魔性篇◆CASE2:虚言


 学校帰りの弥生が魂夜堂に立ち寄ると、そこには来訪者がいた。

 魂夜堂の中は相変わらず意味不明な荷物でごった返していて、その人物はそれに埋もれるように座っていた。


〝こりゃあ、人間じゃあないな〟


 弥生がその人物に視線を向けると、その人物はぺこりと頭を下げた。

 灰色の肩までの髪に、お人よしそうな面立ちの男性だった。ひょろっとしていて、やつれた感じを受ける。その目は黄色い。


「あー……っと、夜竜さんには?」

「僕が来ることは知っているから」


 男の声は、どこまでも低い。陰気臭い、という印象が強かった。


「あら、弥生来てたの?」


 そこに夜竜が入ってきた。弥生を見ると、夜竜は嬉しそうに微笑む。その顔が、弥生は好きだった。

 夜竜は男の方を見て、


「紹介するわね。夜見弥生、私のパートナーよ。弥生、こっちは閻魔。ま、名前くらいは知っているわよね」

「どうも、弥生君」


 一方の弥生は、さらりと言われたメジャーな名前に、ぽかんとして、


「閻魔って、あの閻魔?嘘ついたら舌を抜くって、あれ?」

「そうよ」


 夜竜が含み笑いで、閻魔に視線を送る。弥生は意外の念を隠せないように、


「俺、てっきり貧乏神でも来たのかと!」

「ちょっ!」


 夜竜が大笑いした。言われた閻魔は、何の反応もせずに弥生を見る。


「貧乏神とか、きゃははははっ」


 笑いのつぼに入ったらしく、夜竜は乙女のように声高らかに、腹を抱えて笑っている。それにつられて、閻魔も笑う。


「ありがとう」

「へ?」


 突然の謝辞に、意味がわからず戸惑う弥生。夜竜の方は、涙目になりながら、笑いの波は収まってきたようで、


「ちょっと、閻魔、そこでお礼は駄目じゃないの。びっ、貧乏神とか言われてお礼言っちゃったら、真性の変態と思われても仕方ないじゃない!」

「変態はないでしょう」


 夜竜の言葉に、苦笑する閻魔の雰囲気が、明るくなる。


「僕は正直者が大好きだから。弥生君が正直者で嬉しかったんだよ」

「それでも貧乏神とか!」


 じゃれる夜竜を放っておいて、弥生は不思議そうに、


「それで、閻魔さんは今日、どうして?」

「うん、夜竜に毒抜きを頼みに来たんだよ」

「毒抜き?」


 弥生には意味がよくわからない。夜竜が、そっと弥生を手招きした。

 弥生が夜竜の傍に行くと、夜竜がそっと耳打ちした。


「なんでもいいから、嘘をついてみなさい」

「は?」

「いいから」


 嘘をつけ、と言われてすぐに思い浮かぶわけでもなく、途方に暮れる弥生。夜竜は仕方ないわね、と呟いて、


「弥生、今いくつだったっけ?」

「へ?」


 夜竜が意味ありげな視線を向ける。


〝ああ、嘘を言えってことか……〟


「16ですよ」


 弥生は、一歳若くさばを読んだ。その途端、閻魔が弥生を睨みつけた。


「えっ」


 その視線の鋭さに、弥生はひるむ。それに夜竜は笑った。


