第二話 旅立つ

 東門の当番を務めていた『銅の鎧を纏いて強襲する者』リロイが、風笛(サーテリアン)を吹いた。

「トー・ト・トー・ト・ト」という音色は”来客”を表している。

 彼は出迎えのために私室を出て、応接間に入った。

 執事『ぬばたまの闇の中で安定を司る者』モノフォーンは、今日も良い仕事をしている。

 祈祷台(アンサンルメ)には香気を司る秘薬『アルダスタ』がくべられた後、福音祈祷(セトル)が完了していることを示す「赤・青・赤・青・白」の炎の揺らめきがあった。

 揺らめきの間隔が短いことから、彼が応接間に入る寸前に完了するように見計らっていたことが分かる。

 モノフォーンの職業意識の高さに敬意を表しなければならない。

 そして、その敬意からかれこれ十五ギルが経過した。

 彼が想定した時間よりもこの時点で三ギル遅れているため、客がかなり疲労しているのではないかと心配する。

 あるいは子供や女性、そして老人の可能性だが、彼を訪れる者は基本的に騎士である。

 そして騎士にしては時間がかかりすぎている。

 回復の秘薬『カルデシュ』を祈祷台(アンサンルメ)に準備しておくべきだろうかと考え始めた時、北方での蛮族平定の報奨として与えられた、エノク材の一枚板で作られた扉が控えめに敲かれた。

 エノクは北方産の常として、厳し自然環境の中を鬩ぎ合うように成長し続けてきた木であるから、木目が細かく非常に硬い。

 強度は騎士の盾として使われているメタルと同等かそれ以上と言われている。

 それを扉として使えるようにするために、職人が工具を相当数駄目にしたほどである。

 要するにどれだけ荒っぽく敲いたとしても大丈夫なのだが、客はそれを知ってか知らずか、息絶え絶えのカリプスの息のような控えめさで叩いていた。

 扉をあける。

 すると、そこにいたのは世界の現状を体現するかのような騎士だった。

 かつて、王を守る近衛兵として『偉大なる王に選ばれし勇者』と呼称された頃には、彼らの衣は内から自然に漏れ出る燦然とした光に輝いていたであろう。

 今は、すっかり色あせて端々がすりきれ、揺らいで世界と同化しつつある。

 まるで、砂糖をいっぱいいれた水に、さらに角砂糖を放り込んだような細やかな揺らぎ。

 その波に共振しそうになり、彼は視線を客の全身像に戻す。

「王から遣わされました」

 と騎士は語る。

 当代の王『赤き月の傾きを見守る者』リクラスタイは決して暗愚ではないから、この惨状は王国の実力そのものを示していると考えて差支えない。

 伝え聞いていた『栄光』の枯渇が、いよいよ深刻なレベルに達していることが分かった。


 *


 代々の勇者達が持ち帰った戦利品『栄光』は、総量として膨大であったが、この王国を支え続けるためには少なすぎた。

『栄光』は作り出すことができない。

 奪い取るしかない。

 そして、近年『栄光』を持ち帰る勇者がいなくなってしまった。

 備蓄されたものを消費するだけでは、世界は維持できない。

 枯渇寸前の国庫に新たなる資源をもたらすものとして、やっと私が選ばれたに違いない。

(私が説明するのも変だが)私は、かの高名な騎士『曙の光を伴って歩く者』グステンが存命中と同じく、存在自体が既に伝説であった。

 王国が主催する競技会において、彼は過去の騎士達が打ち立てた輝かしきの記録をことごとく塗り替えた。

 そして、その記録は私自身がときおり更新する以外には破られたことはなかった。

 ランスフォー然り。

 エルベスタ然り。

 かのアルステルンですら、私に敵うものではなかった。

 これまで私が『旅立ち』を迎えていなかったのは、単に年齢で先行する者がいたからに過ぎない。

 そして、私に召集がかかったということは「先の派遣者も帰還できなかったこと」ことを意味している。

 王国に新たなる資源をもたらすべく、私は旅立つことにした。

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