相談篇◆CASE1:相田真央


「死ねよ、ブス」

「きゃははは」


 罵声とともに、どんっと、背中を押されてよろめく。

 体勢を立て直す前に、続けて衝撃が走る。


「っ」


 私はそのままバランスを崩してこけた。


「やだぁ、どんくさい」

「あはは、何あれ、ださーい」


 耳障りだ。


 私はゆっくりと立ち上がって、スカートのすそを払った。

 男子生徒がすれ違いざまに、


「ねぇ、いつヤらせてくれんの?雌豚真央ちゃん」


 そんな、ひどい言葉をかけられるのも、日常茶飯事。

 もう、慣れた。


 学校に来て、上履きがないのもよくあること。

 体育で、体操着がずたずたにされて制服でいても、先生は何も言わない。

 教科書に落書きされたり、引き裂かれたりしていても、そのまま使う。


 言葉の暴力も、肉体的暴力も、いつものこと。


 もう、慣れた。


 だけど……。


慣れていることと、平気なのとは違う。



 私の名前は、相田真央。中学三年生。


 いじめを受けるようになったのは、去年からだった。

 きっかけは、一人の男子生徒が私に一目ぼれしたことだった。

 私自身は彼に興味がなかったのだけど、同じクラスに彼のことを好きな人がいたらしい。

その子は、彼が私のことを好きだというのを聞いてから、仲の良い子を巻き込んで、無視を始めた。

 最初は無視だけだったのが、どんどんエスカレートして今に至る。


 最初は、無視していればそのうち飽きるだろうと思っていた。

 だけど、いじめはどんどんエスカレートした。


 最初は、悲しかった。

 辛くて、落ち込んだ。


 我慢しているうちに、何も感じなくなった。

 何も感じなくなったら、どうでもよくなった。


 それでも学校へ行くのは、親に知られたくないから。

 こんなことで、負けたくなかったから。


 だけど、どんどん、心が霞んでいくのを感じた。


 私は、どこにいるんだろう。

 私は、息をしているんだろうか。

 私は、いったいなんなのだろうか。


 私は、ばい菌なの?

 私は、雌豚なの?

 私は、売女なの?

 私は、最低なの?

 私は、死ねば良いの?

 私は、生きていちゃいけないの?

 私は、目障りなの?

 私は、いったいなんなの?


 何をされても、何も感じなくなった。

 だけどそれって、死んでいるのと同じことなんじゃないの?


 噂も、全部嘘なのに。

 援助交際なんかしてないのに。

 皆がそう言えば、私は援助交際している売女になっていた。


 女子が私を見る目は、汚らわしいものを見る目。

 男子が私を見る目は、ヤる相手として値踏みする目。


 ねぇ、私は、生きている?



