ以上、人目につくところにいるのは、彼女=彼にとって望ましくない。

 みくり=コレもんは目の前の歩行者用信号が青に変わったことを確認すると、

「麻衣ちゃん、ちょっと落ち着くまで公園で休んだほうがいいよ」

 と言いながら、麻衣を誘導した。

 麻衣は震えていたが、頭を上下に振ると、自動的に足を動かした。


 *


 しかし、その出来事を終始見つめていた者が二人。

「今の動き、尋常じゃあないね」

 頭からつま先までユニロクでコーディネートした『林』が、目を細める。

「こいつは手ごわそうですわね」

 ゴスロリに身を包み、茶髪にエクステでボリュームを加えた『清水』は、言葉とは裏腹に舌なめずりをする。

 二人は公園のすぐ隣にある小さなギャラリーに向かう途中だった。

 知り合いがそこで個展を開くことになり、その招待を受けていたのだ。

 だから、その日はたまたまそこを通りかかったにすぎない。

 そして、その知り合いとは気を遣わない間柄だったので、見栄をはらずに普段着でやってきていた。

 それが功を奏した。おかげで装備に抜かりはない。

 二人の狩人としての血が滾(たぎ)る。

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