「ごめんなさい。閻魔、弥生に貴方の反応を見せたかっただけなの」


 閻魔は夜竜を見て、ため息をついた。


「やめてくれよ、そういう悪趣味な真似は」

「どういうことですか?」


 弥生だけがいまいち状況をつかめていない。夜竜は微笑んで、


「閻魔はね、嘘にとても敏感なの」


 弥生が閻魔を見れば、彼もうんうんと頷いている。


「弥生もさっき言ったでしょ?嘘をついたら閻魔王に舌を抜かれる、って」


 弥生は目を剥いて、


「まさか、俺の舌を抜くとか?!」

「いやいや、そんなことしないよ」


 慌てて口を押さえた弥生に、閻魔は苦笑を浮かべた。


「人が罪を犯すたびにね、僕がその罪を引き受けるんだ」


 意外な言葉に、弥生は閻魔の言葉を待った。


「僕が引き受けた罪は、その人が死んだときに全て業火となって本人に返さるというわけ」

「地獄の炎に焼かれる、ってことですか?」

「そういうこと。犯した罪は、身をもって、ってことだ」


 閻魔は続けて、


「嘘をつくことも、罪だからね。嘘をつけば、僕にはわかる」


 夜竜はいつものように涼しい顔で、扇子を弄んでいる。


「でもね、この閻魔に悩みってのがあるわけよ。それを私が聞いてあげてるの」

「それより、先に毒抜きを頼んでもいいかな」

「わかったわよ。弥生、奥に行くわよ」


 夜竜に続いて、弥生と閻魔が奥の部屋に入る。そこは弥生が処置室と呼んでいる場所だ。大掛かりな術を使うときに使われている部屋だ。天井も高く、広々としている。ほとんど置いてあるものもない。


「それじゃあ、始めるから。弥生は隅にいてね」

「わかった」


 弥生は大人しく部屋の隅に身を寄せた。閻魔は部屋の中央に胡坐をかいて座った。夜竜はその閻魔から少し距離を置いて立つ。


「用意はいい?」

「いつでも」


 閻魔が頷くと、夜竜はばっと豪奢な扇子を広げた。真剣な表情で立っている夜竜の身体から、青白い燐が飛ぶ。

 その赤い唇から、言葉のない旋律が紡がれ始めた。

 己の口から紡がれる旋律に乗って、夜竜が舞を始める。閻魔を円の中心にするように、ぐるぐるとその周囲を回る。

 その旋律も、その舞も、弥生の知っているどんなものにも当てはまらない。

 今の夜竜は人の姿なのに、なぜか弥生の目には、黒い美しい竜が燐を飛ばしながら戯れるように舞っているように見えた。


〝綺麗だな……〟


 神々しいほどの美しさである夜竜の舞に、我を忘れて見とれる弥生は、しばらくして異変に気づいた。


 夜竜の身から放たれた青白い燐が、中央に集まっていく。すなわち、閻魔の元へ。

 光の竜巻のように、ぐるぐる円を描く夜竜から、真っ直ぐに閻魔へと向かう光の奔流。


 感情が高ぶったときに燐を飛ばす夜竜だが、この光はそんな激情を含んだものではなく、とても穏やかな光だった。それに、量が半端ではない。夜竜から放たれる燐自体は少ないものだが普通ならすぐに消えていくものが、中央に集まっていくせいで、強靭な光の帯になって見える。