 先生なんて、当てにならない。

 学校なんて、当てにならない。

 教育委員会なんて、臭いものにふたをするだけ。


 いじめなんて、学校の汚名。

 だから、そんな事実はありません。


 そんなふうに結論づけて、知らないふり。



 だから、嫌になった。




 何もかも、嫌になったんだ。




 そんな毎日が。


 生きていることが。



 誰も、助けてなんかくれない。


 誰も、私なんか見つけてくれない。




 今日も、HRが終わる。

 皆、私になんて見向きもしないで帰っていく。


 少しだけ、安心できる時間。

 少なくとも、傷つけられることはない。


 誰にも会わなくてすむように、最後まで教室に残っていた。


「あ、いたいた」

「!」


 帰ろうと立ち上がったとき、男子が教室に入ってきた。

 体が一気に硬直した。


「なぁ、相田さん」


 にやにやと、名前も知らない男子生徒が私を見ている。

 私は教室を出ようとしたけど、捕まってしまった。


「放してっ」

「雌豚がなんて口きいてんだよ」

「ッ!」


 私はその男子生徒に腕をつかまれ、引きずられるように教室を出た。


「お願い放して」


 いくら頼んでも、彼は放してくれない。

 抵抗しても、私の力なんかじゃ駄目だった。


「きゃっ」


 乱暴に押し込まれたのは、校舎の端にある、人気の少ない男子トイレだった。

 誰も入れないように、扉に鍵がかけられた。


「……っ」


 そこには、数人の男子生徒がいた。

 彼らの私を見る目は、雌豚を見る目。


「連れてきたぞ」


 もう、駄目だと、思った。




 私は、人形になった。




 何も感じない。

 歩いていても、何も感じない。


 涙も出ない。


 悔しさも、怒りも、悲しみも、全てはとうの昔においてきた。


 自分が何処を歩いているのかも、わからなかった。

 ぼうっとしていたんだ。


 なにもかもがどうでもよくなって、

 ただ、歩いていた。


 どれくらい歩いていたのかもわからない。

 気づけば、あたりは暗くなっていた。


 ふと、視界の端に何かがひっかかった。


 何気なしにそちらを見た。


「……?」


 そこには、店があった。


 人気もない、薄暗い場所。

 誰も近づかないような、気味の悪い場所。


 その、扉が開きっぱなしになっていた。


「あれ、お客さん?」

「!」


 いきなり後ろから声をかけられ、驚いて振り返った。


 そこにいたのは、背の高い、制服姿の男子高校生だった。


 先ほどの記憶が、脳裏に浮かぶ。

 ぞわりと、全身の毛が逆立って、気持ち悪くなる。


「……中、入んなよ。扉、開いてんだろ?」

「…………」

「あんたのこと、夜竜さんが呼んでる」


 その男の人は、さっさと店に入っていった。


 今、なんて言った?


 夜竜さんが、私のことを呼んでいる?

 夜竜って、誰だ?


 ただ、私の足が勝手に動いていた。


 何かに引っ張られるように、私はその店に吸い込まれていった。




「いらっしゃい」


 中に入ると、さっきの人が不機嫌そうに椅子に座っていた。


「あの……」

「何も言わなくて良い」


 店の中は、骨董品や、怪しげなオブジェが置いてあって、薄気味悪かった。


「……ここ、なんの店なんですか?」

「相談屋だよ」


 さっきの人が、今にも壊れそうな椅子に腰掛けながら、むっすりと応えた。


 相談屋?


「相談屋……」

「ここは、相談屋【魂夜堂】」


 胡散臭い。


 私は、ため息をついて店を出ようとした。


「?」


 しかし、振り返って気づく。


 入ってきた扉がない。


「帰ろうとしたって無駄だ。あんたの闇を喰らうまで、夜竜さんは獲物を逃がしたりしないよ」


 唖然として、私は男の人を見た。

 その制服は近くの高校のもの。


「あら、弥生ちゃん、獲物だなんて、人聞きの悪いこと言わないでちょうだい」

「!」


 突然、女の人の声が聞こえたのは、私の後ろ。

 振り返ると、美女が私を見ていた。


「あの……」


 その人は、真っ赤な唇を満足そうに微笑ませて、私を見ていた。

 真っ黒の髪の毛が、紫色に煌いて見える。


 この世のものとは思えない美人だった。


「美味しそうな、お客様が来たわね」

「自分で呼んだんだろうが」

「弥生ちゃんはちょっと黙ってなさいね」


 女の人が言った瞬間、男の人が突然いなくなった。


「え!」


 驚いて辺りを見回す。

 そこにいるのは、私と綺麗な女の人の二人だけ。


「さて、邪魔者はいなくなった」


 ぽかんとしている私の身体が、勝手に動いて椅子に座った。


「!」


 目の前には、机をはさんでさっきの女の人が座っている。


 何が、起こってるの?


 さっきから、わけのわからないことが立て続けに起こって、混乱する。


「はじめまして。私は、夜竜」

「あ、貴女が、夜竜……」


 夜竜さんは、まじまじと私を見ている。


 見られることは、気持ちの良いことじゃない。

 居心地が悪い。


「貴女から、美味しそうな匂いがする。闇の匂い」


 私は、何も言わずに夜竜さんを見た。


「貴女は、この魂夜堂がなんのためにあるか知ってる?」

「え?」


 相談屋、だとか言っていたっけ?


「あのね、貴女は信じないかもしれないけど、吸血鬼って本当にいるのよ」

「は?」


 夜竜さんは、突拍子もないことを言い出した。


「吸血鬼だけじゃなくて、狼人間とかサキュバスとか、そういうのって、案外あっちこっちにいるのよ。気づいてた?」

「…………」


 もはや、どう反応して良いかわからず、硬直する。

 夜竜さんは、私のそんな様子にお構いなしで続ける。


「まぁ、貴女も私が竜だってことには気づいてなんてないと思うけど」

「えっ?」


 今のは、聞き捨てならなかった。

 夜竜さんが、竜?


