魔性篇◆CASE3:休日


それは四月の終わりの夜竜の一言が発端だった。


「黄金週間か」

「?」


 学校帰りに例のごとく魂夜堂に立ち寄った弥生は、ぽつりとつぶやいた夜竜を見た。無論、意味がわからなかったからだ。


「もうすぐ五月じゃない?五月といったら黄金週間よ」

「ああ、ゴールデンウィークのことか」


 弥生が呆れたように笑った。いつものように、豪奢な椅子に座っている夜竜が、気分を害したように弥生の頬をつねる。


「いたたっ」

「弥生、せっかくのお休みなんだから、二人でどこかでかけましょうよ」

「は?」


 悪戯っぽく笑っている夜竜は、冗談を言っているようには見えなかった。

 弥生は戸惑って、


「二人で旅行ってことですか?」

「そうよ」


 弥生は考えるそぶりを見せた。


〝夜竜さんと会うのはいつも魂夜堂でだし……二人で陽の光の下にいるってのも想像できないな〟


「ね、悪い話じゃないでしょう?」


 夜竜はにこにこと身を乗り出している。それが妙に子供っぽくて、可愛らしい。数百年を生きている竜には見えない。


「んー、特に予定はないからいいけど、どこへ行くんです?」

「うーん、どこがいいかしら」


 夜竜はここでもない、あそこでもないとぶつぶつつぶやく。そして、はっと閃いたように、


「そうだ!竜宮城に行きましょう」


 たっぷり十秒、弥生はぽかんとした。夜竜はにこにこと、手を合わせたまま弥生を見ている。


「竜宮城?」

「そう、竜宮城」

「浦島太郎の、あれですか?」

「そう、乙姫が住んでいるあれ」


 未だ疑わしそうな顔をする弥生に、夜竜は、


「なに、行きたくないの?」

「いや、夜竜さんは海の中でも息できそうですけど、俺には無理」


 弥生の言葉に、夜竜は破顔した。


「そんなこと心配しなくていいのよ。竜宮城は、海の中にあるものじゃないから!」

「え」

「乙姫とは旧来の友達なんだけど、ほら、今ウミガメって、絶滅危惧種じゃない?乙姫は竜女なんだけど、好んでウミガメに化身しているのよ。乙姫の話によると、海の中って相当生きづらいんですって。だから仕方なくお供を引き連れて陸に上がったのよ」


 世間話をするように、そんなにあっさり言われても困る。


「それじゃあ、決まりよね?」


 夜竜に押し切られるように、ゴールデンウィークを利用しての二泊三日旅行は決まった。




 弥生が家に入ると、玄関に自分のものではない男物の靴があった。

 それに気づいた弥生が、軽く目を見張る。


「父さん?」


 リビングに入ると、そこには多忙で滅多に顔を合わすことのない父親・夜見久司(やみひさし)がいた。


「よ、弥生、遅かったな」


 弥生も顔を緩める。滅多に顔を合わすことがなくても、たった二人の家族。


「父さんこそ、珍しく早いんだな」

「まあ、明日からまた忙しいんだけどな」


 そんな風に、最近の出来事やらを報告しあう。と、弥生は思い出したように、


「ゴールデンウィークなんだけど、旅行に行くことになった」


 久司がきょとんとして、


「一人でか?随分寂しいな」

「いや、……友達?と」


 夜竜のことを友達というには無理があるが、まさか女主人やら竜女やら言うわけにはいかない。

 久司は、弥生が口を濁したのを、違う風に受け取ったらしい。にやりと笑って、


「友達かあ?ふーん、そうか。弥生もそういう友達ができたんだな」


 弥生はぶっと吹き出して、


「ちょっ、彼女とかそういうんじゃないからな!」

「ふーん、そうか、そうか。張り切ってこいよ」

「父さん!」


 そんな風に、哀れ弥生は父親にも頭が上がらないのだった。




 集合場所は魂夜堂。竜宮城への行き方も教えてもらっていない弥生は、三日分の荷物を背負って、時間通りに魂夜堂に現れた。

 旅行を楽しみにしていた夜竜だから、時間に遅れようものならば後が怖い。

 中に入ると、そこには当たり前だが夜竜がいた。


「弥生、準備はいいかしら?」


 弥生はとっさに言葉が紡げなかった。見慣れたはずの夜竜なのに、今日はいつもといでたちが違う。

 いつもはチャイナ服のような濃い色の身体にフィットした服を着ていることが多いのに、今日は白いワンピースに、淡い水色のカーディガン、そして黒髪は結わずにそのままで、柔らかい白い帽子をかぶっていた。