 その光の帯は、閻魔を包み込んでいた。

 目を閉じて、穏やかな表情を浮かべている閻魔を取り囲むように、光が包んでいく。

 さながら光の繭のようだった。



 数十分、舞い続けていた夜竜がその足を止めた頃には、光の繭に包まれて、閻魔の姿が見えないほどだった。

 夜竜は煌々と輝く光の繭に、静かに近づいた。その口から流れだす旋律は止まない。

 光の繭の前に立った夜竜は、ことさらゆっくりと扇子を下から上へと動かした。

 その動きに合わせて、ゆっくりと光が移動する。それにつれて、閻魔の姿が再び現れる。

 光は夜竜の動きに合わせて、完全に閻魔から離れ、その頭上で球体をかたどっていた。

 扇子を胸元にしまいこんだ夜竜が、光に手をかざす。

 光が、振動しながら収束していく。

 夜竜が、光を押さえ込むようにした。

 突然、夜竜の口から流れていた旋律が止まる。

 弥生は夜竜の手元を見た。光が、消えていた。


「はい、終わり」


 数十分も歌いっぱなしだったとは思えないほど、疲れを感じさせない声だった。


「ありがとう」


 閻魔が礼を言って立ち上がるが、彼自体に何か変化があったようには見えなかった。いや、憑き物が落ちたような、すっきりした表情をしているくらいか。


「これ」


 夜竜がそんな閻魔に何かを差し出した。それは、人の頭ほどの、真っ黒い結晶だった。それを受け取る閻魔。


「助かったよ」

「貴方も、大変ね」


 二人がそんなやり取りをしながら弥生に近づく。弥生も二人に近づいた。


「それは?」

「僕が引き受けた、罪の結晶だよ」


 弥生の問いに答えたのは、閻魔だった。


「この混沌の世の中、さすがに僕の中に全てを溜め込んで置けるほど人の罪は軽くないからね。時折夜竜に頼んで抽出してもらっているんだ」

「まあ、深い話はお茶でも飲みながらにしましょうよ」


 夜竜の言葉に、三人は部屋を変えた。




 薄暗くて、用途もわからないような荷物がごった返しているいつもの部屋。

 頑丈そうな古い机にお茶が三人分。

 豪奢なソファに座るのは夜竜、壊れそうな古い椅子に座るのは閻魔、得体の知れない巨大なオブジェに遠慮なく腰掛けるのは弥生だ。


「しかし、閻魔さんも大変そうですね」


 ため息をついている閻魔に、弥生が話しかけた。閻魔は疲れたように、


「僕は、人間が嫌いだ」


 そう言った。穏やかな見た目とは裏腹の、刺々しい口調だった。

 夜竜は我関せず、といったようにお茶をすすっている。


「平気で嘘をついて、人を傷つける」


 確かにそうかもしれない、と弥生は閻魔の話を聞いていた。


「僕は、人が嘘をつけばすぐにわかる。そのたびに僕は人が嫌いになる」


 閻魔が抱えているのは、人間に対する怒りのようだった。

 それに対して、言うべき言葉も見つからず、弥生は聞き役に徹する。

 夜竜の方と言えば、やはり聞いているのかいないのかよくわからない風で茶菓子をつまんでいる。


「そんな人間の中に紛れて暮らさなくてはならないとは、本当に住みにくい世の中になった」


 弥生は今世の中に起こっていることを考えてみた。

 他愛もない嘘から、詐欺や偽装――世の中には嘘があふれている。


「本当に嫌なのは、人が嘘をつくことに罪の意識を覚えていないことだ」


 確かにそうかもしれなかった。人は本当に簡単に嘘をつく。


「正直者が馬鹿を見る世の中だからね」


 今まで一言も発さなかった夜竜が、のんびりと口を挟んだ。しかしその言葉に、閻魔が眉をひそめる。


「そんな世の中にしたのも人間だ」

「そうね。人は、嘘をつかなくては生きていけない生き物ですものね」


 夜竜の静かな言葉に、弥生はふと考えた。


〝嘘をつかなくては、生きていけない生き物、か〟


 確かにそうかもしれないなと、今の嘘にまみれた世の中を振り返る。


「しかし、つかなくてもいい嘘を、人を傷つけるような嘘を平気で口にするのはどうだろうか」