 夜竜さんはにこにこと微笑んでいる。

 そして、私は気づいた。


 彼女の耳は、とがっている。


「……嘘……」

「残念ながら、私は嘘をつかないの。人間と違って」


 にっこり笑った真っ赤な口から、鋭い牙が見えた。


 私は、とって喰われてしまうのだろうか。


 そういえば、先ほど美味しそうだと言われた。


「なんで、笑ってるの?」

「え」


 夜竜さんは、にこにこしながら聞いてきた。


 笑ってるって、誰が?

 もしかして、私?


「貴女、私が怖くないの?」


 ぞくっ


 突然、夜竜さんの雰囲気が変わった。

 薄気味悪い、暗い、怖い、そんな陰の雰囲気。


 殺される、そう思った。


 しかし、それは一瞬だった。

 すぐに夜竜さんの雰囲気が明るくなる。


「やっぱり、貴女笑ってる」


 そうか。

 やっとわかった。


 私は、殺されると思って安心したんだ。


 しかし先ほどの殺気はどこへやら、夜竜さんは面白そうに私を見た。


「死にたがり屋さん」


 夜竜さんの言葉に、私は何も返せなかった。


 今の私の状況を、誰かに話そうと思ったことはない。

 何もかもを、諦めきっていた。

 極めつけは、今日の出来事だった。


 涙は、もう出ないと思っていたのに。


「何がそんなに貴女を苦しめているの?」


 夜竜さんの優しい言葉は、私を簡単に戒めた。


 おかしい。

 今初めて出会った見ず知らずの人なのに。

 自分は人間じゃないとか言い出す、変な人なのに。

 それでも私は夜竜さんの言葉に戒められて、全てを吐き出す気分になった。

 何かが変わるわけではないのに、全てを吐き出して、楽になってしまいたいと思った。


「私……学校で、いじめに……」


 最後までは、言えなかった。

 嗚咽が言葉の代わりにせきを切ったようにあふれ出したから。


「とても……辛くて……何も感じなくなって……」


 心のどこかで、いじめられていることを認めたくなかった。


「生きてるのか、わからなくなって……」


 だから誰にも言いたくなかった。

 だけど、言ってしまうと、楽になれるような気がした。


「きょ、今日は……男の子達に、無理やり……っ」


 ねぇ、私は、泣いてもいいの?

 人間みたいに、感情を持ってもいいの?