 少女のように可愛らしいいでたちに、弥生は思わず赤面する。


「どうしたの?」


 小首をかしげる夜竜が、可愛らしい。


〝これで喋らなかったら完璧なのに!〟


「な、なんでもありません」

「変なの。さて、行きましょうか?」


 夜竜が立ち上がる。その手にはころころと転がすタイプの白い旅行鞄。


「いつもと随分趣が違いますね」


 弥生が照れて、夜竜に言う。真っ赤な唇が笑みの形になり、


「可愛いでしょう?せっかくの二人旅行なんだし」


 文句なしに可愛い。しかし中身を考慮すると、というのは言わぬが花である。


「ところで、どうやって行くんですか?今、電車やらは満員だと思うけど」


 弥生はともかく、夜竜が満員電車で揺られる姿など、想像も出来ない。

 夜竜は呆れたように、


「私が電車なんか使うわけがないでしょう。そんなものに乗るくらいだったら、自分で飛んでいくわ」


 確かに、そちらのほうが気持ち良さそうである。未確認飛行物体が確認されて、ゴールデンウィークのテレビを独占しそうではあるが。


「弥生だったら、背中に乗せてあげてもいいんだけどね。でも今日は地下通路を使うの」

「地下通路?」


 意味深に笑う夜竜の後についていくように、弥生は魂夜堂の奥へと向かう。


「!」


 夜竜はいつも使う扉を開いたのに、向こう側の風景は今まで見たこともないものになっていた。

 薄暗い、石が積み上げられたような壁に、ランタンの光がぽつんぽつんと続いていて、足元は、階段になっていた。


「なんですか、ここ?」

「地下通路への入り口よ。さ、さくさくいきましょう」


 夜竜が慣れたように降りていく。コロコロ鞄を背負うように持っている夜竜は、男前にも見える。

 夜竜に続いて弥生も降りた。


 しばらくすると、駅のプラットホームのような場所に出た。しかし、そこは石を積み上げたような場所だし、線路は見えない。本来電車が通る場所は、土がむき出しのトンネルのような場所だ。