「弥生は?弥生はどう思う?」

「え?」


 突然話を振られ、弥生は間の抜けた声を出す。しかし夜竜が弥生に向けた視線は、呆れたようなものでもなく、からかうようなものでもなく、とても真摯な瞳だった。


「嘘をつく、ってこと、どう思う?」

「えっと……いきなり聞かれても、うまく説明できないんだけど、俺、あんまり嘘つかないからさ」


 それが正直な感想だった。


「嘘ついても、メリットがないっていうか……隠し通すのが面倒っていうか」

「そうね。弥生は不器用だものね」


 ふふっと笑う夜竜だが、それは決して不快感を与えるようなものではなかった。


「閻魔、人はね、嘘をつかなくちゃ生きていけないの」

「そんな馬鹿なことがあるか」


 閻魔は不機嫌そうだった。夜竜はそんな閻魔をなだめるような穏やかな声音で、


「人は、心の均衡を保つために嘘をつくの」

「心の均衡?」

「そう。自身を守るために、嘘をつくのよ」


 夜竜は穏やかな微笑を浮かべていた。弥生は夜竜をじっと見ていた。


「小さな子供が悪さをしたときに、やってないって嘘をつく。それも自分を守るための嘘」

「だが、やはり嘘には悪意がある。やっていないと言い張っても、親は嘘をついた分その子をさらに怒るだろう」

「それはそうよ。嘘はいけないことだもの。でもね、嘘は自衛手段なのよ」


 閻魔はそれでも納得がいかないという顔をしていた。


「何かを守ろうとするために、嘘をつくのよ」

「何かを守るために、他のものを傷つけて良いと言うのか?」


 夜竜は首を横に振った。


「全ての嘘が、人を傷つけるとは限らないでしょう」

「どんな嘘が人を傷つけない?」

「その人が傷つくような真実を、隠したときは?」


 閻魔が口をつぐんだ。


「人が嘘をつくときは、自分を守るため、人を欺くため、そして人を傷つけないため」

「それでも、嘘は嘘だ。罪だ」


 閻魔は頑なだった。弥生は心配そうに夜竜を見ている。


「閻魔は、嘘が人を傷つけると言うけど、真実が人を傷つけることがないと言い切れるの?」

「そ、それは屁理屈だぞ」

「屁理屈でも、どう思う?」


 閻魔は言葉に詰まった。


「……確かに、言い切れない。人を傷つける真実はある」

「世の中にはね、人を傷つける真実の方があふれているとは思わない?」


 弥生は、ぼんやりと確かにそうだな、と思った。


〝人を傷つける真実が増えてることの方が、もしかしたら大変なことなんじゃないだろうか……〟


「私は、嘘をつく人間を責められないわ。人を欺くような嘘は、許せないけれど」

「かといって……」

「嘘は確かに人を傷つける。嘘を言ったことで、自責の念が生まれないことも問題ね。だけど、私は信じたいの。人は、自分の罪を理解できるって」

「…………」


 閻魔が、考えるような表情になる。


「嘘って、口で虚を紡ぐって書くじゃない」


 虚言とも言うわね、と夜竜が笑う。


「虚ってね、むなしいこと、って意味があるわよね。他にも、邪念や私欲のないことって意味もあるんですって。もちろん事実でない事って意味もあるけれど」

「邪念や、私欲のないこと?」


 弥生が目を見張った。


〝そんな意味もあったのか……〟


「人が嘘をつくとき、むなしいことをしているって気づいているって信じたい。その人の嘘が邪念や私欲のない、他の人のための嘘だって信じたいの」

「夜竜は、どこまで心が広いんだ?」

「あら、私の心なんて、猫の額ほどじゃないかしら」


 呆れたような閻魔の言葉に、夜竜は高らかに笑う。


「私が思うのはね、人を傷つけるような真実は、人が嘘をついても自責の念を覚えなくなったって事だと思う」


 夜竜は、哀しそうに付け加えた。


「嘘は、閻魔の言うとおり、やっぱり悪いことなのよ。だけど、嘘は誰かのためであってほしいと思う。そして、嘘を言うことは悪い事だってわかっていてほしいと思う。けれど、それができなくなったから、人はこんなにも迷うんでしょうね」