 辛かった。

 痛かった。

 悲しかった。

 苦しかった。


 私の純潔は、もう戻ってこない。



 私の言葉を聞いた夜竜さんの、顔色が変わった。


「今日のことなのね?病院には行ったの?警察には?」


 私は首を横に振った。


「こんなこと、誰にも言えない……っ」


 夜竜さんは、ため息をついた。


「弥生!」


 夜竜さんの怒声にも近い声に、私の体はびくりとはねた。


「なんなんだよ、人を無理やり追い出したかと思えば」

「紅亜(こうあ)を呼んで」


 突然部屋に現れた、先ほどの男の人に、夜竜さんは有無を言わさぬ声で命令した。男の人は逆らわずに、携帯を取り出してどこかへとメールをしている。


「貴女、名前は?」


 夜竜さんに尋ねられて、今更ながら名乗ってすらいないことに気づいた。

 それくらい、自分というものが希薄になっていた。


「相田、真央です」

「真央、もう大丈夫よ」

「!」


 夜竜さんが、そっと私を抱きしめた。

 真っ白な、ほっそりとした腕が、とても柔らかい。


「私が貴女の闇を喰らってあげる」


 夜竜さんに抱きしめられて、私はとてつもなく安心した。

 何が変わるわけでもないのに。


「辛かったわね」


 私は、ただ頷いた。


「苦しかったわね」


 夜竜さんの言葉が、凍り付いていた私の心を溶かすように入ってくる。


「生きているか、死んでいるのか、わからなくなったんでしょう?」


 夜竜さんの言葉が、あまりにも正しすぎて、私はもう、腕の中で涙を流すしか出来なくなっていた。


「真央、貴女は何も感じなくなったんじゃない。感じてないと思おうとしていただけよ。何もかもを諦めたわけじゃない、諦めたくなくてあがいているだけなのよ。だって」


 夜竜さんは私の顔を、綺麗な白い手で包み込んで、


「貴女はここに、ちゃんといるじゃない」


 この世のものとは思えないくらい綺麗な顔で微笑みかけてくれるから、私はちゃんとここにいるんだって、思えた。


「夜竜さん、紅亜さん来たよ」

「通して。弥生、貴方は外に出ててくれる?」

「わかった」


 弥生と呼ばれる男の人と入れ違いに、女の人が入ってきた。


「なあに、夜竜ってば、ちょっと人使いが荒いんじゃない?」


 入ってきた人は、これまた凄い美女だった。真っ赤な髪に、真っ赤な瞳、白い肌にひときわ目立つ、真っ赤な唇。第一印象が赤!というくらい目立つ人だった。

 黒いぴっちりしたスーツを着ていて、その上から白衣を羽織っている。だけど、胸元は大胆に開いているし、短いスカートからは長い足がこれでもかっていうほど存在を主張している。

 燃えるような色気をむんむんとさせた女の人の登場に、私は驚いて呆然としていた。


「紅亜、この子を診てあげて」

「診るって、何を?」

「妊娠してないか」


 びくりと私の体が硬直する。おちゃらけたように話していた紅亜さんの顔が、真顔になる。


「そういうことなの」


 紅亜さんが、微笑んで私を見た。


「お前の得意分野でしょう?」

「まあ、そうよね」


 紅亜さんは、私に近づいて、くんくんと匂いをかいだ。


「大丈夫、妊娠はしてないみたい」

「?」


 匂いをかいだだけでそう言う紅亜さんに戸惑って、私は夜竜さんを見た。

 夜竜さんはにこりと微笑んで、


「紅亜は、リリスなの」

「リリス……?」

「淫魔、人の精力を糧に生きる魔物よ」


 魔物呼ばわりされた紅亜さんは笑っている。私はぽかんと紅亜さんを見た。色気が尋常ではないけど、見た目は普通の人間だ。


「真央、身体を清めましょう」


 私は、すがるように夜竜さんを見た。


「奪われてしまったものは、二度と戻ってこない。貴女の心にも、深い傷が残っているはず。だけどこのことで、貴女の人生を無しに出来るわけじゃない。貴女は生きる資格を失ったわけじゃない。真央、死のうとなんてしないで」


 人形になったと思った私。

 心が、少しずつ、帰ってくる。


 私は、大声を上げて泣いた。




 その後、紅亜さんが丁寧に処置をしてくれた。きちんと洗って、傷やあざも消毒してくれた。


「真央、男への恐怖心を忘れなくてもいいわよ」


 てっきり、この出来事のことで慰められると思っていた私は、夜竜さんを見た。


「怖いと思うのは、当たり前だから。今はきっと、男の顔を見たくないくらい傷ついているはず」


 そのとおりだったので、私は頷いた。


「真央にこんなことした奴らには、紅亜がきっちりと仕返しをしておくから」

「え?」


 私でもあの場に誰がいたかもわからないのに、どうして紅亜さんにわかるのだろうと思っていたら、


「貴女に匂いが移っていたからね。残り香がぷんぷんと匂ってたわ。もう覚えたから、探すのなんて簡単よ」


 紅亜さんが挑発するように笑って、ふと夜竜さんを見た。


「てことは、私がお仕置きしてくればいいのね?」

「思う存分やってやれ。それがお前への報酬にもなるでしょう?」

「やった。久しぶりに腕が鳴るわね」


 とても嬉しそうに笑う紅亜さんに、どんなことをするのかは聞けなかった。


「真央、人を怖がらないで」


 私は夜竜さんを見た。


「人は、愚かな生き物よ。人を蔑むことで優越感を得る、最低な生き物だわ。だけど真央、人間はやり直すことが出来るのよ。間違いを正すことが出来るの」


 夜竜さんの言いたいことが、よくわからなくて首をかしげる。


「真央、過ちを繰り返さないで」


 過ち?

 私、何かしたの?


「私、悪いことなんて何もしてない!」


 思わず、声を張り上げた。


 悔しかった。

 くだらない理由で始まったいじめ。

 それを、私に非があるように言われるのは、腹が立った。


「そう、貴女は何もしなかった」


 夜竜さんは、優しく微笑んでいた。


「こんな状況になる前に、何か出来たことがあったんじゃないの?」


 何か、出来たこと……?