 弥生は物珍しそうに辺りを見回していた。


「これはね、私達のような闇に棲む者達が使う移動手段よ」

「そうなんですか?」

「そう。間違っても満員電車に揺られたくない、吸血鬼のサラリーマンとか、満月以外は大人しく学校の先生をやってる狼男も使っているはずよ」


 吸血鬼のサラリーマンも、学校の先生の狼男も、弥生には想像も出来なかった。


「そろそろかしら?」

「?」


 土のトンネルの向こうから、なにやら音が聞こえる。


 ぎ・・ぎ……ぎ……


 低い何かの鳴き声のようなものが、近づいてくる。

 そして、それが姿を現したとき、弥生は言葉を失った。


 ぎぎー


「さ、乗りましょう」


 それは、巨大な蜘蛛のような姿の、甲殻類だった。八つある赤い目が、弥生と夜竜を見つめている。銀色の甲羅が、闇に浮き上がって見える。

 長い足が前方へ伸び、背中には人が乗り込めるような丸いゴンドラのようなものが乗っている。


「な、なんですか、これ!」


 度肝を抜かれた弥生が叫ぶ。その声がうわんうわんと地下に響いた。

 夜竜は耳を押さえて、


「ちょっと、叫ばないでよ!これは蜘蛛土竜(くもぐら)、ジョロウグモの親戚よ」

「とてもそうは見えません……」


 夜竜はふふと笑って、弥生の手を引き、ゴンドラに乗り込む。蜘蛛には若干似ているが、土竜には到底見えない。


「さあ、行きましょうよ」


 しぶしぶ弥生も乗り込んだ。


ぎぎぎー


 二人が乗り込むと、銀色の巨大蜘蛛もとい蜘蛛土竜は動き出した。


「蜘蛛っていうより、どうみても甲殻類じゃないですか?蟹とかの仲間に見えます」


 弥生は小窓から蜘蛛の姿を確認しながら、優雅に座る夜竜に話しかけた。


「あら、蜘蛛は蜘蛛。私が蜘蛛って言ったら蜘蛛なのよ」

「たしかに姿は蜘蛛ですけど、どうみても甲羅が在ります」

「しつこいわね。細かいことにこだわる男は嫌われるわよ」


 あいにくちっとも細かいことではない。しかし夜竜に口で勝てるわけがないので、弥生は蜘蛛土竜の正体について言うのはやめた。しかしふと夜竜の方が口を開いた。


「種族など、考えても無駄だと思うわよ。どうせ、この子も闇に棲まうものなんだから」


 確かに、怪物と一口でくくられてしまいそうな見た目ではある。

 しかしその口調がやけに寂しそうに聞こえて、弥生は夜竜を見た。夜竜はその美しい顔を蜘蛛土竜に向けていたが、その横顔もやはり寂しそうだった。


「夜竜さん?」

「何?」


 夜竜が弥生を見る。その表情はもういつもの夜竜だ。しかしいつも一緒にいた弥生は気づいていた。時折夜竜が見せる、寂しそうな表情に。


「夜竜さんはよく使いますよね、闇に棲まうもの、って言葉」

「そうね。私たちを呼称するには、ぴったりな言葉だと思うもの」


 弥生は夜竜と過ごすようになって、何人もの人間ではないもの達に会ったが、闇に棲む、というには、彼らは身近に思えた。


「俺にとっては人間ではないものって言葉のほうがしっくりきますけど」

「確かに私達は人間ではないけれど、生きていくのに人間である必要があるかしら?」


 夜竜の静かな言葉に、弥生がぐっと言葉に詰まった。


「犬や猫だって、人間ではないものたちよ。人間ではないもの、っていうと、人間が基準になるじゃない」


 夜竜は、何もかも悟ったような、そんな穏やかで静かな、それでいて寂しげな表情だった。


「私達は異質だわ。でも、私達は私達であることを異質だとは思っていないの。わかる?人間にとって、私達は異質だってこと。どこでどう間違えたのかしら。大昔、人は異質の力を持つ者達を崇めていたのに、時が経つにつれて忌み嫌うようになって、ついには信じなくなった。存在を否定された私達は、それでもここにいるのよ」


 夜竜は寂しげに笑って、


「人間達にとって、私達は御伽噺やファンタジー小説、映画や空想の世界の住人なの。現実世界にはありえない者達なのよ」

「でも……!」


 弥生は、違うとは言えなかった。事実弥生も、夜竜に出会う前は信じていなかったのだから。

 夜竜はくすっと笑って、項垂れてしまった弥生を見た。


「弥生が気にすることじゃないのよ。私達は共存できなかったの。きっと仕方のないことだったのよ。それにね」


 どこまで続くかもわからない真っ暗なトンネルの中、銀色の甲羅でそこだけが光って見える。トンネルはそれこそ蜘蛛の巣のように張っているようだが、蜘蛛土竜は迷わずに道を選んで進んでいる。

夜竜はそっと弥生の頬をなでた。


「私は弥生が、私達を受け入れてくれただけで充分よ」

「え?」


 少女のようないでたちのせいか、それとも他の要因か、夜竜が随分幼く見えた。


「人は、信じられないようなことが目の前で起こっても、信じないことが多いのよ。自分の目を信じないで、気のせいで済ませてしまう。そうやって、存在を否定されてしまうことが多いから、私達は必死に『普通』を装って、人として生きている」


 真っ白な手が、弥生の頬をなでる。それが心地よくて、弥生は夢の中にいるような気分になる。夜竜の身体から、時折青白い燐が光って消える。そのことで、弥生は夜竜が高ぶる感情を理性で押さえ込んでいるんだということを知った。


「それでも弥生は、ありのままの私を受け入れてくれたでしょう?」


 夜竜がにこりと笑う。それが本当に嬉しそうで、可愛かった。


「だから私は充分よ」

「本当に?」


 弥生はそっと夜竜の手を取った。


「俺は、夜竜さんの役に立ってるの?」


 初めて会ったときから、ずっと夜竜が繰り返していること。弥生は闇の血を引く者だと。しかし弥生は、自分はただの人間だと思っている。だから、夜竜と一緒にいることに理由を探していた。


「もちろんよ。私は、弥生に出会えて、自分を見つけたような、そんな気がした」

「俺、ただの人間だよ?」

「私を受け入れてくれた時点で、普通の人間ではありえないわよ」


 笑う夜竜につられて、弥生も笑ってしまった。




「やっぱり風は気持ち良いわね!」


 うーんと背伸びする夜竜の帽子のリボンと黒い綺麗な長髪、そしてワンピースが潮風になびいていた。


「竜宮……」


 一方弥生は、旅館の看板を見て絶句していた。まさにそこは、「竜宮城」だった。竜宮とでかでかと書いた看板を下げて、見た目は古めかしい旅館。いでたちは荘厳だ。夜竜はうふふと笑って、