 夜竜は、遠くを見ていた。


「俺は、夜竜さんには嘘はつきませんよ」


 弥生が突然口を挟んだ。そしてうろたえる。自分でもなんでそんなことを言い出したのか、わからなかったのだ。

 しかし、夜竜は弥生を見て、嬉しそうに笑ったのだ。


「弥生が私に嘘をつけるわけがないじゃない」


 そうやって笑う夜竜に、なぜか弥生は嬉しくなる。


「僕がいるのを忘れていないかな」


 閻魔が呆れたように言う。夜竜はくすっと笑って、


「あら、まだいたの」

「随分な言い様だ」


 閻魔も笑った。


「人が、己の罪を自覚することが大切なんだよな。嘘が悪いとかそういうことじゃなくて」


 閻魔の言葉に、夜竜は何も言わなかった。


「僕は、神経質になっていたようだ」

「貴方もまた、自分を見直せたようね」

「そうだね。僕もまだまだ夜竜に頭が上がらないよ」

「ふふ、言ってなさい」


 閻魔は視線を弥生に向けた。


「弥生君」

「はい?」

「君はそのまま変わらないでくれ」


 弥生はきょとんと首をかしげた。


「どういう意味ですか?」

「そのまんまの意味だ」


 夜竜はくすぐったそうに笑っている。


「夜竜、君は本当に運が良い。闇の一族が弥生君で、本当に良かったな」

「あら、貴方に言われるまでもないわ」


 閻魔にまで闇の一族であることに焦点を当てられ、弥生はどきっとする。


「俺、闇の一族とか……そんなたいそうな者だとは思ってないんだけど」


 正直な感想を漏らす弥生に、


「弥生は間違いなく闇の一族よ。私の目に狂いがあるわけがないわ」

「僕の目から見ても、君は只者じゃないよ、弥生君。ただの人間ではありえない匂いがする」


 そんなことを言われても、弥生はただただ困ってしまう。


「夜見という苗字だって事も、大きいと思っているの」

「そうだよね。そうそうある苗字ではないし、音がやみ、だ」


 話がいつの間にか、弥生の話になっていた。


「夜見というのは、お父様の姓なのかい?」

「いや、母親の方です」


 閻魔に尋ねられ、答えた弥生の表情が暗い。夜竜がじっと弥生を見ていた。


「そうだったら、お母様に、不思議な力が備わっていてもおかしくないだろうね」

「母は、早くに亡くなって……」


 弥生の言葉に、閻魔がはっと口をつぐんで、


「ごめん、無神経だった」

「いや、知らなかったから、仕方ないでしょう」


 答える弥生の声が、そっけない。夜竜は敏感にそれを感じ取っていた。


「閻魔、今日はこれくらいでいいでしょ」

「そうだね、また今度、よろしくね」


 閻魔は立ち上がり、黒い結晶を抱えると、帰っていった。

 それを見送った夜竜が、そっと弥生の顔を覗き込んだ。


「そんなしけた顔しないの」

「ごめん」


 弥生が苦笑した。


「お母様が、恋しいの?」

「母さんのことは、あまり覚えていないんだ」


 夜竜は弥生の方へと椅子をずらした。


「夜竜さんは、俺の家族のこと、聞かなかったよな」


 弥生が隣の夜竜を見る。夜竜は微笑んで、弥生の肩を抱いた。


「私が興味があるのは、弥生だから。でも、聞いてほしいの?」


 夜竜の言葉に、弥生は考える。


「……よく、わかんない」

「そう、それなら無理には聞かないわよ。時間はたっぷりあるじゃない」


 夜竜に甘えるように擦り寄られて、弥生の顔が真っ赤に染まる。


「ちょ、なにやってんですか?」

「弥生が可愛いなーって思って」


 にこりと笑うと、赤い口元から鋭い牙が覗く。


「食べちゃいたいくらい」

「それは頼むから実行しないでほしい」


 弥生の焦ったような言葉に、夜竜はふふっと笑う。


「どうしようかしら」

「いや、本気でやめて」

「えー、弥生ってばとても美味しそうなのに」

「まだ死にたくないです」


 そんなやり取りに、弥生も笑う。


「夜竜さんの方が、俺なんかより美味しそうだよ」


 弥生がいたずらっぽく言うと、夜竜が目を見張った。


「あら、弥生の癖に、凄いこと言うわね」

「俺もやられっぱなしじゃないっすよ」

「あら、生意気」


 夜竜が弥生の耳を引っ張った。


「いってっ」

「ふふ、そんな弥生、大好き」


 弥生も苦笑する。




 夜竜のいる毎日が、魂夜堂で過ごすことが、弥生にとっての日常になっていた。

 次々と舞い込んでくる非日常的な出来事を、すんなりとうけとめられるようになっていた。


 変化は、目に見えないところで確実に進んでいた。


 それは、弥生が自覚していないところで、確実に進んでいた。

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