「殴られたら、殴り返すくらいの抵抗を見せないと駄目よ」


 私は、驚いて夜竜さんを見る。


「大人数でいじめてくるやつなんて、大概一人じゃ何も出来ないものよ。真央、強くなりなさい。今、貴女が弱いと思うのなら、強くなる努力をしなさい。立ち向かうことで、変わるものがあるかもしれないわよ。黙って受け入れて何も変わらなかったのなら、今度は行動するしかないでしょう?」


 ふふ、と夜竜さんは笑って、


「先生というものも、なかなかに当てにならないからね。世間体が怖いから。それを動かすには、ちょっとしたコツもあるんじゃないかしら。全く、教育って、学校って、何のためにあるのかしらね」


 呆れたようにつぶやく夜竜さん。いつの間にか紅亜さんはいなくなっていた。


 夜竜さんはなでなでと私の頭をなでて、


「真央、また辛くなったら、いつでもここにおいで。私が貴女の闇を喰らってあげる」


 私は、こくりと頷いた。




 どんっ


「いっ……」


 突き飛ばされた。


「きゃはははっ、ださーい」


 笑ってるのは、無視を始めたあの女。

 いつもの私なら、何も言わずにただ俯いただけだった。

 だけど、


「なっ」


 どんっ


 私は体当たりを仕返した。

 取り巻きが驚いて私を見た。


「あんた何すんのよ!」


 尻餅をついた女を、私は見下して、


「ばい菌移されたくなかったらかまってくるんじゃないわよ!」


 言い放った。


「あんたの好きな人が、私に一目ぼれしたから、私が気に食わなくていじめ始めたんでしょ?」


 私の言葉に、はっと女が口をつぐんだ。


「あんたに魅力がなかっただけでしょうが!」


 女は悔しそうに唇を噛んだ。


「ちょっとあんた生意気言ってんじゃないわよ」

「そうよ、ばい菌のくせに!」


 取り巻き達が私につかみかかってくる。だけど、私も負けていない。


「あんた達だって、つるんでなきゃ何も出来ないくせに!」

「メス豚が何言ってんだよ!」


 私達は、教室の前の廊下で大喧嘩を始めた。

 あっという間に人だかりが出来る。


「おい、あれメス豚だろ?」

「喧嘩してる」


 人だかりが出来ても、殴られても、もみくちゃになっても、私はやめなかった。


「私は援助交際なんかしてない!売女でもない!影でこそこそ言いやがって!」

「ばい菌が生意気なんだよ!」

「ばい菌ばい菌って、それしか言葉しらないわけ!ちょっとは勉強したら!」

「ふざけんなよっ」


 私はもみくちゃの、ぐちゃぐちゃ。

 でも、相手だってそんなもん。


「おいお前らっ、何やってる!」


 先生が、騒ぎを聞きつけてやってきた。


「おい、やめないか!」


 私は冷たい目で先生を見て、


「いじめを見て見ぬ振りしてきたくせに、今更しゃしゃり出てこないでよ!」


 先生は驚いて私を見た。


「あんたの首でこの喧嘩の責任取ればいいじゃない!」


 私はもう、我慢なんてしない。




 きっと、これから私はもっと孤立するかもしれない。

 喧嘩の噂は学校中に広まるに違いない。

 いじめがもっと酷くなるのかもしれない。


 だけど、私は負けない。




「相田さん」


 騒動の後、誰もが腫れ物を扱うような態度を私にとる中、一人の女の子が声をかけてきた。

 私は冷たい目で彼女を見た。すると彼女はおどおどと、


「喧嘩、見たよ」

「だから何」


 棘のような声が出た。女の子は泣きそうになりながら、


「私も、いじめられてたの」


 驚いて彼女を見る。


「相田さん、凄く格好良かった」


 私は、彼女に微笑みかけた。彼女も、にこりと笑った。


 生きることをやめようと思った私。

 だけど、気づいたのは、自分が何もしていなかったということだった。

 何をしてもどうにもならないから諦めたかと思ったのに、最初から何もせずに諦めていたんだ。

 思えば、あの不思議な相談屋【魂夜堂】の場所もわからない。

 どうやって家に帰ってきたのかも覚えていないし、私を襲った男子生徒達がどうなったのかも知らない。

 ただ、私がやらなきゃいけないのは、生きるということだって気づけた。

 生きるために、戦わなくちゃいけないって事に気づいた。

 やる前に諦めたら終わりなんだって、やっとわかった。


 これから先は長いんだから、人生十五年でやめなくて良かったって思えるように生きたい。

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