「乙姫も物好きよね。陸に上がって商売なんて始めちゃうんだもの」

「あれ、乙姫って……」

「そうよ。海神(わだつみ)の子供。私と同じ竜よ。向こうは海竜ですけどね。さ、こんなところで突っ立ってないで荷物を置きにいきましょう」


 ころころと鞄を引きながら、夜竜が先に行ってしまう。


「あ、ちょっと待って下さいよ」


 弥生もあわてて鞄を担ぎなおして後に続いた。


「ようこそ竜宮へ」


 仲居達が一列になって二人を出迎えた。その中心に白い着物を着た紺色の髪の女性が顔を上げた。


「夜竜お姉さま!お久しぶりです!」

「久しぶりね、乙姫」


 小さな顔に、真っ白の肌。大きなくりっとした目に、桜色の頬。紺色の長い髪をゆったりと結っている。白い着物には、珊瑚や貝殻の淡い刺繍が施されている。

 愛らしい水色の瞳が、弥生に向けられた。


「こちらの殿方は?」

「夜見弥生、私のパートナー。闇の血を引いているの」

「どうも、初めまして」


 弥生が名乗ると、乙姫は嬉しそうに破顔した。


「初めまして、海神の娘で、女将の乙姫と申します。さ、部屋へと案内いたします」


 仲居達がそれぞれの持ち場に戻っていく。女将である乙姫じきじきに案内してくれらしい。


「乙姫、海神はどうしてるの?」

「お父様は無人島で、悠々自適に過ごしていらっしゃいますわ」


 弥生は乙姫を見た。乙姫といえば、日本昔話にも出てくるメジャーな登場人物である。そんな彼女とこういう風に話せる日がくるとは思っていなかった。


「この部屋を使ってください」


 案内されたのは、珊瑚の間と書かれた豪勢な部屋だった。二人は荷物を置いて一息ついた。乙姫は入り口で行儀良く正座しているので、


「ちょっと乙姫、仕事を忘れてこちらへきなさい。久しぶりに会ったんだから、それくらい許されるでしょう?」

「お言葉に甘えさせていただきます」


 夜竜の言葉に、乙姫は弥生達と一緒になって座った。その際、乙姫がじっと弥生を見たのが気になったので、


「どうしたんですか?」

「あ、いえ」


 弥生が尋ねると、乙姫は首を横に振った。弥生は首を傾げる。しかし乙姫のその様子に、夜竜は心当たりがあったらしい。


「まだ忘れられないのね?」


 夜竜の言葉に、乙姫は寂しげに微笑んだ。


「所詮は、住む場所の違う私達でしたので。仕方のないことでした」


〝もしかして、浦島太郎のことか……?〟



 浦島の子伝は、いろいろな説で言い伝えられている伝承だ。有名なところでは、乙姫の化けた亀を助けた浦島太郎がお礼に竜宮城に向かい、そこで楽しい時間をすごした後、玉手箱を受け取った浦島太郎が地上へ戻ると、700年の時が過ぎていて、両親の墓を見た浦島太郎が絶望して玉手箱を開けて、年老いて、最後には鶴になって西の空へ飛んでいったというものである。

 なぜ乙姫は玉手箱を浦島太郎に渡したのか、浦島太郎はなぜ玉手箱を空けたのか、などなどいろいろ学者の間でも話題になっている伝承だ。



 夜竜は、そっと乙姫の頭をなでた。


「それでも私達は出会う運命でした。前世からの繋がりだったのです」

「前世からの?」


 弥生が尋ねる。乙姫が頷いた。


「私達の話はいろいろ違った風に言い伝えられていますが、事実とは違うのです。遠い遠い昔、亀に化けて海で遊ぶのが趣味だった私は、浜辺で一人の青年に出会ったのです」


 乙姫が静かに語りだした。伏せ目がちの水色の瞳が、綺麗に輝いている。


「私は、すぐに気づきました。それが前世で結ばれていた魂だと。どうやってかは聞かないでください。わかってしまった、というそんな不思議な感覚だったのです。彼もまた、何かを感じていたに違いありません」


 乙姫は、時折ため息をつきながら、話を続ける。


「私は、竜宮城へと彼を案内しました。彼が望む限り一緒に……私は彼が、あの世界で暮らすことを望んでくれると思っていたのです。私にとって快適で、過ごしやすいあの場所は、彼にとっては違った。地上で生まれ育った人間である彼は、海の中では暮らせなかった。もとより私は竜で、彼は人間だった。海と陸、住む場所も違えば、生きる時間も違う。私達は、結ばれない運命だったのです」


 夜竜は乙姫を抱きしめた。


「もういいわよ、乙姫。わかっているから」

「でも、夜竜お姉さま……」

「私達と人間は、交じり合うことがない。共存することが出来なかった。だけど、私達がそれを嘆いても仕方がないでしょう?」


 乙姫は小さく頷いた。


「私達はここにいるんだもの。確かに存在しているんだもの。人間がそれを認めたくなくても、立派な事実として私達はここにいる。それで、いいじゃない」

「でも、彼の思い出は、忘れられそうにありません」

「忘れなくていいわよ。でも、過去に囚われて前に進むことを忘れてしまっては駄目だとは思わない?」


 夜竜の目に何を見たのか、乙姫は頷いた。


「そうですね。お姉さまの言うとおりだと思います」


 乙姫はなにか言いたげに弥生を見た。


「私は本当に幸運だわ。弥生に出会えたんだもの」

「でも、弥生さんは、人間でしょう?」


 竜と人間という立場の二人は、乙姫には理解しがたいらしい。


「言ったでしょう、弥生は闇の血を引く者だと」

「でも……人間として生まれ育ったことには変わりありません」

「それでも、弥生は私達を受け入れてくれた」


 二人の会話に、弥生は居心地の悪さを覚える。


「弥生さんは、お姉さまを受け入れてくれているのですか?」

「そうでなかったら、弥生はここにはいないわ。せっかくのゴールデンウィークを、私と付き合ってなんてくれるわけがない」

「夜竜さんが断らせてくれなかったんでしょうが」


 弥生の言葉に、夜竜はべえっと赤い舌を出した。負けじと弥生もぶうっと頬を膨らませる。

 その様子を見ていた乙姫が、ふっと笑った。


「夜竜お姉さまが選んだ方ですものね。間違いがあるはずがありません。それも、あの有名な闇の一族ですか」

「そう。本当に幸運だった」


 乙姫は歌うように、


「私達の、闇に生きる者達の中で言い伝えられている闇の一族の伝承。まさか、本当に人間に紛れてしまっていたとは」

「あの、夜竜さんはちっとも説明してくれないんだけど、闇の一族っていったい……?」

「あら、いつも説明してるじゃない。特別な血を持つ一族で、人間に紛れて隠れてしまった一族だって」

「夜竜さんはちょっと言葉が足らない」

「失礼ね」


 乙姫は苦笑して、


「闇の一族とは、貴方達の感覚だと、魔王みたいなものだと思います」

「魔王!?」


 あまりにも意外な言葉に、弥生は思わず声を上げた。


「特別な力を持った一族です。そのせいでよく命を狙われたそうです。一族は血を守るために、人間に紛れたと」


 乙姫の説明も、夜竜の説明とあまり違わなかった。どうやら弥生が無理やり納得しなければならないようだ。


「それにしても、俺がその闇の一族だって……やっぱり信じられない」

「無理に信じることはないわよ。いつかわかるときがくるから」


 夜竜がぱんっと手をたたいて、


「さて、こんなしけた話ばっかりしてないで、遊びましょうよ!せっかくの休日が台無しになっちゃう」

「そうですね。今お食事を運ばせますね。失礼いたします」


 そう言って乙姫が退室した。それを見送った弥生がぽつりと、


「しかし、夜竜さんの言う闇に棲まう者達って、本当にあちこちいるんですね」

「そうよ、気づいていないだけで。いえ、気づきたくないだけでね」


 夜竜がふっと笑って、


「もうこの話はよしましょう。私には弥生がいる。それで充分だから」


 夜竜はそうやって、弥生を求める。求められることは嬉しかったが、弥生は正直自分がその期待に応えられているかどうか心配になる。

 それに、自分も夜竜を求めているのかと言われると、疑問が残る。

 一緒に過ごしていくにつれて、夜竜が弥生の生活の一部になっていることは確かだ。

 一緒にいることは、夜竜の意思なのか、弥生の意志なのか。


「俺にとって夜竜さんはなんなんだろう」


 そんな疑問が、ぽつりと口に出てしまった。

 夜竜が弥生を見て、弥生ははっとして口を閉じた。


「弥生にとっての私?」

「…………」


 怒るかと思いきや、予想に反して夜竜はにっこりと少女のように笑って、


「飼い主に決まってるでしょう」


 そう言ってのけたのだった。

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